109話 犯人捜し 11
そこは人通りが少ないくせに開けた通りであった。
「ほら、とっとと歩け」
捕らえられた【爆弾魔】である店主の男は運ばれていく。
縄を掴むのは国家運営の憲兵団、【飢える尖兵】の団員である。
【王国騎士十傑】には劣るも、それに準ずる能力を持つ彼らは国を遍く管理するべく動いている。
「ふん、街1つ壊しかねない事件を起こした【爆弾魔】がどれだけの大物かと思えば」
「そこらにいるような中年親父じゃないか。本当にコイツがやったのか?」
彼らは直接その目で店主の爆発を見たわけではない。
ただ、情報として知っているだけ。
だが、それでも、聞いたうえでも恐れるに足りないと判断した。
「九位様に爆弾は全て取り上げて頂いた。結局、爆薬が無いと爆弾は作れないんだろ? ならただの爆弾使いと変わらねえじゃねえか」
「何だかんだで、ただの爆発処理と爆弾使いを捜すだけの事件だったからな。俺達でも対処出来たんじゃないのか?」
「違いない。今回は完全に過剰戦力だったな」
九位ロマニコフ製の機械仕掛けの馬車に店主を詰め込む。
疲れ知らずの機械馬が王都にある牢獄へと運んでくれる。
「九位様特製のこの馬はそこらの魔物を軽く蹴り殺す力もあるらしいぜ。俺達はただ同乗していればいいらしい」
「なんだ退屈な仕事かよ。ちっとはこの大剣を濡らしたかったぜ」
【飢えた尖兵】の1人は背負っていた大剣を見せびらかすように抜く。
「お、何だよ。お前また新しいの買ったのか」
「おう、かの名工アーノルドの新作だぜ。貯金はゼロよ」
と、彼らが談笑しているときであった。
彼らの一人に男がぶつかった。
「おっと、すいやせんねぇ……ケヒヒ」
「何だ貴様!」
「怪しい奴め」
変わり身の早さは流石と言うべきか。
臨戦態勢へと移り変わった尖兵たちは武器を構える。
「嫌だなぁ……ただぶつかっただけじゃないですか。何ですかい? 兄さんらはどこぞの貴族様か兵士様ですかい?」
「……むぅ」
一応は極秘任務である。
【爆弾魔】を王都まで運ぶ仕事を一般人に知られるわけにはいかない。
すぐ傍の馬車の中に【爆弾魔】がいる。
あまり街の者を刺激したくはない。
「詫びの印に、どうですかい?」
と、男は金をいくらか懐から取り出し渡そうとしてくる。
「ほう、それは殊勝な心掛けだ」
「馬鹿! 迂闊に受け取るな。こいつ……なんかヤバいぞ」
胡乱とした目つき。
口元はだらしなく開き、涎が垂れている。
何かクスリでも使っているのではないかと思う程に、常人とは一線を画していた。
「ケヒヒ……朝まで飲むと碌なことがねえや。狂人扱いとは久々だぁ」
「チッ……さっさと消えるがいい」
ただの酔っぱらい……そうとは思えない。
だが、彼らの仕事はあくまで【爆弾魔】を捕らえることのみ。
余計なことをし、仕事にケチをつけることはしたくなかった。
「……じゃあこれで俺はおさらばってね。またどこかでお会いしやしょうや」
「いいや待て」
尖兵の1人が周囲を伺いながら前に出る。
それは先ほど新しい武器を買ったと周囲に自慢していた男であった。
「こいつはきっと七位様が取り逃がした小悪党に違いねえ。なら俺達で尻ぬぐいしちまっても構わねえだろ?」
ただ新たな剣を振るいたい。
それだけであり、アレクサンドルの助力など建前に過ぎない。
「へへへ……なら仕方ねえな」
「さっさと終わらせちまえよ」
だが、尖兵の誰もがそれに賛同する。
自称酔っぱらいの男を怪しみ、仕事の鬱憤を晴らすのにちょうどよい人柱になったと笑う。
「……あーあ、兄さん達いけないんだ。こんな小市民に剣を向けてやんの」
ケラケラと、状況を理解していないのか、男は笑う。
尖兵達も笑う。
他に誰もいない通り道。
馬車に残された店主は何が起きているのか理解できない。
ただ笑い声だけが響くだけ。
耳に残るような笑い声が死ぬ瞬間まで響いていた。
【シドウ目線】
「今回はスザルクさんがいなければ危ないところでしたね」
「まさか爆発を斬っちまうとはな。あいつ自分で無理とか言ってたのに覆しやがった」
聞けばアレクサンドルも爆発を斬ったという。
それを見たからこそ、スザルクも技を取得したと。
嘘だろって気もするが、実際に目の前でやられてしまったら何も言い返せない。
「だけど、スザルクがいなきゃ危なかったって? それはどうかな」
「どういうことですか……?」
ちなみに今、スザルクはアレクサンドルと決闘中だ。
なんか約束してしまったらしい。
出発までには帰って来いよと言ってある。
俺達はスジャッタの街へと戻るための集合地点へと向かっている。
スザルクは足が速いらしいのでアレクサンドルとの闘いを終えたら合流予定である。
「まず、アレクサンドルが爆発を二回連続で斬れないなんて、そんなのは誰も確かめていないだろ?」
「あ……」
「スザルクが斬ったという事実。だが、アレクサンドルが斬らなかったという事実はあっても斬れなかったという事実には結びつかないんだぜ。あえて、スザルクの成長の為に見送ったという可能性も残っている」
もしかしたらスザルクが失敗した後にでも爆発を斬れたかもしれない……なんてのはアレクサンドルの実力を過大評価し過ぎか? いや、アレクサンドルのあの時の表情……新たな強者を見つけた時の嬉しそうな顔は恐ろしいものがあった。
「……ん?」
そういえば、と思い出す。
あの時、アイツは何と言っていたのだろうか。
いや、言っていたは正確ではない。
何と書いていたか。
……。
『20代ほどの若い男。手入れのされていない髪と淀んだ黒い瞳が特徴』
しくじっちまったか……。
「シドドイ、どうやら俺達は勘違いしていたようだぜ」
「どういうことでしょうか? ご主人様と私は何を何と間違えたのでしょう……」
「今回捕まえた【爆弾魔】だよ。俺達はソイツが、最初から事件を起こしていた真犯人だと勘違いしていたんだ」
思い返せば相違点はいくつもあったんだ。
「俺が蘇生させた死体は若い男だと言っていた。だが、今回捕まったのはどう見ても若くはないオッサンだ。目つきの特徴なんかも言っていたんだ。見間違いなんてことは無いだろう」
所詮は死体の言うことだと、それよりも【王国騎士十傑】の奴らの方が正しいだろうと勝手に思ってしまっていた。
そもそもで、見つかったからと諦めてしまった証言だ。
頭の片隅からも追いやってしまっていた。
「そして、殺し方も……ああいやこの場合は仕掛け方か。同じ爆発という方法で殺していたとはいえ、途中までは直接屋敷に乗り込んでいたんだぞ。間違いなく、死体が証言していた。だが、スザルクは爆弾が届いたと言っていた」
「……確かに」
まだだ、まだある。
「狙っていた連中もだ。金目当てだったのか、貴族の屋敷のみの犯行。これも方法を変えたのと同時期から冒険者を含めた無差別なものへと変わっていた。まあ真実は店主のオッサンがムカついた連中なんだろうけど」
犯人像、犯行方法、被害者。
この3つが途中から変わっていた。
「ということは……ということはですよ、ご主人様!」
「ああ……」
シドドイの言いたいことは分かる。
あれだけ苦労して捕まえた【爆弾魔】はまだ残っている。
「それも遠隔操作していたしょぼいやつじゃねえ。堂々と乗り込んだ上で犯行を成し遂げるような武闘派だ」
その時であった。
街のどこかで爆発音が起きた。
「……くそ」
この街が日課として爆発していないのであれば、十中八九、【爆弾魔】の仕業であろう。
「まだ事件は終わっていねえぞ」
「はい、ご主人様」
「そして出発の時間は近い。急ぐぞ!」
「……はい、ご主人様」
事件が終わっていなかろうと俺達は隣の街の住人だ。
少なくとも荷物を爆発してくれた店主は捕まえたのだ。
真の【爆弾魔】に用事は無い。
この後、店主を含む【飢える尖兵】が爆発によって死んだ為に街の出入りが制限され数日足止めされてしまった。
捕らえられた真の【爆弾魔】はこの街ではないところで捕まえられたらしい。
……おのれ【爆弾魔】め。