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101話 犯人捜し 3

 貴族の護衛という普段であれば決して就かない任務を請け負ったのは、偏に金が必要であったからだ。

 実力からすれば、護衛よりも討伐が向いていると自他ともに認めている。

 それは、性格が一つの箇所に留まることを良しとしないからではない。むしろ、彼の剣技は静かなものである。何時斬られたか分からない。そう錯覚するほどに、相対する敵は困惑した表情と共に倒れていった。


「貴方が隊長とは。私達も安心しています」

「スザルクさんがいれば何が来ても大丈夫ですね」


 【隻腕の竜殺し】こと、スザルク・ファファル。

 彼の実力が表に出てきたのは、下級とはいえ竜種であるワイバーンを単独で討伐したからである。

 その際に片腕を失ってしまったが、それからも彼の剣術に関する研鑽は燻ることなく、両腕で振るっていたのと変わらぬ剣技を、それどころか当時よりも鋭いものを習得していた。


「安心させるのは依頼主ですよ。私達は護るためにここにいるのですから」


 スザルクは穏やかな口調で部下を窘める。

 護衛任務に就いて数日。

 それだけ共に過ごした甲斐もあり、部下たちはスザルクへ憧憬の念を抱いていた。


「シャン、ドック。貴方達は裏手の庭をお願いします。ピラル、キャバは玄関を」

「スザルクさんはどちらに?」

「私は依頼主であるドンタ様のお傍にいます。何かあるとしたら、まずそこでしょうから」


 過ぎ去ったと思われていた【爆弾魔】の騒ぎが再来していた。

 連日街の中の貴族邸で起きていた爆弾事件が収まったと思いきや数日後にはまた再開する。しかも今度は貴族に限らず、冒険者など無差別なものへとより悪質なものへとなって。


「しかしお1人では……」

「問題ありません。剣を抜いた私の前で立てる者は、この街にそう多くありませんよ」

「そ、そうでした……これは失礼なことを」

「いえいえ」


 部下たちが下がる。

 スザルクは彼らの立ち振る舞いから、休憩中にでも剣の稽古の相手をしてやろうかと考える。

 集団で立ち向かうならともかく、彼らは個としては弱い部類に入る。

 過去に闘った強敵であるワイバーンと闘うのであれば、彼らだけでは数分で壊滅してしまうことだろう。


「しっかし、まさかスザルクさんがこの依頼を引き受けているとはな」

「【爆弾魔】とやらも残念だったな。ようやくこれでお縄だぜ」


 部下たちの会話が聞こえてくる。

 スザルクに聞こえるように、というわけではなく、単なる会話だ。

 つまるところ、彼らの本心である。

 スザルクもそう悪い気持ちではなく、彼らの軽口を咎める気にはならない。


 実際のところ、スザルクは今の街の中でも有数の剣術の使い手である。

 より護衛に向いていた人材の大半が先の【爆弾魔】によって貴族と共に爆死させられた。力はあれど後ろ暗いことをしていた者はここぞとばかりに堂々と悪事へと加担し始める。尤も、そういった連中は【王国騎士十傑】により捕縛されていったわけではあるが。

 

 序列で言えば、中の上程度であったはずのスザルクも、上と中が順々に減っていったおかげで、街の中だけであれば上の中で数えられる程にまで昇り詰めていた。


「……私もまだまだなのですけどね」


 しかし彼には慢心は無い。

 むしろ、それに見合うだけの強さを身に付けようと稽古に励む程だ。

 

「では、今日も仕事に励みましょう」


 部下達にくれぐれも油断しないよう注意し、彼は護衛対象であり依頼主であるドンタ・タッキーノという貴族の部屋へと向かう。


「おはようございます」

「うむ。よろしく頼むぞ」


 スザルクが部屋へ入ると、入れ替わりに1人の男が出ていく。

 他の護衛任務を受けた冒険者であろう。

 スザルクの他にもこの依頼を引き受けた者は多くいる。数人をリーダーとしてチームを分けているのだ。

 長時間警戒をしていれば精神的にも疲労していく。

 それを案じたドンタは金を惜しまずより多くの実力者を集めた。

 万全の布陣を築き上げて、【爆弾魔】に備えていた。


「そういえば」


 と、思い出したかのようにドンタはスザルクを見る。


「お前が儂を警護していることを吹聴しておいた。お前の名を知ってなお、ここへ忍び込む者がいるとは思わないからこそやったのだが、構わんな?」

「ええ、まあ。ドンタ様が良いのであれば」

「まあ儂が言わずともこの街の者であれば知っているだろうがな。今やこの街でスザルクの動向を探る者は多い。ほとんどが【爆弾魔】を捕まえようとしているか気にかかってのことだろうが」


 それが警護なんぞをしているのだ。

 ドンタの名は堕ちるだろうが、名前が命を救う場面など少ない。

 スザルクのように名が強さを持っているならともかくとして。





「昨日も一件、爆発が起きていたようだな」

「はい。いい加減、この街の住人に隠すのも無理になるかと」


 犯罪者に好き勝手にされたままでは新領主や、貴族、それに護衛に就いていた冒険者らの沽券にも関わる。

 それに、不安感を無駄に大きくさせる必要もない。

 出ていく者が多くなり、街の運営そのものが成りゆかなくなってしまえば、それこそこの街は終わりである。


「爆破が小規模になったことが幸いしたか。それに一日に一回のみになったこともだ」

「屋敷を丸ごと爆破させる程の規模が一日に数回は大事になりましたからね。とは言え、別に死傷者がいなくなったわけではありません」


 まるで爆破の性質、あるいは条件が変わったようだとスザルクは考える。

 材料が足りなくなったのか、疲れたのか。

 だが、確実にこれだけは言える。【王国騎士十傑】が到着したのと同時期に爆破は小さくなった。死ぬ人間が減った。

 同時に、対象も切り替わった。


「屋敷だけでなく、宿屋、鍛冶屋等の様々な場所で爆破が起きている。由々しき事態ではある。お前のような者を捕縛ではなく護衛として使うのは申し訳ないことだがな」

「いえ。そちらには【王国騎士十傑】の七位と九位がいらっしゃいますので」


 ドンタという男は決して悪人ではない。

 少しばかり臆病なだけだ。

 街の中で蔓延る犯罪がいつ自分の身に降りかかるかを案じて警護を固める。

 結果的に街を守る者が減り、治安が悪くなってしまうことを自身でも分かっているのだが、割り切れることではない。

 自分を優先してしまう。

 たとえ、街の者から後ろ指を指されようとも。


「直に捕まることでしょう。それまでの辛抱です」

「分かっている。それまで徒に刺激せぬようにな」


 街の者を不安にさせないということであればスザルクも同意である。

 強くなりたいよりも先に誰かを助けたいという気持ちから冒険者に憧れた。

 その気持ちは今でも薄れていない。

 嘘で誰かを守れるのであれば喜んでつこう。

 思惑は違えど、スザルクがドンタを始めとした貴族に従う理由の一つである。





 警護の任は敵対者がはっきりとしていない限りは暇である。

 しかしスザルクは尋常ならざる精神力で緊張の糸を張り詰めていた。


 ドンタは書類を片付けていくが、スザルクは帯剣したままドンタの横で立っている。


「……少し休憩にするか」


 ドンタは顔を上げると、目を揉む。

 小さい文字を見る際に目を細めている様子から、もう年なのだなとスザルクは思う。

 座ったドンタを立っている視点から見ていたから分かるが、もう髪も白いのがちらほらと。彼の苦悩も伺える。


「スザルクは金が必要だったから儂の依頼を受けたのであったな」

「ええ。恐らくはドンタ様からの報酬で足りるかと」


 報酬が良くなければドンタの護衛よりも、【爆弾魔】の捕縛に出ていたかもしれない。

 だが、悲しくもスザルクは民よりも金を選ばなければならなかった。


「金は急を要するのか?」

「まあ……」


 ただの個人的なものである。

 誰かを助けるために金が必要なのではない。

 だから、言葉を濁した曖昧な返事となってしまう。


「何なら、報酬を増やすぞ。お前には隊の長を任せてある。特別手当だとでも言えば多少多くても納得するであろう」

「ドンタ様……」


 ドンタは決して話が分からない人物ではない。

 自身の命が脅かされない案件であれば比較的善良な考えの持ち主である。


「実は……近々巫女がこの街へ来るという情報を掴みまして」

「巫女? それは【東】か。それとも【西】か?」

「【東の巫女】です。それで、彼女の治癒魔法であればこの腕も治るかと思いまして」


 スザルクはかつて腕があった場所を見る。

 すでに今の体に慣れたとはいえ、彼の人生の中では存在していた時間の方が長い。

 受け入れてはいるも、戻る可能性がそこにあるのであれば、捨てる理由もない。


「……よりにもよって【東】の方か。あいつは金にがめついことで有名だからな」

「しかしその治癒魔法に関しても高名です。腕は確かかと」

「……なるほど」


 ドンタは目を閉じる。

 眠いのではない。目が疲れたわけでもない。


 スザルクが腕を取り戻せばどうなるか。

 隻腕となった今でもその実力は衰えていない。

 むしろ強くなっている。

 

「分かった。その治療費は儂が全額出そうではないか」

「ほ、本当ですか!?」


 ドンタがスザルクの為に金を出す。

 そのメリットとデメリットを比べる。


「その代わり、だ。儂の専属警護兵となれ。儂がこの街を出ていくとなれば着いていく。儂がこの街にい続けるのであれば、出ていかない。それが条件だ」

「ドンタ様の……」


 つまりは行動を完全に縛られる。

 腕1本と引き換えに。


 金自体はこの依頼を終えれば手に入る。

 だが、文字通り全財産を投げうつことになるのだ。

 治療をしてもらったその日から衣食住に困ることになるだろう。

 しかも、治療費自体はスザルクの予想である。実際は足りないなんてことも有り得なくはない。


「無論、儂の警護を任せる者はお前だけではない。それでは頼りないからな。だから、仕事の無い時間は、この街にいる限りは別に縛りはせん。どこで何をしていようと好きにしろ」

「と、いうことは……」

「二度も言わせるな。どこで何をしようと、誰を助けようと好きにしろと言ったのだ。ちなみに、三日に二日は儂の警護を任せるからな。ああ、金はその度に出るから安心しろ」


 自身の安全の為だ。

 そうドンタは言わなかったが、言うまでもないと無いからであったのか。

 それとも、純粋にスザルクを案じてのことか。


「ありがとう……ございます」

「契約成立だな」


 スザルクが深々と頭を下げた時であった。

 部屋のドアがノックされた。


「入れ」


 小間使いの男が入ってくる。

 その手には二つの小包が。


「お届け物のようですが」

「おお、届いたか」


 小包が机の上に置かれると、ドンタが嬉しそうに片方を開封していく。

 そちらには包みに何かのマークが印されていた。


「……一応、私が。相手は爆弾使いです。爆弾が届く可能性もあります」

「これは儂が頼んだワインだぞ。まあ、そう言うのであれば開けるだけなら構わんが」


 スザルクは片手で器用に、そして慎重に開けていく。

 紙を剥がしたところで一息つく。


「……中は液体のようですね」

「だからワインと言っているだろうが」


 木箱は外からでは異常は見つからない。

 軽く持ち上げてみると、中からはちゃぽちゃぽと音が聞こえる。

 多少の振動はここまで運んでくる途中でも与えられていたはずだから、問題はないはず。


 そう思いながら木箱の蓋を取ると――


「ワインですね」

「ワインだ。ちなみに30年物だ。それも珍しい銘柄でな。運良く手に入れられたのだ」


 早速と、グラスを取り出すドンタ。


 スザルクはその間にもう一つの包みを開封していく。


「そっちは覚えがないな」


 その言葉にスザルクは緊張する。

 もしかしたら爆弾かもしれない。


「お前もどうだ?」

「いえ、警護中ですので」


 真面目なスザルクであるから、その返答をすることを知っていてなお尋ねたのであろう。

 ドンタはだろうなと言いながら栓抜きも取り出す。


 スザルクがもう包みを開封すると、そちらは木箱ではなく、鉄製の箱があった。

 中身は分からない。何やら鈍重な音が中からする。

 が、爆弾のようでは無さそうだ。


 ……重い。

 片腕ではあるが、そこいらの人間の両腕で発揮する以上の力を持つスザルクでもずっしりと箱の重さを感じていた。それは箱が鉄製であるからというだけではなさそうだ。

 中身も相応に重い何かであろう。


「……開けてもよろしいですか?」

「ああ」


 ワインがよほど好きなのか、すでにスザルクの開けている方の箱は眼中には無いようである。

 まあ、ドンタがいくら用心したところで、と思いながらスザルクは箱を開ける。

 結局はスザルクが対処出来れば良いだけである。


 果たしてその中身は――


「……」

「……悪趣味だな」


 固まったスザルクが気にかかったのかドンタは箱の中身をちらりと見て一言述べる。


「……これは……ワイバーン」


 ワイバーンの首であった。

 しかし死に立てというわけではないだろう。

 剥製のようだ。


 だが、それともう一つ。

 一枚の紙が入っていた。


『竜殺しなど大層な呼ばれ方をしているが、しょせんはワイバーン。倒したという偉業も金で解決できる程度だ』


 その中身は彼の功績を汚す言葉が綴られていた

 通常であれば彼は動揺しない。そういったやっかみは受けることが力持つ者の宿命であると常々思っていたからだ。

 だが、ワイバーンまでも入っているのは初めてである。

 だから、彼は一瞬だけ硬直してしまった。

 体も、思考すらも。


「早くしまえ。ワインが不味くなるだろうが」


 スザルクが止める間も無かった。止める余裕も無かった。


 ドンタは慣れた手つきで栓を開けると、中身をワイングラスへと注ぐ。

 赤い液体はまるで血のように……血のようにねっとりと粘ついていた。


「っ!?」


 全ては遅かった。

 中身がワイングラスを割るよりも先に動き出そうとしたが間に合わない。

 

 剣に手を置くも、無意味。

 

 ……ああ、どの道、両手であっても遅かったか。


 部屋の中を炎が渦を巻く。

 爆風が蹂躙し、中身全てを切り裂いていく。

 

 剣1本でどのようにして爆破に立ち向かえばいいのか。

 【爆弾魔】そのものに対抗出来ようとも、爆弾そのものには勝てない。


 ワインの中身が爆弾であるなど果たして誰が予想出来ようか。

 ずっと爆弾は物質……固形物であると思っていた。


 力も知恵も及ばない。

 ワイバーンを倒しても尚、研鑽を積み重ねたつもりであったが、やはりどこか竜殺しを成し遂げたという自負が己の中にあった。

 しかし人間の体は決してワイバーンの吐く炎も、鋭い爪にも勝つことは出来ない。

 せいぜいが避け、盾で耐え抜くだけ。

 逃げ場のない室内でそれが起きればどうなるか、子供にでも分かることである。


 スザルクは剣の無力さと己の非力さを嘆き、柄から手を離した。


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