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長老の話は続いた。
「我々はこの地でひっそりと穏やかな生活を送っておったが、今から50年ほど前にとんでもないことが起こった。コロラド川を堰き止めて、ダムを作ったのじゃ。このあたりはその当時、グレンキャニオンと呼ばれる峡谷じゃったが、川の水を溜めて、そこを大きなダムにした。“門”は谷底にあったから、ダムができることでこの辺り一帯が湖底に沈むはずじゃったが、不思議なことにそうはならんかった。どうやら“門”を境に、どこか違う世界に通じていたようじゃ。つまりここは、“門”を通らないと来ることができない特別な場所で、さらに言うと、ここはこの先、他のどこへも通じる道がないということじゃ。まあ、言ってみれば“門”によって守られておるということじゃな。」
そう言うと、眼下に広がる湾曲した谷をゆっくりと見渡した。
この先、どこへも通じていない?そうすると、時折ガスとサンドラが出かけていく谷の奥も、どこかで行き止まりになっているということだろうか?
「長老は、この谷の先まで行ったことがあるのですか?ガスとサンドラが時々出かけていくのは、ひょっとしてこの土地の果てを探るためでしょうか」
それを聞いた長老は、珍しく声をたてて笑った
「面白いことを言うの。この土地の果てがどうなっとるのかは知らん。恐らく人が歩き通して行き着くような距離ではないじゃろう。ワシも途中までしか行ったことはない。ガス達はなぁ、供養に行っとるのじゃよ」
「供養?」僕は驚いて、思わず長老の顔を見た。「誰の供養ですか?」
「その昔、まだここがダムに沈む前に、一度だけよそ者が入ってきたことがある。この村の存在を知っていたわけではなく、偶然迷い込んだようじゃ。まあ、あんたと一緒じゃな。
彼はこの村の存在に非常に驚き、一通り見て回ったあと、帰って行った。そのままおとなしくしておいてくれりゃあよかったのじゃが、あろうことか、仲間を引き連れて戻ってきた。ところが、彼らの中に、門をくぐらずに脇道を行った者がおった。彼らはその場所で離ればなれになり、お互いに探し合った。そして“門”が、その先の空間を分けていることに気づいたんじゃ。そのうち、彼らは門を調べ始めた。両側の柱を叩いてみたり、アーチの上によじ登ったり、岩の一部を削ったりした。やめておけばいいものを・・・。
そのうち“門”は音を立て始めた。あんたには言っとらんかったが、あの“門”は生きとるんじゃ。不穏なことがあると、「グォーン、グォーン」と低い音を立てて泣き始める。そのときも、村中にその音が鳴り響いておった。
わしはその時、偶然“門”の近くにいたので彼らの様子を見ておった。そして慌てて集落に引き返し、村人を全員呼び集め、崖の上に退避するよう伝えた。まさに今わしらがおるこの場所にじゃ。。何が起ころうとしているのかはわからんかったが、その音がよくないことの前触れであることだけはわかった。
その後、“門”のある谷間の向こうから勢いよく水が流れてきた。鉄砲水じゃ。“門”を調べておった者たちは不意を突かれ、みんな鉄砲水に流されてしもうた。村の住人は、全員この崖の上に避難しておったから無事じゃった。わしらはみんなして彼らの亡骸を村の安置所、つまりあんたが最初の日に寝泊まりした場所じゃな、そこに集めて供養をした。そしてその後、この谷の奥深くまで運び、そこに墓を建てたのじゃ。いまでも月に一度、その鉄砲水がでた日に、ガスとサンドラが参りにいっておる。彼らは、当時を知る数少ない人間じゃ。」




