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その喫茶店は、崖の上に建っていた。僕は脇の駐車場に車を停め、分厚い木の扉を開けて中に入った。
店の中は、景色を楽しめるよう窓際に沿ってテーブルが置かれていた。そしてそれぞれの窓からは、周囲に連なる岩山を眺めることができた。昨夜の雨のおかげで、ところどころに生える草木が輝いて見えた。
僕以外、まだ客はいなかった。カウンターでコーヒーを注文し、でき上がるまでの間、店の中を見て回っていると、本をたくさん並べてある一角があった。どうやら、コーヒーを飲みながら本を読むことができるらしい。気が利いている。
本棚に寄って、面白そうな本がないか探した。そこには、ユタの自然を紹介したガイドや写真集、地質学あるいはインディアン文化の学術書など、このエリアに何らか関連するものばかり置いてあった。僕はこの中から、グレンキャニオンの写真集を手に取った。アーチーズやザイオン、ブライスキャニオンといった国立公園の写真集ならこれまで何度も目にしたことがあるが、グレンキャニオンというのは珍しい。表紙の写真はモノクロで、切り立った崖に挟まれた谷底を歩いていく人の後ろ姿が写っていた。
カウンターでコーヒーを受け取ると、一番眺めがよさそうな真ん中のテーブルに席をとり、コーヒーの香りを楽しみながら写真集を広げた。
そこには、ダムの底に沈む前のグレンキャニオンの様子が写っていた。蛇行するコロラド川、巨大な岩の絶壁、窪んだ岩陰にひっそりとたたずむ原住民の住居跡など、これまで見たことのない風景が並んでいた。いずれもモノクロだったが、それがかえって渓谷の陰影を美しく際立たせており、思わず見入ってしまった。
窓に広がる美しい眺め、風味のよいコーヒー、そして、趣のある写真・・・自分はなんてぜいたくな時間を過ごしているんだろうと思った。本当は、そんな時間はないはずだった。一刻も早くジョッシュを見つけないといけないのだ。しかし、前夜の雨を言い訳にして、つかの間の休息を楽しんでいた。
写真集も終わりに近づいた頃、ある一枚の写真を見てページをめくる手が止まった。そこに写っているものに、僕の目は釘付けになった。と同時に、胸の鼓動が激しく打ち始めた。
他でもない、そこには、あの“門”が写っていたのだ。
大きな楕円形の穴、その両側には、少し突き出た太い柱。アーチの右下に、一人の男性が小さく写っていた。その形、大きさからして、“門”に違いなかった。ただ、僕が知っている“門”と違うのは、アーチの向こうに渓谷が続いていること。決してそこに、不気味な暗闇が広がっているようなことはなかった。
しばらくの間、その写真を見つめ続けた。それから、写真集をいったん閉じ、最初のページからもう一度ゆっくりと、写真を一枚一枚確認した。そこに載ったどんな小さなものも見逃さないように・・・。
テーブルのコーヒーは、いつの間にかすっかり冷めてしまっていた。最後のページまで見終わったとき、窓から差し込んでいた陽の光はひさしに遮られ、代わりに、目の前に連なる岩山を明るく照らしていた。
他の写真には、残念ながら手がかりになるようなものは何一つ写っていなかった。もしや長老やガスが写っているのでは?と慎重に探したが、そもそも人影すらほとんど見当たらないのだ。
“さて、どうしようか・・・”
胸の高まりも徐々に収まり、僕は写真集を元のとおり本棚に戻して、リュックから地図を取り出した。あまりに頻繁に広げるので、買った当初は滑らかだった紙の表面にはシワがつき、端の方はところどころ折れてしまっていた。この地図を広げるのはいったい何度目だろう?
これまで穴が開くほど地図を眺めたつもりだったが、改めて見てみると、エスカランテの町の南側にカバード・ワゴン・ナチュラル・ブリッジというアーチがあるのを見つけた。表記が小さいのであまり期待はできないものの、ここなら何とか歩いて行けそうだ。たとえ1日であっても、何もしないのはもったいない。それに、もしこのアーチが残り4つのうちの1つだったら儲けものだ。ジョッシュ探しも大きく前進する。
僕は車に乗り込み、エスカランテの町の南端を目指した。




