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途中までは舗装された道路だったが、その先はアスファルトが途切れ、土の道がまっすぐに続いている。行けるところまで行ってみよう。そう思い、車を走らせたが、ぬかるんだ道にタイヤが沈み込むのがわかった。このまま走り続けると、やがてタイヤが泥道にのめりこんでスリップし、前にも後ろにも進めなくなるのは予想がついた。僕はいったん引き返し、アスファルトがあるところまで戻って車を停めた。ここから先は歩いていくしかないか・・・。そう思い、念のためアーチまでのおおよその距離を確かめることにした。
道端の石に腰掛け、リュックから地図を取り出そうとした、ちょうどその時だった。背後の柵の向こうから、大きな犬が2匹走って来るのが見えた。この光景に見覚えがあった。他でもない、それは初めてこの町に来て、スチュと一緒に歩いていたときに経験したことだ。まさに、目の前にいる2匹の犬に激しく吠え立てられたのだ。柵があるから安全だったとはいえ、狂ったように吠えられたことにとても驚いた。それを思い出し、思わず身構えたのだが、今回は柵のそばまで寄ってきたものの、吠えることはなかった。臭いを嗅ぎ分けるように鼻先をしきりに前に突き出していたが、しばらくするとまた牧場の奥の方へとゆっくり走り去っていた。
前回、スチュと冗談で「僕たちはオハイオの臭いがするのかな」などと話していたが、ひょっとしたら本当にそうなのかもしれない。僕の体からオハイオの匂いは消え、代わりにユタの、いやエスカランテの匂いがするようになったのではないだろうか。
カバード・ワゴン・ナチュラル・ブリッジへの道のりは、考えていたより遥かに遠いものだった。そして、ぬかるんだ道を歩くのに相当な労力を要した。路面をよく見て、少しでも乾いてそうなところを探して進もうとするのだが、右へ左へと頻繁に歩く位置を変えるので、結果的に距離も長くなっているように感じた。
2時間ほどかけて、やっとカバード・ワゴン・ナチュラル・ブリッジのトレイルヘッドに着いた。ここから緩やかな斜面を下りていくと、眼下にアーチが見えてきた。こじんまりとした可愛らしいアーチだ。恐らく昔はアーチをくぐるように川が流れていたのだろう。かつては川床だったと思われる平坦な道が続いている。これを見て、僕は少し不安になった。これまで石積みがあった2つのアーチは、それを隠せるような場所があった。目につかず、陰になる場所に置くことで石積みが崩れたり、壊されたりするのを防いでいた。しかしここには、そのような場所がないように思えた。
斜面を下りきって、アーチの方へ歩こうとしたときだった。ふと見ると、アーチの反対側に洞窟のようなものが見えた。近寄ってみると、中がチューブのように湾曲したトンネルができている。内部の道は狭く、片側には土砂が積み上がっていた。ここなら石積みを隠せる。人が来たとしても、わざわざ土砂の上の方まで登っていくことはないだろうから、石積みを置くにはもってこいの場所だ。元々期待していなかっただけに、とても得をしたような気分になった。問題は、はたして本当に石積みがあるかということ、そして、トンネルがカバード・ワゴン・ナチュラル・ブリッジの一部とみなせるかどうかだった。この2つはすぐ近くにあるものの、一体になっているわけではなかった。
早速トンネルに足を踏み入れる。中は思った以上に暗かった。結構距離が長い上に、大きく曲がっているので、入口からは反対側の出口が見えない。土砂が積み上がっているあたりも、暗くてどうなっているのかよくわからなかった。僕はリュックから懐中電灯を取り出して、土砂を照らした。様々な大きさの石の影が不気味に浮かび上がった。こんなところに石積みを置いたとして、本当に風が起こるだろか?だんだんと自信がなくなってきた。端の方から丁寧に見ていったつもりだったが、それらしきものは見あたらない。もっとも、既に崩れているのだとしたら気づきようもないが・・・。
トンネルの反対側にたどりつくまで慎重に土砂を照らして石積みを探したが、結局何も見つけることはできなかった。出口に抜けたところで、念のためジョッシュの名前を呼んでみた。
「ジョーッシュ!」
何の音もしない。風はなく、鳥のさえずり一つ聞こえなかった。僕は振り返り、今度はトンネルの中に向かって同じようにジョッシュの名を呼んだ。
声が不気味にこだました。洞窟内で音が反響し合い、まるでうねっているように感じた。徐々に音が引いたが、やはり何の返事もない。
僕は引き返し、アーチがあるところまで戻って、その下や周辺を調べてみた。かつての川床は、今はすっかり枯れ上がってしまい、水が流れていた痕跡もない。荒れた道が続いているだけだ。周囲は灌木に交じってところどころに丈のある木も生えていたが、それらの根元や裏側を調べてみても、何も見つけることはできなかった。
僕は最後にもう一度ジョッシュの名を呼び、何も反応がないことを確かめてから帰路についた。
ここまで結構な道のりを歩いてきた。これからまた同じ距離を歩かねばならないかと思うと、気持ちが沈んだ。このアーチが残り4つに含まれていないであろうことはある程度予想がついていたが、トンネルを見たことで期待を抱いてしまった。違うことが判明した今、その脱力感はなおさらだった。
途中、何度か休憩をして町に戻ってきた。僕は昨日サンドイッチを買った店に寄り、今度は店内で食事を取った。残念ながら、昨日店頭にいた緑色の髪をした女の子はいなかった。もし今日もいたら、何かヒントになることを知らないか訊いてみようと思っていた。こういう日に限って会えないとは、ついてない。
地図では、町の南側にあるカバード・ワゴン・ナチュラル・ブリッジは、エスカランテ川から少し離れていた。ここが6つのアーチに含まれていないということは、これからは、川からある程度近いアーチに対象を絞って巡っていけばよいのではないか。そう考えると、やはり“壁”がエスカランテ・ナチュラル・ブリッジであり、“天”がフィップス・アーチ、そしてその間にあるマーベリック・ナチュラル・ブリッジが“岩”という線が濃厚だ。明日は、マーベリック・ナチュラル・ブリッジとフィップス・アーチの両方に行ってみよう。この2つは比較的近い場所にあるので、一度に回れるはずだ。これで解決にかなり近づくことになる。あとは、どちらかのアーチでジョッシュに会えることを願うだけだ。
その夜、僕は前向きな気持ちで床についた。




