102話 犯人捜し 4
「シドドイ……」
誰に返事を求めるでもない。
強いて言えば、それは名前の持ち主であるシドドイに向けたものであった。
視線は燃え崩れる宿屋に向けて。
だが、その返事は背後から聞こえてきた。
「はい、ご主人様」
「……生きてたか」
自分でも分かる安堵した声。
その発生源は俺とシドドイの両方。
俺もシドドイの安否を心配していたが、同時にシドドイも俺のことを案じていたようだ。
「良かった……宿が爆発したと聞いてご主人様に何かあったらと……」
「それは俺の台詞だが……まあお互い無事で良かった。……そうか、教会に行っていたんだもんな」
シドドイの目には涙が浮かんでいた。
何はともあれ生きていてよかった。
目立った外傷もない。
まあ巻き込まれていないのだから当然ではあるが。
「はい。お話を聞いている途中でまたも事件が起きたと教会に通報がありまして。怪我人の治療をと。私も一緒に聞いていたのですが、そうしたら私達の泊まる宿屋と聞いて……それで……居てもたってもいられなくなって……」
「んで、俺がこうして宿の前で突っ立っていたんだな」
「ご主人様のご無事を確認したらほっとしてしまって……」
おっと、安心したから力が抜けたのか? もしくは全力疾走でもして疲れたか。
倒れかけるシドドイを受け止める。
「……あー。どこに泊るかな。代わりの宿探さないと」
「それでしたら教会はどうでしょうか。事情を知っているようですし、きっと了承してくださると思いますが」
「パス。俺は教会苦手なんだわ」
たぶん性格的にも合わないだろうな。
つまらなそうだし。
「なんだったらシドドイだけでも教会の世話になったらどうだ? 当ても無く夜の街を彷徨うのは厳しいだろ」
「いえ、でしたら私もご主人様と共に歩きます。ご主人様を差し置いて一人寝るわけにはいきません」
「いや、彷徨うって言ったが歩き続けるわけじゃねえんだがな」
しかし、なんだ。
急にやる気が出て来たな。
【爆弾魔】とやらを捜す気になった。
「……直接的な被害が無ければ適当に依頼をこなすつもりだったんだがな」
「ご主人様?」
「こっちの話……でもねえが、まあ気にするな。ようは、これから本気出すってこと」
「それならすぐに【爆弾魔】も見つかりますね。本気のご主人様から逃げ切れるとは思いません」
「そう褒めるなって」
燃え盛る宿の中には俺達の着替えもあった。
たぶん二度と着られることはないだろう。
それこそ先ほどの店主の下へ持っていけば別だろうが。……燃えカスになっちまっているから駄目かもしれないが。
「シドドイ。1つ聞きたい。【爆弾魔】の被害者は教会で手当てされているって言っていたな」
「はい。恐らくは今回の被害者も同様かと」
「なら、死人はどうだ? 別にずっと教会が棺桶の中に閉じ込めているわけじゃねえだろ?」
「そうですね。確か……教会の管理している墓地に埋葬されているはずです」
教会が管理しているのか……嫌だな。
今回はつくづくと教会に縁がありそうだが、まあ背に腹は代えられん。
「シドドイ。さっき、彷徨うって言ったが本当に彷徨うことになりそうだ」
下手すれば歩き続くことにもなりそうだが
だが、彷徨うのは俺ではない。
死体だ。
「今夜、墓地に行くぞ」
「何をしに?」
「勿論、被害者に声を聞きに、だ。こうなったら奥の手、直接犯人を教えてもらおうぜ」
推理や足で稼ぐなんて地道な作業をすっ飛ばす最終手段だ。
「いい機会だ。俺の本当の力を見せてやるよ。使えばすぐさま犯人を捕まえられる力をな」
時間と場所を移して現在。
時刻は深夜。これからやることを考えれて雰囲気を出そうとするならば丑三つ時と言い表した方がいいかもしれない。実際は丑三つ時よりも早い時間帯であるが。
「……暗いですね」
「暗いと出来ねえことだからな。ましてやこんな屋外じゃ」
「屋外で暗くないと出来ないこと……まさか……そんなご主人様駄目です」
「そのまさかじゃねえよ」
声が上ずっているのが分かるぞ。
周囲が暗い分、聴覚が過敏になっているのかもな。
まあ俺は小鳥やらを通じて昼間のように見えるわけではあるが。
「……シドドイはさ、俺やシルビア達の隠している秘密を知りたいか?」
知ってなお、俺達に付いてこられるか。
そのままその足で教会に駆けこまれるかもしれない。
冒険者ギルドや【王国騎士十傑】、【飢える尖兵】あたりに俺を捕らえるよう報告するかもしれない。
俺の問いかけに対し、シドドイは微笑んだ……ように感じた。
「何度もお伝えしたかと思いますが、私はご主人様に付いていくのみです。ご主人様の秘密を知ろうとも、知らなくてもそれは変わりません」
「俺がたとえ、人殺しだとしてもか?」
「理由なき殺人をなさるとは思えませんから、何かしら理由があったのかと。盗賊かもしれません。戦争かもしれません。敵討ちかもしれません。ご主人様が人を殺したのであれば、それは相手が殺されるだけの理由があったのでしょう」
「……たとえだ。殺しはしてねえよ。俺が……俺達が殺したのは魔物くらいだ。あとはせいぜい……魔王くらいだな」
そう、魔王だ。
魔王マモンを殺さなくてはならなかった理由、というかマモンが俺を尋ねてきた理由。
「私はご主人様に再び生きる希望を与えられました。ならば、ご主人様に多少の絶望を与えられたとしても何の問題もありません」
再び絶望へ戻ったところで、それ以上は沈みはしない。
一度味わったものなのだから、か。
シドドイと弟の絆がどれだけであったかは知らない。
だが、家族だ。家族を失う痛みというものをシドドイはすでに知っている。
「ま、別にシドドイに危害があるわけでもねえ。そうだな……【ドクター・ストップ】みたいなもんだよ」
「……? それは」
「そこにいるだけで忌避される。要は、それだけのことだ。他の奴と力やスキルが少しばかり違うってだけで嫌われているんだ。宗教的に、人道的に反するとかでな。ただそうするしかやり方を知らないだけなのにな」
あの医者崩れも今は前向きに生きようとしている。
黒魔法のことは公には言うことはないだろう。
だが、誰かを傷付けて生きる道よりも救う道を選択した。踏み外した道を跨いで戻ってきた。
俺も、シドドイに隠しているばかりではいられない。
「時にシドドイ、今日、爆死した冒険者って奴はもう埋められているのか?」
俺達の宿屋と一緒に燃えてしまった死体。
教会で治療を受ける事すら許されなかった。それほどに損壊していたと聞く。
「え、あ、はい……話が変わりましたね。ええと、あの先に埋められているはずです」
流石シドドイ。どこで聞いて来たのかとその情報源を伺いたくなるものだ。
教会で聞いたのだとすれば、話の途中で切り上げざるを得なかったと言っていたが、どんな話を途中まで聞いていたのだか。
俺の求める情報はすでに集まっていそうなものだな。
「貴族の方はご立派な棺桶に入れられたらしいのですが、冒険者の多くは流れ者や身寄りのない者です。無縁仏同然に、埋められていると聞きました」
おいおいこの世界は仏教かよ……とは突っ込まないぞ。
似たような言葉が無縁仏であったのだろう。
「それじゃあ、誰も弔う奴はいないってわけか。寂しいことだな」
まだ涙を流してくれる婆さんがいただけシルビアもマシであったというわけか。
まあきっと百年以上は生きているんだろうしな。それくらいの縁もあるか。
「その代わりに、死体がゾンビ化して街に出歩かないようにこの墓地の周囲には教会が結界を張っているようですね。とは言え、永続的には難しいので感知するタイプのもののようですが」
「……マジかよ」
語る前に俺の作戦木端微塵に砕かれてるじゃん。
……いや、まだ手は有るか。
「ご主人様?」
「少し予定と違うが、見せてやるよ。俺はちまちまと手がかりを拾う探偵じゃねえからな。シドドイよ、今回の【爆弾魔】に関する騒ぎ。犯人のことを知っているのは誰だと思う?」
勿体ぶる俺の問いかけにシドドイは少し考えた素振りを見せると、
「探偵や捕縛する者の類では……無いですよねこの場合は。なら、犯人自身でしょうか」
そう答えた。
「……おっと、そう答えるとは予想外だぜ。まあそれも有り得るけども、犯人自身に聞くわけにはいかねえよな」
なら後は誰か。
登場人物はすでに出そろっているぜ。
犯人、探偵、モブは置いておいて。残りの役者は被害者自身だ。
「死体に聞く。それが俺の答えだ。聞いて驚け! 俺は死体と語り合える存在にして操れる術者。【ねくろまんさぁ】のシドウとは俺のことよ」
一度躊躇ってしまえば恥ずかしくなってしまいそうな台詞で俺はシドドイに自らの正体を明かした。