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その夜、広場で集会が開かれた。集落の全員が集まったのは、僕がこの“内界”にやって来てから初めてのことだった。あちこちで松明が揺れている。
みんなが輪になって座っているところで、一人、長老が立ち上がり、話し始めた。
「みんなも気づいたと思うが、またどこかの石積みが崩れたようじゃ。今夜、ジョッシュに再び“外界”に行ってもらうことになった。前回同様、無事に・・・」 そこまで言って、長老の言葉が途切れた。いったいどうしたのかと思って様子を見ていると、長老の視線が漂い、僕の姿を見つけて止まった。それにつられるように、聴衆たちも一斉に僕の方を見た。
「あー、前回はティムに助けられて、無事戻って来られたのじゃった。今度は怪我することもなく、無事帰って来るようにな」 そう言ってジョッシュの肩に軽く手を当てた。ジョッシュは大きくうなずいた。
その後は、人を送り出すときの儀式なのか、呪文に似た意味のわからない言葉をみんなでつぶやき、やがて10人ほどが前に出て踊りを披露しはじめた。両手にマラカスのようなものを持って2列に並び、軽くステップを踏みながら前後左右に移動するのだ。脇に立つ、太鼓のようなものをもった男性がリズムを刻みながら歌い、踊り手はそれに合わせてマラカスを振る。質素な踊りだが、なぜか見ていて飽きない。
集会は1時間ほど続いただろうか、最後は長老の締めの言葉でお開きとなった。その言葉とは次のようなものだった。
“虹の門を抜け、弓を3つの天の窓に引き、岩の壁を登れ・・・”
長老に続き、そこにいた全員が同じ言葉を唱和した。
「さあ、行こうか」
長老の合図に従い、僕たちは谷の方へ列になって向かった。全員ではなく、各家族の代表者だけが参加した。ただし、ガスとサンドラだけはここでも別扱いで、2人して列に加わった。ふだんの水汲みの時は隊列が乱れることも多く、たまに後からついてくる人もいたりするのだが、この日はきれいに2列に並び、誰一人遅れることなく同じペースで歩いた。列の先頭はジョッシュと長老、一番後ろは、ガスとサンドラの夫婦だった。僕は彼らの前、つまり後ろから2番目を歩いた。いつもはおしゃべりな彼らも、この時ばかりは黙って行進するのだった。
“門”の前までやってきた。ジョッシュを中心に、みんな半円状に並んで取り囲み、腰を下ろした。
「みんな、ありがとう。行ってきます」
ジョッシュは軽く微笑みを浮かべて、きわめて簡単な挨拶をした。きっとこれまでもこれと同じ場面を何度となく経験してきたのだろう。
「頼むぞ」
長老は険しい顔つきになって深くうなずいた。
他のみんなも神妙な面持ちだったが、しばらく間を置いた後、一斉に“ウォー!”と叫びながら空に向かって両手を突き上げた。手には羽根飾りを持っている。合図らしきものもないのに、息がぴったり揃っていたということは、これも送り出すときの儀式か何かだろうか。
ジョッシュは背を向け、“門”の方へゆっくりと近づいていった。そして、もう一度振り返って僕たちを見回した。僕と目が合ったところでしばらく止まったように感じたので、僕は軽く微笑んだ。口元を緩めたつもりだったが、きっと、ぎこちない動きだったに違いない。厳かな雰囲気が漂い、あたりの空気は張り詰めていた。
彼は改めて“門”の方へ向き直り、一、二歩足を進めた。暗闇はもう目の前だ。そして、少し前かがみになり、姿勢をピタリと止めた。
僕の鼓動は激しく打っていた。これから起こることは、よく見ておかないといけない。僕もいずれ“外界”に戻ることになれば、今の彼と同じ動作をすることになるのだ。そうしないと、きっと“外界”に戻ることはできないのだ。
“門”の前に立ったジョッシュは、まるでプールの飛び込み台からジャンプするかのように上半身を深く折った。そして大きく息をつくと、足を蹴り上げ、暗闇の中へ身を投げた。彼の体は一瞬にして暗闇に飲み込まれ、“門“が「ゴーッ」という音を立てた。
みんなは挙げていた両手を前に寄せ、そのまま大地にひれ伏した。それはまるで、“門”を崇めているかのように見えた。あるいは、それはジョッシュに対するものだったのかもしれない。彼はもはや一人の少年ではなく、救世主あるいは教祖のような、特別な存在になったかのようだった。




