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ジョッシュのアーチ  作者: Tom Openrange
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ふと気づくと、あれだけ激しく降っていた雨はいつの間にか止んでいた。僕は立ち上がり、湖の方を見渡したが、人影らしきものは見えない。

湖岸に沿って、先へ先へと進んだ。湖面を見つめ、何か浮かんでいないか探した。どこかに木の板が浮いていないだろうか。そしてそこに、ジョッシュがつかまっていないだろうか。しかし、水面がゆらゆらと揺れているだけで、何も見当たらなかった。

僕ですら助かったのだ、ジョッシュが溺れたりするはずがない。そう信じつつも、何も手掛かりがないと不安になった。あてはないが、このまま湖岸を進むしかない。

平らな岩が途切れると、やがて小山のように隆起した岩が連なる一帯にたどり着いた。表面は雨のせいでまだ濡れており、足を滑らせそうだったが、慎重に一歩一歩凹凸を見ながら乗り越えて行った。

いくつかの小山を越えると、また平らな部分が広がっているのが見えた。そしてそこに、ポツンと座っている少年の姿が目に入った。

「ジョッシュ!」

僕の声を聞いて、彼は跳び上がるように立ち、あたりを見回した。そして僕の姿を見つけると、両手を挙げて大きく振った。「ティム!」彼が大きな声で答えるのが聞こえた。

僕はホッとして体の力が抜け、膝を折りながらゆっくりと岩の斜面を下りて行った。それと同時にジョッシュが駆け寄ってきて、僕に抱きついた。

「無事でよかったよ」心からそう思った。彼も嬉しそうに「そうだね、よかったね」と言った。

「よく二人とも無事だったね」

僕がそう声を掛けると、彼は得意げな表情を見せた。

「最初からそう言ったじゃないか」 

結果的にはそうだが、それにしても奇跡に思える。

「おかげで、あっという間にここまで来られたよ。それでこれからどうするの?」

ここまで来たところで、ジョッシュの顎にはもうアーチの印はない。仮にこの後、空が晴れて満月が輝いたとしても、“内界”に戻ることはできないだろう。

彼もそれはわかっているようで、明るい表情から一転し、うつむいたまま黙っていた。

「夜を待つよ。今夜、帰るんだ・・・」

小さな声でボソッとつぶやいた彼の気持ちが、僕には痛いほどよくわかった。彼に掛ける言葉もなかった。

でもそのとき、あることに気がついた。

僕には元々、顎にアーチの印なんてなかった。でも“内界”に行くことができた。それは、長老の言葉を借りると“月の光が強すぎた”からだ。もし今夜も月の光が強かったら、そして、僕が湖底に光る“門”を目指して飛び込み、ジョッシュもそれに続いたら、二人とも戻ることができるかもしれない。

まだ希望はある。


空を見上げた。雨は上がったものの、まだ雲に覆われている。ところどころ薄日が差しているようにも見えるが、雲が流れ去る気配はない。残念だが、夜まで待ったところで、とても月が出るとは思えなかった。

僕がしきりに空を気にしているのを見て、ジョッシュが言った。

「ティムは“内界”に戻りなよ。僕がこうして元気でいることを、心配している長老や他のみんなに知らせてもらわないと・・・」

独り言をつぶやくように、ジョッシュは言った。肩を落とし、ただ地面を見つめている。その姿が痛々しかった。

「いや、今日はダメだよ。月が出ない。“門”が光らないよ」

彼をこのまま放っておくわけにはいかなかった。何か方法を考えないと・・・。でも、いい案が浮かばない。

「月がなくても、“門”は光るよ」

思いがけない言葉に、とっさにジョッシュの顔を見た。さきほどと変わらず、彼は下を向いたままだ。

「月が出なくても・・・光る?」

「ああ、光るよ。ただ、光が弱いから、“門”の位置を見つけるのがちょっと難しいだけさ」

僕はもう一度空を見上げた。今の時刻はわからないが、辺りは暗くなりつつあった。もし晴れていたら、この空はきっと鮮やかな紫色に染まっていることだろう。本当に残念だ。しかし、天気を僕の力で何とかすることなんてできない。


ジョッシュが顔を上げた。僕の顎をじっと見つめている。

「ティムのアーチの印も、ずいぶんと薄くなっちゃったね」

そうなのか・・・、僕は顎をさすった。これまで自分の顎の印のことは、ほとんど気にかけてこなかった。意識したのは、エスカランテの人々が妙な反応をした時くらいだ。

そのとき突然、ジョッシュが大きな声を出した。

「あーっ!」

僕は飛び上がるくらい驚いた。

「なっ、なんだよ!大声出して」

彼をいさめるように、きつい口調で言った。

「消えちゃったよ!」

「消えた?何が」

「印だよ。顎についていたアーチの印!」

「なんだって!」

鏡をもっているわけでなく、自分で確かめる術はなかった。ただ、ジョッシュが動転している様子を見て、彼が冗談を言っているのではないことだけはわかった。

“大変だ!” 今度は僕が動揺する番だった。

もう一度、顎をなでて、その手をじっと見つめた。

「ん?」何か黒っぽい線が手のひらについている。大きく湾曲した線だ。

ひょっとしてこれは、顎についていたアーチの印ではないか。手でこすったせいで取れてしまったということか?

「ジョッシュ、これ」

彼の方に手のひらを向けて見せた。二人して、そこについたものを見つめたまま黙っている。そしてお互い顔を見合わせた。

「取れちゃったみたい・・・」僕がポツリと言った。

それが何を意味するのか、自分でもわからなかった。ただ、決していいことには思えなかった。

「僕の顎についていたアーチの印は、実は偽物だったのかも。たまたま、何かの拍子にくっついただけなのかもしれないな・・・」

落胆してそう言うのを遮るようにジョッシュが言った。

「そんなことないよ。だって薄くなったんだから。それよりティム、それを僕につけてよ」

「つける?」いったいどういう意味なのか、わからなかった。

「つける、って?」

「その手のひらで、僕の顎を撫でてよ」

よくわからないまま、僕は彼のいうとおりにした。彼の顎に手のひらを押し当て、何度か撫でた。そしてゆっくりと手を離した。

「おーっ!」

驚いた。彼の顎にアーチのマークがついていた。彼の言うとおり、確かに色は薄い。でも間違いなく、アーチの形に見える。

「どう?」ジョッシュが不安そうに聞く。

「ああ、ついたよ。なんてことだ。信じられない」僕は首を振った。

「ちゃんとアーチの形になってる?」

「なってるよ。どう見たって、立派なアーチさ」

それを聞いて、ジョッシュは微笑んだ。

「これで君は“内界”に戻れるの?」

「うん、あとは“門”が光ってくれさえしたらね」

なんと、ジョッシュが“内界”に戻れるかもしれない。これまで何度も信じられないことに遭遇してきたが、これが実現したら、それこそ本当の奇跡だ。あとは、“門”が光りさえすれば・・・。

改めて空を見上げた。

さっきより暗くなったせいで、雲が切れているのかどうかはわからなかった。とても月を期待できる感じはしなかったが、でも、雲を通してその位置くらいはわかるかもしれない。

月が南中するにはまだ時間がありそうだ。なんであれ、待つしかない。

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