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あたりは、じわじわと闇に包まれてきた。曇ってはいるが、空全体がどことなく明るい。それは、雲が薄くなっている証拠だ。
やがて、ぼんやりとした丸い光が見えてきた。
「ジョッシュ、ほら!」 そう言って僕は、空に浮かぶ光の方を指差した。
「ああ、月だね。はっきりとは見えないけど位置がわかるから、これなら“門”が光ってくれるかも」
「“門”が光るのは月が南中した時だね」
「ああ、そうだよ」
「あと、どれくらいだろう?」
彼は軽く首をかしげた。「う~ん、はっきりとはわからないけど、あと2~3時間ってとこかな」
「じゃあ、もうすぐしたら、湖をじっと見てないといけないんだね」
「うん、“門”の光を見逃さないようにしないと・・・」
真っ黒い湖面をただただ見続けるのは、とても根気のいることだ。前回と違い、“門”の輝きがどの程度のものかもわからない。見逃したらこれまでの苦労がすべて泡と消えてしまう。
まだ少し時間はありそうだったが、僕たちは湖畔に立ち、湖底に何か光るものがないか探した。
ジョッシュの表情を確認することは、もはやできなかった。“そこにいる” - わかるのは、ただそれだけだ。
いよいよ彼とも今夜でお別れか・・・そう思うと、急に淋しさがこみ上げてきた。それは単にジョッシュとの別れというだけでなく、“内界”との縁が切れることでもある。僕にはまだ、解き明かさないといけない謎がたくさんあった。いや、違う。解き明かしたことなんて何一つない。単に不思議な体験をしただけだ。
しかしそれも、今夜限りで終わりを告げようとしている。
「ジョッシュ、僕たちはまたいつか会えるかな」
暗闇の中で、近くにいるであろうジョッシュに話しかけた。
「・・・うん」 小さな返事が聞こえた。
「また、“外界”に来るかい?」
「うん、何かあったらね」
そうだ、彼は“内界”に危機が訪れたときでないと、こちらには来ないのだった。遊びで来ることは決してないのだ。
「いろいろありがとう。楽しかったよ・・・」
気がつくと、僕は半分涙声になっていた。もはやジョッシュの顔を見ることはできなかった。それはもちろん暗闇のせいではあるが、仮にあたりが明るかったとしても、涙のせいで見ることはできなかっただろう。今、彼の表情はどうだろう?悲しそうな顔をしているだろうか?涙を浮かべているだろうか?もし、そうだとしたら少し嬉しいけど・・・。
そんな僕の思いをよそに、彼の声はいつもと変わらず明るかった。
「こちらこそ、ありがとう。ティムは僕の英雄さ」
「英雄?」
「そう、英雄。だってそうじゃないか。前に怪我をした時にも助けてくれたし、今回もし僕が“内界”に戻ることができたら、2度も助けてくれたことになるんだから」
英雄か・・・僕は英雄になんて、ならなくてよかった。なりたくもなかった。ただ、ジョッシュと離れたくなかっただけ、そしてできれば、また“内界”で生活してみたかっただけだ。
そんな僕の気持ちなど察する様子もなく、彼は続けて言った。
「もしまた何か困ったことがあったら、助けてよ」
助けたいのは、やまやまだ。でも、もうジョッシュが困っていることを、知る術すらない。
「助けるも何も、君が困っていても僕は知りようがないじゃないか。君が大声を出して呼んだら、僕に聞こえるのかい?」
自分でも大人げないことを言ったとわかっていた。普通なら、話を合わせて “ああ、そうするよ” とでも言っておくところだ。
「大丈夫だよ、アーチで知らせるから」
彼が意外なことを言った。アーチ好きの僕に、気を遣ってくれたのだろうか。
「アーチ?何のことだよ」
「僕がアーチでティムに知らせるよ。アーチが壊れていたら、何か悪いことが起こった、ってことだよ。そしたら、また僕を探してくれる?」
「いったいどのアーチのことを言ってるんだい?いくら僕がアーチハンターだからといって、毎日このあたりをウロウロしているわけじゃないよ。それどころか、もうここに来ることはないかもしれない。何しろ僕の家は遠いからね」
ジョッシュは明るい声で言った。
「家の場所は関係ないよ」
「関係ない?」
「だって、それは僕のアーチだからさ」
「君のアーチ?そんなものがあるの?」
ジョッシュはじれったそうに言った。
「あるんじゃなくて、作るんだよ。ティム、忘れたのかい?僕は“風回し”。風を起こせるんだよ」
風を起こしてアーチを作る? いくら風を起こせるといっても、岩が削れてアーチができるまで何万年かかるかわからない。僕たちがそのアーチを見ることはないだろう。いや、それともひょっとして、僕が知らなかっただけで、実は彼ら“内界”の人々には寿命などないのだろうか?まあ、万が一そうだったとしても、僕の方はそのアーチを目にすることはない。




