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延々と自転車を漕ぎ続け、やっと前方に州道12号が見えてきた。ここまで来れば、エスカランテの町はもうすぐだ。今夜はあの町で宿を取ろう。でも以前泊まった安宿はやめておいた方がいい。宿のオーナーが、遭難した“オハイオからの旅行者”のことを、警察にいろいろ訊かれたかもしれないからだ。もし僕の顔を覚えていたら、大騒ぎになってしまうことだろう。
町の中をうろうろしたあげく、今回は町の西のはずれにあるモーテルに泊まることにした。ちょっと値が張りそうだったがしかたない。遭難のことは知らないことを願って、フロントにいた中年の大柄な女性に声を掛けた。
「やあ、今夜の部屋はある?」
こちらをチラッと見た後、彼女の動きが一瞬止まった。そして、すぐにまた僕の方に顔を向け、じっと見つめた。少し驚いたような表情に見えたので、僕は内心“しまった”と思った。気づかれたか・・・。
しかし幸いなことに、不吉な予感ははずれたようで、その後はまるで何事もなかったかのように平然とした応対だった。
「何名?」
「一人だけど」
「禁煙?喫煙?」
「禁煙で」
「一泊、68ドル36セント」
この時期、このあたりでその値段が高いのか安いのか判断がつかなかったが、他をあたる気もなかったので即決した。
「オーケー、お願いします」
彼女はそばにあった台帳のようなものに視線を落とすと、何かを書き込んだ。
「何泊?」
そうだ、ジョッシュを見つけるまでは、ここに滞在しないといけないのだった。どのくらいの期間を見ておけばよいのだろう。
「えーと、3泊で」
即座に判断がつかなかったので、適当に答えた。
それを聞いて、彼女が顔を上げた。
「3泊?」
僕は一瞬、焦った。何かまずいことでも言っただろうか?
「えっ、ええ3泊で」
彼女の表情に、どこか疑うような思いが見て取れた。しばらく沈黙が流れる。
「長すぎるかい?ひょっとして、部屋に空きがない?」
静寂に耐え切れず、思わず僕は訊いた。
彼女は呆れたように答える。
「3泊で足りるの?って訊いたのよ。まあ、いいわ。何泊だろうと好きなだけいれば・・・」
そう言うと、部屋の鍵をカウンターに置いた。
部屋の中はそれなりに広く、テレビやシャワーはもちろん、冷蔵庫やクロゼットも完備していた。よく考えたらどこにでもある普通のモーテルだが、しばらくの間 “外界”での生活をしていなかったので、どこか違和感を覚えた。
僕はベッドの上に横たわり、思い切り両手両足を伸ばした。柔らかい寝床で寝られる幸せ。かつては当たり前すぎて何とも思わなかったことが今は貴重に思え、心からありがたみを感じた。
しばらくの間、ぼぉーっと天井を眺めていたが、その時、お腹が大きな音を立てて鳴った。よく考えたら、この“外界”に戻ってきてからというもの、口にしたのはりュックに入っていた非常食のスナックだけだった。
“そうだ、食事に行こう”
モーテルを出て、目抜き通りを東に向かった。すぐ近くに、アウトドアの店が見えた。“そういえば、着替えも買わないと・・・”
店に入り、Tシャツや短パンを探した。店は小さかったが、結構な品揃えだった。衣類の他にも、サングラスや懐中電灯、靴や本まで売っていた。本は、いろんな種類のものが置いてあって、旅行ガイドの他にも、この地域のトレイルを紹介したものやモルモン教の歴史を書いたものなどがあり、タイトルを眺めるだけでも飽きなかった。どの本も面白そうで、じっくり見てみたかったが、今はそんなことをしてる場合じゃない。そう、僕に必要なのは地図だった。“虹”“弓”・・・と続くアーチが、いったいどれを指すのか、探り出さないといけない。
本が並んでいる棚の前に行き、上から順に眺めていった。最上段の端から端まで見終わったとき、後ろで若い女性の声がした。「地図なら反対側よ。黄色いのがいいわ」
不意に声をかけられ、僕は飛び上がりそうになった。慌てて後ろを振り返ったが、女性はすでにレジの方に向かっていた。この店の店員だったのだ。まわりに誰もいなかったところを見ると、やはり僕に言ったのだろう。
僕は本棚の裏側に回り、地図を探した。彼女が言うとおり、黄色い表紙の地図が一番詳しく、トレイルがたくさん載っていた。レジで精算する際、さっきの店員の顔をじっと見つめたが、金額を伝える以外、一言も発しない。それどころか、僕の方を見ようともしなかった。




