45
日暮れが近づいていたので、今日はこのまま町に戻ることにした。昨日立ち寄ったファーストフード店に行き、サンドイッチとサラダを注文する。サラダは具を自分で選べる方式だ。店員は髪を緑色に染めた若い女の子で、鼻にピアスをしていた。こんな田舎町にはちょっと似合わないファッションだ。ひょっとしたら彼女もフレッドと同じように、休暇を利用して都会からやってきたのかもしれない。
「やあ。ベーコンエッグのサンドイッチとサラダを」
カウンターの後ろにある棚にベーグルを補充していた彼女が振り向いて言った。
「いらっしゃい。ベーコンエ・・・」
彼女は僕の顔を見て、一瞬、言葉を止めた。その表情には明らかに驚きの色が見て取れた。
「なにか、僕の顔についてる?」彼女の反応を見て、反射的に言葉が口をついた。
「いっ、いえ、ごめんなさい。なんでもないの。この辺で見かけない人だったから・・・」
彼女は明らかに狼狽しているように見えた。目抜き通りに構えるこの店に、“この辺で見かけない人”が来るのは当たり前のはずだ。季節がよければ、多くの観光客がこの町を活動の拠点にするのだから。それとも、僕の顔を見て“内界”から来た人間だと気づき、あえてそのように呼んだのだろうか。
いずれにせよ、彼女は何か知っている。
「サラダは、キャベツとトマト、それにタマネギと・・・」 なにかモヤモヤした気分のまま、目の前のショーケースに並んだ野菜を選んだ。時折、彼女の表情を伺ったが、まるで何事もなかったかのように平然としていた。ただ、彼女は二度と、僕と目を合わせようとはしなかった。
店の中で食べて帰ってもよかったのだが、持ち帰りにしてモーテルの部屋で食事を取ることにした。地図を広げて、候補となるアーチをもう一度確認したかったからだ。
部屋の壁には、鉛筆で描いた少年と少女の肖像画が掛けてあった。少年の方はインディアンの子どもに見える。何となくジョッシュの面影を感じさせたが、彼よりもずっと幼い。きっとインディアンの子どもはみな、このような雰囲気をもっているのだろう。少女の方は白人の子どもだった。二人ともにこやかにほほ笑んでいる。
なぜこのような絵が飾ってあるのか、最初に部屋に入ったときから不思議に思っていた。決して悪い絵ではないが、モーテルの部屋には似合わない。絵を飾るにしても、普通なら風景画か静物画あたりにしておくものだろう。何といっても、このエリアは自然の豊かさが売りだ。もちろん僕としてはアーチの絵が掛かっていると嬉しいが、それが無理でも、荒涼とした大地と遥か遠くまで続く山並みを描いた絵の一枚でも置いてあれば、随分と気持ちが落ち着くはずだ。
夜中、窓の外でバラバラという音がして目が覚めた。窓を激しくたたく雨の音だ。カーテンを開けてみたが、外は真っ暗闇で何も見えない。窓を少し開けてみると、窓枠の縁に当たって散った水滴が、僕の手にかかった。相当降っているようだ。明日、次のアーチ探しに出かけられるだろうか。
夜が明け、外に出てみるときれいな青空が広がっていた。埃はきれいに洗われ、みずみずしい空気に包まれていた。ただ、道路や建物はまだ雨露に濡れている。この分だと、未舗装の道路を走るのは難しいかもしれない。
僕は地図を取り出し、エスカランテ・ナチュラル・ブリッジの位置をもう一度確かめた。岩にへばりつくようなあの形からすると、“壁”か“岩”のどちらかではないだろうか。
そう考える根拠の一つに、マーベリック・ナチュラル・ブリッジがあった。このアーチはさほど大きくはないが、天然の橋がかかっている下の地面のところがちょうど滝壺のような形になっていて、橋の下から見上げると、まるで空に向かって穴が開いているように見える。それで、このアーチこそが“天”ではないかと思ったのだ。ただ一つ気になるのは、“3つの”という言葉が付いていることだった。わざわざその言葉を入れているからには、何か意味があると思うのだが、それが何なのかがわからなかった。ひょっとしたら似たような形のアーチが、その周辺にあと2つあるということだろうか?しかし、そうだとすると、風を起こすアーチは全部で6つではなく8つということになる。それもおかしな話だ。
地図上では、フィップス・アーチのやや斜め上、方角でいうと北北西にマーベリック・ナチュラル・ブリッジがある。エスカランテ・ナチュラル・ブリッジはそこからやや離れて西北西の方角。並びでいうと、南からフィップス・アーチ、マーベリック・ナチュラル・ブリッジ、エスカランテ・ナチュラル・ブリッジの順だ。長老がいうところの7つのアーチは、虹・門・弓・天・窓・岩・壁の順だから、仮にマーベリック・ナチュラル・ブリッジを“天”とした場合、エスカランテ・ナチュラル・ブリッジが“壁”なら、順序としておかしくない。また、“壁”ではなく“岩”だとしても同様で、この場合は、“壁”はさらにその先にあるアーチということになる。
ただ、いずれの場合も、マーベリック・ナチュラル・ブリッジとエスカランテ・ナチュラル・ブリッジとの間に“窓”にあたるアーチがないといけないが、それらしきものが見当たらない。
並びを合わせようとすると、フィップス・アーチが“窓”、マーベリック・ナチュラル・ブリッジが“岩”ということになるが、見た目からはイメージが湧かなかった。特にマーベリック・ナチュラル・ブリッジは、“岩”と呼ぶほどゴツゴツした感じではない。しかし、まあ何であれ、行ってみてこの目で確かめるしかない。
僕は目抜き通りに出て、西から東へと続く州道12号を見渡した。朝日が反射して、路面がきれいに輝いている。時折通り過ぎる車が、ところどころに溜まった雨水を跳ね上げ、しぶきが上がった。どうやら、昨夜は思った以上に降ったようだ。舗装している道路でさえこの調子なのだから、今日マーベリック・ナチュラル・ブリッジやフィップス・アーチを訪ねるのは厳しいかもしれない。これらのアーチに行くには、昨日訪ねたエスカランテ・ナチュラル・ブリッジ と同じ、カーフ・クリークというトレイルヘッドを起点にすることになるが、エスカランテ川はきっと増水しているだろう。
だが、そうは言っても、一日中モーテルの部屋でじっとしているのも何だかもったいない。行く当てはないが、とりあえず町に出てみるか・・・。そう思い、モーテルの部屋を出ようとしたものの、ドアのノブに手をかけたところで思いとどまった。この小さな町に、時間つぶしをできるような場所があるとも思えなかった。
そんな中、ふと、昨日カーフ・クリークに向かう途中、道沿いに1軒の喫茶店があったのを思い出した。確か、山を下る坂の途中にあったはずだ。まずはそこに行き、少なくとも午前中はコーヒーでもすすりながら時間をつぶすことにするか・・・。




