100話 犯人捜し 2
「どこも似たり寄ったりだったな」
「というよりも、持ち主が同じなのでしょう。流石にこの街に貴族が十数人単位でいるわけもありませんから」
貴族の屋敷と言うからには、さぞかし自己顕示欲にまみれている金のかかったものなのだろうと思っていたが、そのほとんどが量産品なのでは無いかと見紛う程に似通っていた。
前領主である男の屋敷くらいだな、やけに豪華絢爛であったのは。
よほど恨まれていたのか、怨念が屋敷から溢れそうな程であったから少し頂いてみたが、【ドクター・ストップ】が出入りしているところを見たからやめた。
あいつも怨念は感知できるはず。それで出入りしているところを見るからに、何かしらの意味があるのだろう。一人で無理なら俺に頼るだろうし、俺も別に暇じゃないし。
「財産を分割して保管していたか。一か所に留めておくよりは盗まれるリスクを最小限に抑えられる。今回みたく全て狙われるなら意味がねえけど」
「手間がかかっただけになってしまいましたからね。ご主人様でしたらどうしました?」
「知っている奴の中で一番強い奴に預けるな」
「後ろ盾を用意する、ということですか。それでしたらギルド等に預けることも可能ですよ。冒険者ギルドのように公でお金を管理してくれるギルドもありますから」
へえ、銀行みたいなのがあるのか。
銀行も口座をいくつか分けるって話もあるしな。
公であるなら、そっちを狙おうとすれば本当に国相手に金を盗むことになる。
盗まれても、保証されているから預けた者には返ってくる可能性が高い。
「強い人間、後ろ盾というのであれば貴族もそうなのでしょうけれど。強い者を雇えばいい。貴族はその街の代表者とも言える存在ですから」
「しかしそれをあえて狙った。金があるからか、それとも貴族そのものに恨みがあったからか」
治安悪いよなこの街。
【爆弾魔】単体が悪いだけかもしれねえが。
「当然ながら死体は全て運び出されていたけどよ、負傷者はどこに行ったんだ?」
「負傷したのですから、治療されているのでは? 教会とかでしょうか」
……教会か。
俺行ってもいいんだっけ?
ねくろまんさぁってばれたら終わるよな。
「……そっちはシドドイに行ってもらってもいいか? 俺は別の用事を思い出した」
「それは構いませんけど……しかし私はご主人様のような慧眼があるとは」
「まあ俺くらい目端が利くと期待しねえけどよ、別にシドドイも捨てたもんじゃねえぞ。対人ならシドドイの方が話しやすいだろうしな」
一度怪しまれてしまえばそこで終わりの俺と違い、シドドイはねくろまんさぁでも、死体人形でも無い。
そもそもで、こういう普通の人間でしか向かえない場所へ行かせるためにシドドイのような人間を雇っているのだ。適材適所の適する状況だ。
「どの道期限はそう長くないんだ。なら手分けした方が効率がいい」
「それもそうですね。では、宿屋で合流でいいですか?」
すでに宿もとってある。
衣服などの邪魔な荷物も置いてあることだし、二日の拠点となる。
「だな。まあ夜までには帰って来いよ。夕飯は俺が適当に買ってくる」
シドドイを見送った後に俺も歩き出す。
さて、どこへ行こうか。
夕飯を買ってもいいが、今から手荷物を増やすのもなあ……。
ああ、アイテムボックスがあるから別にいいか。
というか、荷物全てそこに入れておけば防犯なんて関係ない。
「……そういえば、回復薬の類が減っていたな」
ここまで来るのに少なくない数の戦闘を繰り返していた。
アイやシー達であれば【メンテナンス】で直していたが、俺達は回復役を使い治癒力を強化しなければ癒せない。
回復魔法の使い手なんて俺達の中にはいないしな。
ならば買い出しに行くとするか。
……シドドイには俺も用事があるなんて言ってみたが、実は教会に行きたくないだけの発言だった。まあこうしてやること出来たし嘘ではないだろ。
ええと……雑貨屋か何かに行けばいいのか?
道が分からねえ……そういえばスジャッタでも似たようなことがあったな。
あの時も素直に道を尋ねたっけ。
知らない場所で1人になるのは久しぶりだ。
「あ? もっと高く買い取れや! 俺達のこと舐めてんのかよオッサン」
「痛い目見たくなきゃ、言うこと聞いておいた方が良いぜ? このお方はCランク冒険者様なんだからな」
「ひっ……」
怒号と悲鳴。
何かが砕ける音。
「お? いいものあるじゃねえか。おうオッサン、これ安くしてくれよ」
「良かったなオッサン。アニキがこんなに大金出してくれるってよ」
「そ、それは売り物では……かはっ」
鈍い音が聞こえてくる。
「……入りたくねー」
雑貨屋なのか何でも屋なのか。
少し寂れているが良心的という店を紹介してもらった。
だが、入る前から入る気が失せてしまった。
何やら揉めているようだ。関わりたくない。
「ケケケッ。また良い物仕入れておけよ!」
「また買いに来てやるぜ」
ヤクザみたいな2人組が店を出ていくのを見送った後に
「すいませーん、やってますか?」
さも今来ましたよという風を装う。
俺は全く関係ありませんよと。
「っと、大丈夫ですか? 色々と落ちていますけど」
店内は予想以上に荒れていた。
棚という棚から試験管らしきものや本が床に落ちていた。
「あ、すいません……」
店構えも冴えなかったが、店主も冴えないオッサンだった。
ヤクザに舐められるのも仕方ない。
店主と一緒に俺も床に落ちた商品を拾っていく。
「地震があったわけでも無さそうですし、ぶつけたんですか?」
「いやまあ……あはは……」
「それにしてはほとんどの棚から落ちているようですし……。そういえばこの辺りでガラの悪い冒険者がいるって聞きましたけど。【王国騎士十傑】の七位の取りこぼし、中途半端な悪党がまだ残っているようですし、もしかしてそいつらが?」
そこらへんは予想だが、七位のアレクサンドルさんとて暴れている連中全員を抑えられたわけではないだろう。
まずは大元だけを叩き、下っ端は取り逃がしているとみていいはずだ。
「……お恥ずかしいことですが」
と、店主は頷く。
「なにせこのような小さな店ですから。一度目を付けられてしまえば搾り取られるだけです。貴族様もご贔屓にして下さるので何とかやってこれましたが、あのような連中に目を付けられたとなったらこの店も締め時になってしまうのでしょうかね」
乾いた笑いを見せる店主。
しかし、連中、と先ほどのチンピラを思い浮かべた時の目は決して諦めたようなものではなかった。
「でもそのような連中を恨んでいる者も多いんじゃないですか?」
「でしょうね。しかしCランク冒険者……真正面から闘って勝てる相手でもありません」
いや別に闘わんでも。
それこそ七位に告げ口すればいいんじゃないか?
血の気多いなこの店主も。冴えないくせに。
「さて、何かご入用でしょうか。見ての通り、この有様ですが……明日になればある程度は融通の利いたお取り寄せが出来るかと思います」
ある程度片付いた時、店主がそう切り出した。
「この店は元々私の伝手を活かすために始めたものでして。店内に並ぶ商品よりも、仲介を主としています。お客様も何か必要なものがございましたら、どうぞご贔屓にどうぞ」
「ご贔屓に、か。残念ながら明後日にはこの街を出なくてはいけませんので。なので、まだ無事な商品を見させてはもらえませんか?」
「ええ、勿論ですとも」
何とか必要な物資を揃えたところで店主は
「またこの街へ来る機会があれば是非とも当店へ。お客様は冒険者のようですが、必要な素材、もしくは要らない素材の売買もやっておりますのでその際はお声掛けください」
「へえ、ここでも素材売れるんですか」
「はい。ちゃんとギルドから認められている店ですので。【鑑定】こそありませんが、目利きはそこそこあると自負しています」
おお、冴えないオッサンが少しだけ誇らしげに語っている。
みすぼらしいオッサンへと格上げしてやろう。
素材、ねえ……。
「なら、これもいいですか?」
アイテムボックスの中からいくつか取り出す。
ここへ来るまでで倒した敵から剥ぎとった素材だ。そう貴重なものでも無さそうだし、売って少しでも路銀を稼いでおこう。
「お客様はアイテムボックスをお持ちでしたか」
「ええ、まあ」
調べてみれば持ち主は珍しいが全くいないわけでもないスキルらしい。
数百人に一人くらいか?
商人やっていればほとんどが持っているとか。
「羨ましい限りです。私は大したスキルがありませんので」
そう言いながら店主は素材を手に取る。
その目は確かにその道の人間のものである。
「では、これくらいでいかがでしょうか」
いかがでしょうと言われても相場が分からない。
まあ嘘を付いているようにも見えないし、別にいいだろ。
ぼったくられていても元がタダみたいなもんだ。
「ではそれで」
店主から金を受け取る。
俺が金と買った回復役などを閉まっている間に、店主は集めたガラスの破片やごみを集める。
「よいしょっと」
店主の手から光が溢れると、ゴミは一塊になる。
光が途切れると、そこにはヒビ一つ入っていないガラス瓶や何らかのアイテムがあった。
「……これが私の大したこと無いスキルですよ」
店主が頭を掻きながら説明する。
「【錬成】というスキルなのですけどね。本当は【錬金】のように鉄を金に出来ればいいのですけれど。私のスキルでは復元が精いっぱいですよ」
復元か。
【メンテナンス】と似たようなものなのか。
【錬金】は【錬成】の上位互換みたいなものか?
そっちの方は聞いたことがある。物質を全く別の物質に変えることが出来ると。あるいは性質自体を変えてしまえると。
「便利じゃないですか。無駄が出ない。ゴミも出ない」
「唯一の取柄です」
まあそれだけじゃやっていけないのも世間の辛いところか。
お仕事頑張ってくれ。
「ではまた。機会があれば注文させてもらいますね」
「ありがとうございました」
さて、次はどうするか。
時間もいい具合だし、本当に夕飯を買ってしまおうか……?
と、店を出て道をぶらぶらと歩いていた時であった。
何かが爆発するような音が街中に響いていた。
「あそこだ!」
「ちくしょう、またやられたか!」
「【爆弾魔】だ! 怪しいやつがいたら捕まえろ!」
何やらまた爆発騒ぎが出たらしい。
一応、調査を任されている身としては向かわないわけにはいかない。
逃げようとか、消化活動か、野次馬か、犯人を捕まえようと正義漢ぶっているのか。
街の人間が流れは二つになっている。
走っている人間の叫び声からどちらに付いて行けば爆発が起きているのかは容易く分かる。
置いて行かれないように少し小走りで向かうわけだが……その道には見覚えがあった
「……まさか」
そして現場へと到着する。
先ほど見た場所だ。
ここに誰がいるのか、俺はすでに知っていた。
「何人か吹き飛ばされているみたいだぞ」
「教会の人間が来てくれるみたいだ!」
叫び声が聞こえる。
やばい……教会の人間が来るのか……。
「死人が出てるぞ! 冒険者のようだ」
「くそ! おい、聞こえるか? 返事をしてくれ」
だが、教会の人間なんて今はどうでもいい。
何故ならば爆発された場所……それは宿屋だ。
冒険者が寝泊まりするような場所であり、同時に旅人も宿泊する施設。
「シドドイ……嘘だろ……」
俺とシドドイが泊る予定であった宿屋が爆発されていた。
夜に合流しようと、合流地点にもしていた宿屋は火を上げて崩れようとしている。
死傷者を複数人出して。