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朝になった。今日も天気はよさそうだ。昨日、ファーストフードの店で食べきれなかったサラダの残りものを口にほおばり、近くのドラッグストアでコーヒーを買って車に乗り込んだ。
ゴールデン・カセドラルへのトレイルヘッドは、ホール・イン・ザ・ロック・ロードを27㎞ほど走り、“エジプト”と書かれた標識が立っている脇道を入る。最後の1㎞ほどは悪路で、でこぼこした道に埋まった大きな石を、ゆっくりと1つずつ乗り上げながら進まないといけなかった。
ネオン・キャニオンのトレイルヘッドに立ち、はるか遠くに横たわる渓谷を眺めた。ここから北東の方角に見える谷のどこかに、ゴールデン・カセドラルがあるはずだ。僕は眼下に広がる岩肌がむき出しになった斜面を、谷に向かってどんどん下って行った。
途中で後ろを振り返ると、さっき立っていたトレイルヘッドが巨大な岩山の頂に位置していたことがわかった。停めた車が豆粒のように見える。あんなところからここまで下りてきたわけだ。自分では気づかなかったが、相当な高さを下りてきたことを知り、驚いた。それはまた、帰り道は同じ高さを登らなければいけないことを意味する。考えただけで、気が遠くなりそうだった。
谷を下りきり、川を数回渡ると、開けた場所に出た。川の反対側には岩壁が続いていて、その一部に岩絵が描かれているのが見えた。近寄って眺めてみると、いろんなものが描かれている。それは記号のようなものだったり、家畜の絵だったりするのだが、中には数字やアルファベット、カウボーイのような人の姿も描かれており、いろんな時代の落書きであることがわかった。僕はジョッシュを見つける手がかりになるものはないかと、目を凝らして岩絵を眺めた。せめて、ここを通ったかどうかだけでもわからないだろうか。しかし、隅から隅まで探したものの、それらしきものを見つけることはできなかった。
さらに奥に進み、両側に巨大な崖がそそり立つ谷底に抜け出た。ここを岩壁に沿って進むと、目的地であるゴールデン・カセドラルがあるはずだ。長い距離を歩いて疲れてはいたが、ゴールが近いと思うと逆に歩くスピードは速まった。
ゴールデン・カセドラルはこの谷の突き当りにあった。そこは巨大な洞になっており、その下には水が溜まって池のようになっていた。きっと、川の流れが岩の麓の部分を削り、上部が残されてこのような形が作り出されたのだろう。そして今も、雨が降ると濁流が流れ込み、袋小路になったこの場所に水が溜まるのだろう。
洞に近づいて天井を見上げた時、僕は思わず「ワォー!」と声をあげた。そこには、2つの大きな穴が開いていた。写真で見たとおり、1つは丸い形、もう1つは三角形をしている。これこそ、まさに“天”ではないか? いや、きっとそうに違いない。
だがしかし、ここで僕は意識して心を落ち着かせようとした。“天”を見つけたと思い喜んだものの、結果的に違っていたマーベリック・ナチュラル・ブリッジのことが頭をよぎったのだ。ここが本当に“天”であるなら、穴は2つでなく3つあるはずだ。洞の中には他に穴がないので、この近辺を探ってみることにした。
少し引き返して、両側に延びる岩壁を見上げた。かなり高い崖になっている。下から上の方まで舐めるように見て回ったが、アーチが存在する気配すらない。そもそも、ゴールデン・カセドラルとは別にアーチがあるのなら、地図に載っていてもおかしくないはずだ。それに、仮にここが“天”だったとして、アーチの下には大きな水たまりができているのに、いったいどうやって石を積むというのか?
そう考えると、やはりここは“天”ではないような気がしてきた。水たまりに近寄り、中をのぞいてみた。石積みがないどころか、足を踏み入れたことで沈殿した土が混ぜ返され、茶色く濁ってしまった。
僕は落胆して天井の穴を見つめた。
その時、まるで背中を雷で打たれたような衝撃を受けた。大きく開いた2つの穴のうち、三角形の穴の奥に、さらに2つの穴が開いていたのだ。つまり、この天井に開いた穴は、2つではなく全部で3つということだ。これこそ、“3つの天”に他ならない。僕はとうとう“天”を発見したのだ。何とも言えない感情が湧き上がってきて、思わずその場にへたり込んだ。
ただし、一つだけ大きな問題があった。さっき言ったように、水がたまったこの場所では石積みを置くことができないということだ。風を起こしようがなかった。
僕は周囲に目をやった。大きな水たまりの脇は砂地で、石は転がっていない。水たまりを見ると、斜めに差し込む陽の光が水面に反射し、あたりの岩壁を照らしている。そしてその光は、穴の開いた天井にも届いて、まるでここが聖堂の内部であるかのような錯覚を覚えるのだった。まさに、黄金の大聖堂だ。本当によく付けられた名前だと思う。
しばらくの間、その美しさに見とれていたが、もう一度周辺を探ろうと歩き出したその時、どこからか、くぐもった人の声がした。僕は思わず足を止め、あたりを見回した。
誰もいない。気のせいだったのだろうか?しばらく耳を澄ませ、様子をうかがった。
すると確かに「エイ」「アー」といったような、掛け声に似た音が聞こえる。何といっているのか、はっきりとは聞き取れないが、間違いなく人の声だ。しかも大人のものではない。
“ジョッシュ?”
瞬時にそう思った。何度かその音が洞に響くのを確認してから、大声で呼んでみた。
「ジョーッシュ!」
音が止んだ。あたりが静まり返る。
もう一度呼んでみた。
「ジョーッシュ!」 しばらくの静寂の後、僕の呼びかけに反応するかのように音がした。それは、はっきりとは聞き取れなかったが、「イー!」とか「ティー!」と言っているようだった。それはきっと「ティム!」と言ったに違いない。僕は勝手にそのように解釈し、何度も呼びかけた ― “ジョーッシュ!”
音が大きくなった。洞の中で反響するので何と言っているのかわからなかったが、こちらに近づいてきていることは確かだった。僕は来た道に目をやったが、やはり人の姿はない。改めて洞の中を見回し、天井の穴の方に顔を向けた。すると、穴の1つから縄のようなものがするすると下りてきた。驚いて様子を見ていると、その縄は水たまりの水面から1mほどの高さで止まった。穴を見上げていると、やがて人がそろりそろりと縄を伝って下りてくるのが見えた。それは、まぎれもない、ジョッシュだった。
「ジョーッシュ!」 僕は彼の方を見上げて大きく手を振った。彼も軽く片手を上げたが、その後は時折僕の方をちらちら見ながら、慎重に体を下ろしていった。そして縄が途切れたところから、最後は水たまりに飛び降りた。ざぶんと音がして、大きな水しぶきが上がった。水の深さは、彼の腰のあたりまであった。
「ティム!」 足で水をかき分けながら、ジョッシュが近づいてきた。そして、水から上がるなり僕の方へ駆け寄り、抱きついてきた。
「ティム、どうしてここにいるの?」
「君を探していたんだよ」
「えっ?僕を?」 彼は大きく目を見開いた。「どうして? それに、どうやって僕の居場所がわかったの?」
僕はこれまでの事情を話した。“内界”の空がおかしくなったこと、長老に頼まれて“外界”に戻ってきたこと、言い伝えを頼りにジョッシュを探してアーチを訪ね歩いたこと・・・。
「そうだったの・・・」 彼は自分自身に言い聞かせるように、大きくうなずきながらつぶやいた。
僕もいろんなことを訊きたかったが、まず投げかけたのはこの質問だった。
「ここは、“天”だね?」
ジョッシュは、にっこり笑って答えた。「ああ、そうだよ。見た通り、ここは“天”さ」
「あの天井の上でいったい何をしてたんだい?」
「何って、もちろん風回しだよ。石積みが崩れていないか、そして風がちゃんと吹いているかを確認しに来たんだよ」
「いやいや、それはわかっているんだけど、ここはアーチの下に水がたまってるだろ?まさか、水の底に石を積んでいるわけじゃないよね?もっとも、もし置けるのなら、こんな安全な場所はないだろうけど」
ジョッシュは笑った。「ティムって、おもしろいことを言うね。ここでは、風は下から上へ吹き抜けるんだよ。つまり、石積みはあの上にあるのさ」 そう言って、天井を見上げ、3つの穴を指差した。
なんと、そうだったのか。それは考えてもみなかった。
「ちょっと待ってて。片付けてくるから」
彼はそう言うと、水たまりの中をざぶんざぶんとかき分け、垂らした縄を登っていった。“天”をくぐり、天井の裏側に上ったようだ。僕は何だかほっとして力が抜けてしまい、近くに生えていた木のたもとに腰を下ろした。ああ、やっとジョッシュに会えた。まだすべてが解決したわけではないが、一つの大きな山場を越えたことだけは確かだ。今ごろ、“内界”はどうなっているだろう?ジョッシュが石積みを直したことで、あの空はもう元通りになっただろうか?




