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長老は遠い目をして、ゆっくりと語り始めた。
「我々の先祖がこの地にやって来たのは、今から800年くらい前のことじゃ。その頃はまだ、今で言う“外界”に住んでおったのじゃが、そこは岩だらけで緑が少なく、食料となる植物を育てるのも簡単ではなかった。おまけに夏は暑く、冬は寒い。過酷な天候を少しでも和らげるため、彼らは崖の途中にある窪みや、岩山の麓が削られて庇のようになった場所を探してレンガを積み、家を作った。しかし、そのような場所で暮らすのは容易ではない。そもそも猟に出るときには、崖を登ったり下りたりしなければならず、中には転落して死んでしまう者もいたので、命懸けの生活じゃった。
そのうち、仲間一人の行方がわからなくなった。それは威勢のいい若者じゃったが、いつまで待っても帰って来ず、我々の間では、どこか遠くまで猟に出かけ、道に迷ったか、事故に遭ったかして、命を落としたんじゃろうという話になった。
ところが、1年ほどして、その若者が帰ってきた。それはそれは、みんなの驚いたこと。
“どこへ行っておったのか?”
と訊くと、彼は、
“どこかは、わからん。でもここよりいい場所を見つけた。みんなでそこへ行こう”
と言う。どこだかわからんところへ行くのは危険だ。しかも我々全員で移動するなんて、と反対したのじゃが、彼がいうには、そこは温暖で暑くも寒くもならず、空は曇りなく雨や雪が降ることもないとのことじゃった。そんな場所、あるはずがない。きっと彼は気が狂ってしまったに違いない。その場で話を聞いていた者は、口にこそ出さなかったものの、みんなそう思っていた。
すると彼はそれを見透かしたかのように、“これが証拠だ”と自分の顎を指差した。そこには山のような形をした黒い一本のスジが入っておった。
“それは何だ?いったいどうしたのだ”と訊くと、“門をくぐる時についたのだ”と言う。
“門?。門とは何だ”
“この谷をずっといくと、深く切り込んだ渓谷に出る。そこをさらに下りていくと、川が流れている。川に沿って上流の方へ歩いていくと、やがて、岩の下の部分がくり抜かれてできた大きな穴が見えてくる。その穴の両側の部分は、岩が高く突き出ていてまるで門のようなので、そう名付けたのだ。そして、それは実際に、素晴らしい場所へ行ける入口だったのだ”
にわかには信じがたい話だったので、まずは別の2人の若者を同行させ、その話が本当か確かめることにした。彼らはなかなか戻って来んかった。半年くらい経った頃、3人揃って我々の前に姿を現した。一緒に行った若者も、その“門”とやらがあるのは間違いないと言う。そして、彼らの顎には、同じように山の形をした黒いスジが一本入っていた。それで、今度は全員でそこへ行くことにしたのじゃ。今、我々がここにいることが、彼の話がウソでなかったことを証明しておる。そしてあんたも、その証人の一人じゃ」




