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「ここに空気と光があるのは、アーチのおかげじゃ。自然の力でできたアーチが、この場所にそれらを送り込んでおる。そして、今その役目を果たしておるアーチは6つある。昔は7つじゃったが、そのうちの一つである“門”が湖底に沈んでしまったおかげで6つになってしもうた。
その6つのアーチから空気と光をここに送り込むために、風回しが必要なんじゃ。風回しの話は、ジョッシュから聞いとらんか?」
僕が知っているのは、風回しができるのはジョッシュだけだということと、それが遊びの名称ではないことくらいだ。その話をすると、長老は少し驚いたようだった。
「あれだけ一緒におったのに、それしか聞いておらんのか。ひょっとして、風回しをするところも見ておらんか?」
「見てませんよ。だって、前回、風回しのことを聞いたのは、崖の上で長老とジョッシュが話をしていたときです。あの時は、僕が詳しい話を聞こうとしたのに、長老が教えてくれなかったんですよ」 僕は少しふて腐れて言った。
「おお、そうじゃったか。それは悪かった。それなら、まあ、これを見るんじゃな」
長老はそう言うと、腰にぶらさげていた布の袋を引っ張り出した。袋を開けると、3つの石が出てきた。一つはいびつな五角形をした平たい石で、手のひらを広げたくらいの大きさがある。もう一つは、同じような形の石だが、さっきのよりは小ぶりで厚みがあった。形は歪んだ四角形をしていた。そして最後は小さな三角形の石。先が少し尖っている。彼はそれらの石を順に積み上げていった。五角形の石が一番下。真ん中に四角形の石。そして一番上が三角形の石だ。それはまるで、“ケルン”と呼ばれる、道しるべの役割を果たす石積みのように見えた。石を積んだ小さな塔のようなものだ。
長老は、僕にその石積みをよく見ているよう言い、そして何か大切なものを守るかのように、それらを両手の手のひらで覆った。
いったい何が起こるのだろう?。僕が注視していると、やがて一番下の石がゆっくりと回り始めた。
「おぉ!」
僕は思わず声を上げた。石が勝手に回り始めたことにも驚いたが、さらに驚いたのは、動き始めたのが一番下の石だけということだった。上に載った2つの石は静止したままだ。
僕の声に反応することもなく、長老はじっと手をかざしている。さらに石を凝視していると、そのうち2番目の石が動き出した。しかも、一番下の石とは反対方向に・・・。
僕はもう声を出さなかった。いや、出さなかったのではなく、出せなかったのだ。ただ、口を開けたまま固まっていた。
やがて一番上の石が、これまた反対方向、つまり一番下の石と同じ方向に回り始めた。と同時に、僕らの背中の方から風が吹き始めた。
「これが風回しじゃよ」長老は静かに言った。
僕はしばらくの間、何も言えずにいたが、やっと我に返って長老に尋ねた。
「ジョッシュがこれを?」
彼は黙ってうなずいた。僕は重ねて訊いた。
「つまり、アーチのある場所でジョッシュが風回しを行い、“内界”に風を送り込むということですか?」
「そうじゃ。ただし、アーチなら何でもいいというわけではない。先ほど言った、6つのアーチの下でやらないといかん」
「それは、どのアーチなんでしょうか?」
僕は興奮気味に言った。これまでアーチハンターとしていろんなナチュラルアーチを巡ってきた僕としては、何としても知りたいことだった。そんな、先住民に選ばれた特別なアーチがあったとは・・・。
「“門”以外の6つのアーチは、“虹”“弓”“天”“窓”“岩”“壁”じゃ。古来より、“虹の門を抜け、弓を3つの天の窓に引き、岩の壁を登れ”と言い継がれてきた」
どこかで聞いたことがある・・・それは、集落の広場にみんなが集まり、ジョッシュを送り出そうとするときに、長老が呪文のように唱えていた言葉だった。あれは呪文などではなく、“内界”を守るアーチを指し示す言い伝えだったのだ。
それがわかって僕は興奮した。と同時に、落胆もした。なぜなら、それらの名前を聞いたところで、どのアーチのことを指しているのか、さっぱりわからなかったからだ。よくよく考えると当然のことなのだが、彼らには独自のアーチの呼び名があり、それが、僕らが使っているものと同じとは限らない。むしろ違っている方が自然で、ブロークン・ボウのことを彼らが“弓”と呼んでいたのは偶然に過ぎない。恐らく彼らは、アーチの形が弓に似ているからそう名付けたのだろう。それは、僕らが今、ブロークン・ボウ・アーチという呼んでいる名前の由来とは、まったく異なるものなのだ。
ただ、これらの中で、“虹”というのがレインボー・ブリッジであるのは間違いないと思われた。古来、インディアンの言い伝えに、このアーチは虹が固まってできたという話があるからだ。しかし、それ以外は見当がつかない。恐らく、アーチの穴が上向きに開いたものを“天”、横向きに開いたものを“窓”と呼んでいるのだろうと想像はつくものの、その条件に合致するアーチはいくらでもある。これでは完全にお手上げだ。
「何をブツブツ言っておる。順番じゃよ」
どうやら僕は独りごとを言っていたらしい。恥ずかしくなって、思わず首をすぼめた。
「順番・・・ですか?」
「そう、アーチの並び順じゃ。さっき言ったじゃろ。“虹の門を抜け、弓を3つの天の窓に引き、岩の壁を登れ”との言い伝えどおり、“虹”“弓”“天”“窓”“岩”“壁”の順に並んでおるのじゃ」
僕は、この一帯の地図を思い出していた。そして、この言い伝えが、6つのアーチを探す上で大きなヒントになることに気がついた。つまり、“虹”と“門”の位置関係から考えて、3つ目以降はレイク・パウエルの北側にあるはずだ。
「それはさておき、風回しをできる家系は限られる」
「何ですって?」
僕はすっかりアーチの話に引き込まれてしまい、そのことばかり考えていた。
「誰でも風回しができるわけではない。理由はわからんが、昔からそのようになっておる」
そういえば、確かにジョッシュ自身もそのようなことを口にしていた、“風回しは自分にしかできない”と。
でもさっき、長老も見せてくれたではないか。風回しによって実際に風を起こすところを・・・その様子を思い起こしながら、ふと気がついた。
「ひょっとしてあなたは・・・」
長老は深くうなずいた。「ジョッシュはわしの孫じゃ」
「風回しはとても重要な仕事じゃ。まだ小さい彼には重荷だと思うが、よくやっておる。とにかく彼が事故や病気で風回しに行けなくなったら、この村は終わりじゃ。だから、前回、彼を助けてくれたあんたにはとても感謝しておる。決して大げさではなく、あんたはこの村を救ったんじゃ」
それを聞いて、僕はジョッシュの父親のことが頭に浮かんだ。代々ということは、本来ならジョッシュの父親が風回しの役を担っていたはずだ。以前リックから、ジョッシュの父親であるラリーという男性が“外界”に行ったまま戻って来なかったという話を聞いたが、ラリーが“外界”に行ったのは、風回しのためだったのか。
「通常、成人するまでは風回しには行かないことになっておる。しかし、彼の父親、つまりわしの息子じゃが、5年ほど前に“外界”に行ったきり帰ってこんかった。それでやむなくジョッシュにその大役を任せたのじゃ。わしが行ければよかったが、もう歳を取ってしまって無理じゃからのう」
僕の脳裏にジョッシュの屈託ない笑顔が思い浮かんだ。そうだったのか、そんな重荷を負わされていたとは・・・。僕は急にジョッシュのことがいとおしく思えてきた。




