1
目が覚めるとそこは小さな小屋の中だった。
掘立小屋のようなその部屋の中には布団、机、囲炉裏、生活に必要最低限の物しか置かれていない。
そして、机には突っ伏して寝ている少年の姿があった。
粗末な和服のようなものを着ている。
年のほどは12歳くらいだろう。
布団から出てみると空気は冷えていた。よく見ると囲炉裏の炎も燻り、消えかけている。
少年の華奢な体がこの寒さにさらされていると考えると、堪らなく申し訳ない気持ちになった。たぶん今まで僕のことを見ていてくれたのだろう。少年の体に掛布団をかけると少し身じろぎをしたが暖かくなったのだろう、すやすやと寝息を立てまた寝始めた。
僕は囲炉裏にそばにあった薪を投げ入れた。 これでじきに暖かくなるだろう。
少年が寝ている間に周りのことを確認しておこうと思い外に出てみると僕はここが地球ではないことを実感させられた。
空に月が二つ昇っていたのだ。
一つの月はクレーターが目視できるほど大きいがもう片方は地球の月より幾分か小さいような気もする。 ともあれ、夜空に月が二つもあるというのはなかなか落ち着かないものだった。
空から目を移し、小屋の回りを見てみるとすぐ近くにとても大きな宮殿のようなものが建っていた。 その宮殿は平屋で、例えるのならば・・・ そう、平等院鳳凰堂のようだった。 その、長い塀と堀で囲まれた敷地の端っこにこの小屋は建っていた。 下働きのための小屋だろうか? しかしこの小屋だけがぽつんと建っているのが気になるがまあいいだろう。
小屋のすぐ隣には小さな祠があった。 あの少年がこまめに掃除をしているのだろう。 お供え物も新鮮で祠の周りは小奇麗に掃き清められていた。
そして、たぶん僕はこの祠を通してこの世界にやってきたのだろう。
なんとなくだがそんな気がする(まあ、祠つながりで十中八九だろうが・・・)
手を合わせ碧に感謝の気持ちを伝えていると、バン! という音とともに少年が飛び出してきた。
「御使い様!? 御使い様!? どこにいらっしゃるんですか!?」
狼狽し、泣きそうな、いや泣いている少年が叫んでいる。 御使いとはたぶん僕のことだろう、いつから御使いになったのかは知らないが状況を考えるに御使いに当てはまるのは僕しかいない。
「少年、ここだよ。」
といったが速いか、バッと音がするほど早くこっちを向き、泣きながら駆け寄ってきた。
「御使い様! 天に旅立たれてしまったのかと思いました・・・。」
「少し外を眺めていただけだよ。 ところで君の名前は?」
そう言うと、少年は驚いたような顔をし居住まいを正した。
「も、申し訳ありません! 神樹 ラグル皇国第三皇子のルナクです。」
「・・・・・・。」
今、とんでもない発言が飛び出した気がする。
「そうは見えませんよね・・・。 第三皇子がこのような粗末な衣を着て、このような小屋に住んでいるわけなどないのですから・・・。」
何も言えないでいると少年、いや第三皇子ルナクが泣きそうな顔をしながら言った。
「何が起きたんだい?」
「私には力があります。 神をこの身に宿すことができるのです。しかしこれは本来長男である兄上が手にするはずの能力でした。そして、兄上と父上はこの能力が私にあることを隠すためにこの緑風京の奥深く、この場所に押し入れました。周囲には風邪を患い奥の宮で療養しているとでも言ってあるのでしょう。 そして、病死したと民には知らせるのでしょう。」
淡々と言ってはいるが、歯を食いしばり、目には涙をためている様子はとても痛々しかった。 肉親に憎しみを向けられる彼の心中はさぞ荒れているだろう。 それなのに泣くまいと凛としているルナクの強さに僕は驚いた。
「御使い様、私の願いを聞いていただけないでしょうか。 私を、私をここから連れ出してはいただけませんか? 近くの村までで構いません、そこからは自力でやっていきます。 どうか私に自由を下さい!」
「わかった。 行こう。そして僕の名前は蒼、これから君はただのルナク、いいね?」
「はい! 」
・・・ここで、断れるような人がいたらそいつは悪魔だ・・・と思う。 しかし、やるといったはいいものの・・・
僕はこの世界の何も知らないのだが・・・