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それでガスたちは定期的に遠出をしていたわけか。決して旅行などではなかったのだ。彼らの遠出を長老が許していた理由も、それなら合点がいく。
そして鉄砲水。“門”はナチュラル・アーチだから、かつてはその下を水が流れていたはずだ。上流の方で大雨が降ると、下流に向かって一気に水が流れる。川幅が広いところでは濁流となって谷を削り、狭い谷では鉄砲水となる。水に削られた両側の岩壁には、その流れに沿って細かい線が入っていることがあり、普段は自然が作り出すきれいな文様にしか見えないが、それができる過程では容赦ない自然の力が働いているわけだ。
それにしても、そのときの鉄砲水は、自然に発生したものだろうか?偶然にしては、あまりにも発生したタイミングが絶妙だ。そんな僕の疑問を見透かすかのように、長老は先を続けた。
「“門”じゃな。門が怒ったのじゃ。おかげでわしらは自ら手を下すことなく、よそ者からこの村を守ることができた。そして、誰も鉄砲水の被害に遭わずに済んだ。」
「やがて、このあたりは水の底に沈んだ。湖になったのじゃ。もちろん“門”も沈んだ。しかし、門に守られ、この村は今もこうして存在しておる。水に沈んだことで、かえってここが特別な場所であることが明らかになった。その頃からわしらは、この場所を“内界”、門の外側を“外界”と呼ぶようになった」
この場所が湖底にあるのはわかる。何しろ僕自身が湖に飛び込んでここに来たのだから。でもそうだとすると、どうして空気や光があるのだろうか?
「ここは“門”とつながっているので、あたかも湖の底にあるかのように考えがちじゃが、わしはそうではないと考えておる。この“門”から先は、まったく別の世界に通じておると考える方が自然じゃ。なぜなら、“門”をくぐらずに脇道を通った者は、この村には来れんかった。そちらの方はきっと今ごろ湖底に沈んでおることじゃろう」
まったく別の世界・・・改めて僕は、その意味合いを考えていた。
「そうすると、ここは、“内界”というより、“異界”というわけですね」
長老は笑いながら答えた。
「あんたにとってはそうじゃろう。でもここに住むわしらにとっては“内界”じゃ」
僕は、崖の下に横たわる広大な渓谷を見渡した。どこにでもありそうな景色だ。唯一、空の色を除いては。
「ジョッシュは“外界”に行って、どうやってこの空を直すのでしょうか?」
この問いに、長老の表情はまた険しくなった。
「あんた、どうしてこの土地に空気や光があると思う?“外界”から閉ざされた場所であるのに」
僕はひるんだ。まさか、長老からそのような質問を投げかけられるとは思わなかった。それは、僕が一番知りたかったことだ。
「わかりません。ひょっとして、この谷の果てまで行くと、“外界”に通じているとか・・・」
長老は表情一つ変えずに言った。
「そうかもしれん・・・そうかもしれんな。だが、それが事実かどうかはわからん。誰もこの谷の果てまで行ったことはないからのう」
そう言うと、長老はしばらく黙り込んだ。そして、ボソッとつぶやいた。「アーチじゃ」
「何ですって?」
「アーチじゃよ。自然にできた橋じゃ」
アーチ?ナチュラル・アーチのことか。
「アーチと、この“内界”とに何か関係があるのですか?」
長老は大きくうなずいた。「うむ、大いにある」
そしてこの後、長老から聞いた話は、彼らが消えたアナサジ族の子孫であることを知ったときと同じくらい、いやそれ以上に僕を驚かせた。




