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そのとき、空の色がまた大きく変化した。灰色と、くすんだ薄い紫色とが、空を真ん中で分けるように広がった。これまで見たこともない空の様子に、不安を駆り立てられた。
「この空の色は・・・ジョッシュに何かあったということですか?」
「彼の身に何かが起きたかどうかはわからん。しかし、複数のアーチで石積みが崩れたのは間違いあるまい」
先ほどの話からすると、このまま放っておいたら、やがてアーチから光や空気が送り込まれなくなってしまうということになる。
「長老、僕にできることがあるかもしれないというお話でしたが、それって何ですか?長老から力をもらって、何とか僕も風回しができるようになれないものでしょうか」
僕はさっきの長老の仕草をまねて、両手を回して見せた。自分にもできないものかと真剣に思ったのだ。
しかし、長老は静かに首を振った。
「風回しは無理じゃ。さっき言ったように、それをできる者は限られておる」
やはりそうか。予想はしていたものの、僕は落胆した。
「あんたにできるのは、石を積んだり、風を回したりすることではなく、ジョッシュを助けることじゃ」
「また、怪我をするようなことがあったら彼を助けて、“内界”に連れ戻すということですね」
「そうじゃ。ただし条件がある」
「条件?」
「ティムよ、よく聞いてくれ。“内界”の人間が“外界”におれるのは、せいぜい30日までじゃ。月の状況にもよるが、場合によってはもう少し長いこともある。ただ、いずれにせよそれを過ぎると、“門”は閉じてしまう。つまり、ここには戻って来られなくなるんじゃ。ジョッシュの顎に、アーチの形をした線が入っておったのを覚えておらんか?あの線は、“外界”に行く際、“門”をくぐったときに付くものじゃ。初めはくっきりと付いておるが、日が経つにつれ、だんだんと薄くなる。そしてやがて消えてしまうが、そうなるともう“門”をくぐることはできん」
僕は、最初にジョッシュと会った時のことを思い出していた。確かに、彼の顎には一本のスジが入っていたが、既にかなり薄くなっていた。つまり、“内界”に戻れる期限が近づいていたということだ。それがわかっていたから、足に大怪我を負おうとも、彼はレイクパウエルに向かおうとしたのだ。“時間がない”と叫んだわけも、それで説明がつく。
「顎のアーチが消えてなくなってしまう前に、ジョッシュを見つけ出して連れ戻してほしいのじゃ」
30日・・・。ジョッシュが“外界”に行ってから、既に20日くらいは経っているだろう。そうすると、長くても残り10日ほどの間に彼を探し出さないといけない。でも、どうやって・・・。
「やってくれるか?」
不安げな僕の顔をのぞき込むようにして、長老は言った。やらない、という選択肢がないことは明らかだった。何といっても、このままでは“内界”が崩壊してしまうのだから。誰かがジョッシュを探し出し、顎のアーチが消える前に彼を連れ戻さないといけない。この集落にいる者は、ジョッシュと長老以外、“外界”に行ったことがないはずだから、僕が行かなければならないのは必然だった。
「わかりました。ところで、どうやって彼を探せばよいのでしょうか?この空の様子から、6つのアーチのうち、どこの石積みが崩れたかわかりませんか?」
長老は横に首を振った。「それはわからん。行ってみんとな。ただ、ジョッシュはアーチの周辺か、6つのアーチを結ぶ線上のどこかにおるはずじゃ」
恐らくそうだろう。しかし、その6つがどのアーチのことを指しているのかわからない中で、僕はいったいどこに向かえばいいのだろうか。とにかくあたりをつけて、行ってみるしかないのか。。
あと、もう一つ、僕には気にかかることがあった。“外界”に行ったとして、再びここに戻って来られるかどうかだ。僕は長老の目を見据えて言った。
「僕はまた、ここに帰って来られるでしょうか」
長老は目を伏せ、静かに、そして諭すように答えた。
「ティムよ。あんたは“外界”の人間じゃ。いずれは戻らねばならん。ジョッシュを始め、ここの住人と仲よくなったと思うが、あんたにはあんたの生活というものがある。それは、ここのものではないじゃろう」
「要するに、二度と戻って来れないということですか?」
長老は額のシワを一層深くして言った。「わからん・・・」
僕は長老の顔をじっと見つめていたが、その表情には苦悩と困惑とが見て取れた。
「わからんのじゃ。何しろ、元々“外界”にいた者がいったん“内界”に来て、その後ふたたび”外界”に戻った例が、これまでないからのう。ひょっとしたらジョッシュと違って、“門”をくぐっても顎にアーチがつかんかもしれん。そうなると、再びここに戻ることはないじゃろう。もっとも、前回と同じことが起こらんとも限らんがな」
「顎にアーチがついたらどうなんでしょう?その時は戻れますか?」
「それについては何とも言えん。さっき言ったとおり、前例がないんじゃ。あんたが試してみるしかなかろう」
僕の気持ちは複雑だった。しかし、ただ一つ言えることは、“外界”に行ってジョッシュを探すことは僕の使命であり、それを断る理由はないということだ。とにかく行くしかない。
「わかりました」
僕は、静かにうなずいた。




