過ぎ去った罪の行方
日焼け止めを塗るマサの手つきは優しく、それでいて意外と不器用さが見えた。仕事中は何でもそつなくこなす器用な人なのに、今はどこかもたついている。彼がこういうことは下手だと自己申告していたのは謙遜ではなく本当だったらしい。
普段はクールな感じなのに今は可愛いなぁ。
背中越しにマサの気配を感じながら、アオイは心の中でそんな感想をつぶやいた。もしここへ一緒に来たのが旦那の仁だったら……。一瞬そんな想像をしてしまったが寂しくなるだけなので、すぐ目の前のことに意識を集中させた。
当然、今日海へ来ることを仁には報告しておいた。報告と言ってもラインでだが。顔を見て伝えたかったのはやまやまだが相変わらず生活リズムはすれ違いっぱなしなので仕方ない。こんな時、SNSが発達した現代に感謝する。携帯電話すらない時代にこんな結婚生活を送っていたら心の距離までつかめなくなっていたかもしれない。一方で、いつでも連絡を取り合えるという安心感に頼りきりな夫婦のあり方に切なさが募るのも本当だった。男性メンバーもいる海水浴だと仁に告げた時、アオイは期待した。異性とのイベントなので仁が多少のヤキモチを焼いてくれるのではないかと。しかし、「楽しんでおいで」と返信がきたのでアオイは肩透かしを食らった。
夫婦とはそういうものなのかもしれない。法律に守られた穏やかな関係性の中、じょじょに恋だの愛だのといった激しい感情から遠ざかっていく。それが結婚制度が形作るまっとうな幸せなのかもしれない。分かっていても、正直言って物足りなかった。物足りなさを通り越して苛立ちすら覚えてしまうのは、顔を見られない日々が続いているせいだろうか。自分ばかり仁を求めているかのようで虚しい。こちらがこんなにヤキモキしているのに仁はなぜ平然としていられるのだろうかと、相手の気持ちに疑いの心まで生まれてしまう。
重症だよね。
マサのために外した結婚指輪。仁を感じられる唯一のアイテム。指から離れた瞬間、心が軽くなった。一人思いつめるばかりだった結婚生活を一時的にでも忘れることができそうで。
仁は今でも私を好きでいてくれるのかな。なんて、考えるまでもないよね。だって、仁は、恋愛感情優先で結婚したわけじゃないんだから……。
「背中、水着の下も塗るね」
マサの声かけでアオイの思考は途切れた。
「うん、お願い」
アオイはゆったり目を細めた。マサの指先がくすぐったいのにどこか気持ちいい。人に日焼け止めを塗ってもらうのはリラクゼーションサロンで全身マッサージを受けるのと同じくらい心地がいい。反面、今さらながらとんでもないことを頼んでしまったのではと思い始めた。いくら友達とはいえ男性相手にそんなことを頼むのは図々しすぎたのではないか、と。
いくらマサでも、日焼け止め塗るなんてさすがに迷惑だったかな。頼んだ時も困った顔してたし……。太ももの裏くらいは自分で塗ろっと。塗りにくいけど。
申し訳ないことを頼んだと思ってしまう理由はそれだけではない。肌に触れるマサの手のひらにどうしようもなくドキドキしてしまったからだ。心地いいのはもちろんだが、それを超えた感情を思い起こさせる。男性に肌を優しく触ってもらえる時に覚える気持ち良さ。この頃自分の生活から遠ざかっていた感覚。恥ずかしい話、背中だけでなく体中が熱を帯び、それが高じてマサの恋愛経験を想像するに至ってしまった。
マサは今までの彼女にもこうやって触れてきたのかな。って、何でこんなこと考えちゃうかな。今の私絶対気持ち悪いよ……。
それもこれも、仁と抱き合う機会がめっきり減ったからだろうか。それとも、心の欲求不満は体にまで影響する、そういうことか。旦那とのスキンシップに飢えているのは間違いなかった。
友達らしく。健全な思考を。そう。マサは親切でこうしてくれてるんだ。うん。それ以外の意味はないっ。
強く自分に言い聞かせることで妙な考えを追い払ってみても、やはりマサの手のひらの動きに過敏になってしまい胸が熱くなる。こうなってしまうのは、マサとの間に起きたそれまでの出来事も大きかった。車での親切。時折見せる切ない表情。砂浜で上着を貸してくれたこと。女性として大切に扱われている。そんな気がした。
マサにそんな気はないよ。もともと優しい子。それだけ。それだけ、なんだよ。
長いようで短い日焼け止め塗りの時間は終わり、マサはアオイに日焼け止めクリームを返した。
「こんなんでいい?」
「ありがとう。助かった。ごめんね、変なこと頼んで」
「別に。塗らなきゃやばいでしょ」
「だね。あはは」
アオイはぎこちなく答えた。というのも、マサの様子がいつもと違う気がするからだ。声音はそっけないのに、目つきがいつになく優しく熱っぽい。異性特有のまなざしに触れた気がして胸が高鳴る。
何考えてるの!? ありえない。マサは友達でしょ!
一生懸命自分に言い聞かせた。自分はとんでもなく恋愛経験値が低い。だから、マサにとっては普通の視線を特別なものと勘違いしてしまっているだけだ。そうに決まっている。それに、優しい視線なら旦那にも向けられている。マサの視線は仕事仲間の情からくる優しさ。それだけだ。そうに違いない。
「行こ。アオイ」
立ち止まるアオイに、マサは手のひらを差し出した。たくましい腕。差し出される手は、男性のそれだった。女の自分とはずいぶん違う骨ばった形。条件反射的にこちらも手を差し出した時、なぜ手をつなぐ流れになったのか分からずアオイはピタと動きを止めた。
「え……?」
「付き合ってるんでしょ、俺達」
「あ、ああ! そうだったね。そういうことか……!」
手くらいつながないとイクトやユミに怪しまれる。付き合って日の浅いラブラブ期のカップルという設定ならなおさらだ。もちろんそれはアオイから始めた嘘で、その嘘にマサは乗り気ではなかったが、今は彼も共犯者になってくれる心づもりらしい。そういうことならと、アオイはマサの手のひらに自分の手のひらを重ねた。一瞬、マサの動きが止まった気がした。付き合っているのが真実のように思える温度が二人の手のひらに生まれる。
「ごめんね、こんなことまでさせて……」
謝ってしまうのは、さきほどからマサに異性を感じてしまう申し訳なさからだった。結婚している身で旦那以外の男性と手をつなぐなんて、成り行き上仕方ないとはいえバツの悪さがつきまとう。独身なら許された行為と感情だった。
「謝らないでよ。むしろありがとって言いたい。俺のためについてくれた嘘でしょ」
「そうだけど……。でも、私なんかとこんなことするのマサは嫌かなって」
つながれた手を意識して、アオイは下を向いた。マサを意識してしまっている。手をつなぐことに対して彼がどう思っているのか遠回しに尋ねるようなことを言ってしまった自分が女丸出しで、とても目を合わせられない。目を合わせたら気持ちを読まれてしまいそうで。マサに好意を持たれていたら友達にはなれないと思っていた自分がこんな風になってしまうなんて。ただ海に来て日焼け止めを塗ってもらった。それだけなのに。それがとても楽しくて心が満たされる出来事だったなんて、認めたくない。手をつなぐことに対してマサから嫌な感想を告げられたら、今すぐ浮ついた自分をなかったことにできると思った。
それなのに。
「嫌だったらここまでしない」
「マサ……」
「それに、こうしてないとアオイ人混みに流されてっちゃいそうだし」
本当の恋人にそうしているかのように優しいマサの視線。柔らかい言葉運び。かもしだす雰囲気も、これまでの彼にないほどあたたかい。
私の勘違いだよ。マサが私を女として見るはずない。だって、私達は友達だから。それに、私は結婚してるんだから。色気ないって言われてきた女なんだから。全部、思い過ごしだよ……。
そう思おうとすると心の片隅に薔薇の棘が刺さったかのようにチクリと痛みが走るのはなぜだろう。痛みを無視するために、アオイは満面の笑みを作ってみせた。
「ありがとう。ホントそうだよね。私、人混み歩くの苦手なんだー」
「着替えてユミちゃんとこっち戻って来る時もふらついてたしね」
「えー! 見てたの!? 恥ずかしいなー」
「なんか目立つんだよ、アオイって」
「そうかなー」
何気ない会話の隅々に、マサの言葉の裏にあるものを探ろうとしてしまう。
目立つってどういう意味? 遠くから私のこと見つけてくれてたの?
「イクト達先に海行ったよ。俺達も追いつこ。ここからちょっと歩くと、泳ぎに疲れた時に休める磯とかがあるんだって」
「そうなんだ、楽しみだね」
交わされる会話も、触れ合う手も、楽しかった。そんな気持ちになってはいけないことを分かっていても。
それからアオイとマサはイクトとユミに合流した。他の海水浴客を避けるようにし四人でビニールボートに乗ったり、イクトの持参したシュノーケルでそれぞれに素潜りを楽しんだりした。そうしていれば恋めいた感情も薄れて単なる気の迷いで終わるとアオイは思っていたのに、マサに対するときめきの意識は強まる一方だった。遊びの合間に、マサはアオイの日焼けを気にかけた。アオイ本人ですら楽しむことに夢中で忘れていたというのに。
「そろそろ塗り直した方がいいんじゃない?」
「そうだね、けっこう泳いだもんね」
素潜り用のシュノーケルを外し、アオイはマサを見た。日焼け止めを一切塗っていなかったマサは数時間の遊泳でけっこう焼けていた。彼の二の腕や胸に視線をやってしまい、アオイは思わず目をそらした。
二人のやり取りを聞いていたユミがそろそろ昼食にしようと言ったので、昼休憩を兼ねて女子陣の日焼け止めを塗り直す流れになった。四人で場所取りした砂浜に戻り軽くタオルで体を拭いたりし、海の簡易食堂へ向かう。店内は混んでいたが、何とか四人分の席を確保できた。
四人が着いたのは出入口に近い四人用テーブルだったが机も椅子も規定のサイズより小さく、座ると隣同士で肩が触れ合うほど狭く感じた。それをいいことにカップルのユミとイクトは互いの頭を撫であったりなどしてイチャついているが、友人の域を出ないアオイとマサはその距離感にどぎまぎした。
「ごめん、また肘ぶつかった」
「仕方ないよ。マサ、もっとこっち来れば?」
海で遊んでいるうちに、二人は朝より打ち解けた。それでも最低限の遠慮というものはあるらしく、マサはアオイに気を遣って椅子の隅ギリギリのところに座っていた。アオイはマサの腕に手を寄せ彼をこちらに引き寄せようとした。マサもそれに従おうと体を動かすと、二人は今までにない近い距離で目が合った。上下のまつ毛や、下手したら小鼻の毛穴まで見られてしまうのではないかというほどの至近距離。細部まで見られるのはさすがに恥ずかしいので、
「何食べる? どれも美味しそう〜」
アオイはマサから視線を外し、やや演技じみた声音でユミとイクトに話題を振った。
「イカ焼きない?」
「オッサンか!」
「偏見。女だってイカ好きなのー」
セクシーな外見に似合わない注文をするユミにイクトはツッコむ。そして、ここへ座ってからどうもぎこちないマサにもツッコミを入れた。
「マサ、さっきから変。どうしたんだよ。アオイちゃんと肩が触れ合ってドキドキしてる? はははっ。そんなくらいのことで動揺する純情なヤツじゃないだろ」
それまで和やかだった空気は一変、一同に緊張が走った。その一言を皮切りに、イクトがマサに攻撃を始めた。
「アオイちゃんは知らないだろうけど、コイツ高校の頃超絶遊び人でさ。来る者拒まずで二股三股も平気でやってたんだよ。影でのあだ名が、『イケメン性欲モンスター』。ウケるだろー?」
「やめなよ、イクト。過去のことでしょ」
ユミが止めた。それに従ったのかどうか分からないが、イクトはそれきりマサを悪く言うことなく今度はフォローに転じた。
「これ悪口じゃないぜ。むしろ男の中では憧れられる存在だった。まあ、ユミの言う通り昔の話だし。今はアオイちゃんがいるから関係ないだろ」
イクトがマサを傷つけたがっているのが分かる。それと同時に、アオイは自分もひどく動揺していることが分かって戸惑った。たしかにマサはモテそうだ。でも、誰彼構わず手を出すような人だったなんて……。正直言ってショックだった。そんな人だとは思わなかった。
「マサ、何かワケがあったんでしょ? じゃなきゃ、二股なんてかけないよね?」
尋ねる声が震えてしまう。マサを助ける友達だと言うのならもっとどっしり構えていたいのに、イクトの攻撃の余波はアオイにも思いのほか大きなダメージを与えたのだった。
お願いマサ。否定して! ううん。納得できる理由を聞かせてくれたら私は大丈夫だから。
アオイの心の声はマサに届かなかった。ゆっくり席を立つと、マサは諦めとも悲しみとも取れる表情でアオイを見下ろした。
「言い訳なんてしない。イクトの言う通りだから」
そう言い残し、マサは海の家を駆け出した。
「マサ……!」
アオイも席を立ちマサを追おうとしたが、ユミに止められた。
「今は一人にした方がいいんじゃない?」
「でも……」
「彼女にそんな話されたら男でもきついと思うよ。気持ちの整理する時間がいるよ。アオイちゃんもさ」
「そうだよね……」
ユミの言うことは最もだった。
アオイはマサのことが分からなくなった。そして同時に自分の気持ちも。なぜ、マサの女性遍歴にここまで動揺してしまうのだろう。相手が仁ならともかく、友人でしかないはずのマサに。彼に並々ならぬ好感を抱いていたからだろうか。
さっきまではあんなに楽しかったのに。私も、マサも。
「せっかく楽しんでたのにぶち壊さないでよね。アホでしょ」
「どーせアホだよ俺は」
ユミに咎められてもさして反省する様子もなく開き直った態度を見せたイクトは、アオイに対しては別人のように感じ良く対応した。
「ごめんねアオイちゃん。アイツとは前に恋愛絡みで色々あって。今はユミがいるし昔のことは忘れて仲良くしたいと思ってるけど、やっぱり完全になかったことにできたわけじゃないんだ。それで、ついああいうこと言って憂さ晴らししてしまう。やっちゃダメなことだって分かってるんだけど」
「うん。マサから少し聞いてる。イクト君の気持ちも分かるよ。そうしたくなるのも当然だから」
アオイはイクトを責める気にはなれなかった。もちろん、今でもマサの味方でいたいという気持ちは変わらない。マサの過去に戸惑いはあるものの彼を嫌いになったわけではない。しかし、イクトを責められるほど自分は偉い人間ではないと感じた。イクトは取られた側の人間。かつての玲奈と同じだ。玲奈は決してイクトのようにはならなかったが、仁を奪ったアオイに対していつ意地悪な反撃をしてもおかしくない立場。そう思うと、アオイはイクトに理解を示すしかなかった。それが、かつて人の恋を略奪した自分が唯一するべき言動。
アオイの事情を知らないイクトは、アオイに共感されたことに少なからず驚き、そして素直に感動した。
「優しいんだね、アオイちゃんって。てっきり怒られるんじゃないかと思った」
「怒らないよ」
アオイが苦笑すると同時にユミが席を外した。
「トイレ行って来る。イカ焼きとお好み焼き頼んでおいて。二人で先食べてていいよ」
「おお。気をつけてなー」
あっさりユミを見送るイクトに、アオイは少々疑問を覚えた。ここは男性も多い。あんなに魅力的な彼女を一人で出歩かせてナンパが心配にはならないのだろうか。
「ついてってあげなくていいの?」
「大丈夫。アイツ気強いから。変な男来たって平気平気」
「そうなんだ……」
イクトの様子を見て、ユミの言葉を思い出した。
『アオイちゃんってイクトの好みっぽーい』
本当に二人がうまくいっていれば、ユミからあんな言葉は出てこないはずだ。イクトに思われている確たる自信がないから、彼女はあんな風に疑心暗鬼な発言をしてしまうのではないだろうか。今トイレでここから立ち去ったのも、自分と仲良くしているイクトにモヤモヤしてのことかもしれない。かといって部外者の自分がどこまで首を突っ込んでいいのか分からない。さりげなく、そして皆にとってよかれと思うことを、アオイは伝えることにした。
「ねえイクト君。余計な口出しだったらごめんね」
「大丈夫。アオイちゃんの言葉なら聞くよ」
「じゃあ、遠慮なく。マサにこだわるとユミちゃんを寂しくさせるんじゃないかな? それって元カノさんを忘れてないって言ってるようなものだから」
「そうだね。俺もそれは分かってる。いや、分かってるつもりでいるだけかもなー……」
決まり悪そうに、イクトは片手で髪の毛を混ぜる。
「元カノへの未練はもうないよ。でも、それ以上に、マサに裏切られたことへのショックが大きくて。アイツ女の子から見たら最低なとこばかりだけど、友達としてはいいヤツなんだ。元カノ絡みで揉めるまで、本当に最高の親友だと思ってた。でも、アイツは簡単に俺を裏切った。それがどうしようもなくきつかったんだよ。アイツにとっての俺はしょせんその程度の友達だったのかなって」
イクトの言葉に嘘はないように思えた。素直さがあるし、マサに向けていた攻撃の理由にも繋がっている。
「でも、それでユミを不安にさせてたらダメだよな。アオイちゃんの言う通りだよ。でも、気持ちが整理できなくてグッチャグチャで。俺だっていつまでもこんな風でいるのは嫌なのに」
「マサも同じだよ。イクト君のこと大切って思う分苦しんでると思う」
「ありがとう、アオイちゃん。聞いてもらったら、なんかちょっと楽になった」
「本当? それならいいけど」
イクトの表情に陽気さが戻る。アオイもホッと胸を撫で下ろした。話が途切れたので、それぞれの食べたい物とユミに頼まれた物を注文した。マサが戻ってきそうにないことが気がかりだが、とりあえず昼食をすませてから彼を迎えに行こうという話にまとまった。その頃になれば互いに冷静さも戻り、落ち着いて話せるはずだから。
「ねえ、アオイちゃん。ライン教えてよ。これからもたまに相談に乗ってほしいし」
「それはダメだよ。ユミちゃんに悪い」
「大丈夫。それに、アイツにこういう相談すると余計な不安与えちゃうでしょ? さっきアオイちゃんに言われて気付いたんだけどね」
「それはそうかもしれないけど……」
いまだに戻ってきそうにないユミのことが突然気になった。アオイは落ち着かない気持ちになる。
「マサとのことで話聞いてほしい。いつか、マサとちゃんとした友達に戻りたいから。本当に」
「イクト君……」
正直、抵抗感はあった。それは既婚者だからというよりユミの気持ちを慮ってのことだった。彼氏が自分以外の女性に深めの相談をしているなんて、女として面白い話ではない。しかし、マサのために力になりたいと思った気持ちも本物。イクトとマサの仲が元に戻ればイクトの相談役も降りられるし、そうなればユミを不安にさせる要素は丸々なくなる。迷った挙句、アオイはマサのためにイクトの相談役を引き受けることにした。それが最善だとこの時は思った。
「分かったよ。私でよければ」
「ありがと!」
海の家を飛び出し、無我夢中で走った。そうしてマサは人気のない寂しい岩場にたどり着き、そこでとこでようやく肺が苦しいことに気付き立ち止まった。逃げたところでどうにかなるわけではないのに、気付くとあの場から逃避していた。恋愛ごっこに明け暮れていた動物のようだった時代を、アオイにだけは知られたくなかった。できることなら最後まで隠し通したかった。そもそも今日アオイを海へなんか誘わなければよかった。彼氏持ちの女友達に無理を言って付いてきてもらえばこんなことにはならなかったのだ。
たらればを繰り返してみても、絶望的な気持ちは膨らむばかりである。
少し前の自分だったらいつ知られてもいいと思って開き直りすらしていた過去。いざその時が来ると臆病な自分が全面に出て恐怖しか感じなかった。アオイへの気持ちを自覚した今となってはなおさらである。
確実に嫌われたな、もう。最悪。バイトやめよ……。
適当に理由をつけて海の家を出てきたユミは、マサを追いかけ何とか彼に追いついた。マサはひどく傷ついた顔をしている。アオイの目の前でイクトに不都合な過去をバラされたのがショックだったのだろう。アオイに惚れているのが手に取るように分かった。一途にアオイを思うマサの気持ちが、ユミにはひどく羨ましかった。
砂が鳴らすユミの足音に気付き、マサは苦笑した。
「なんかごめんね。変な空気になって」
「あれはイクトのせいじゃん」
「元は俺が悪いし」
「遊んでたこと、アオイちゃんにだけは知られたくなかった?」
「…………」
「イクトもゲスいよね。腐った女みたいなことする」
「俺がそうさせたから」
「過ぎたことじゃん。そうやって自分ばかり責めるの、いい加減つらくない? 反省したって過去は変えられないのにさ」
「そうは言っても、それが俺のしたことだから」
イクトが私を追いかけてくることはない。ユミの予想は当たった。遠目に見える賑やかな海水浴場から離れたここは、岩に囲まれ死角がある。そういった様々な状況が手伝って、ユミはマサにこんな発言をするのもためらわなかった。
「んー。じゃあさ、とりあえずエッチしようよ」
「どうしてそうなるの!?」
「だって、マサ君つらそうだから。私も今ちょっとつらいし、したらスッキリでしょ。ここ人来なさそうだし、ちょうどよくない?」
「そういう問題じゃなくて」
「マサ君となら全然いいよ、私」
言うなり、ユミはビキニの上をおもむろに外し豊かな胸をあらわにした。