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“内界”に来てから10日ほど経ったある日のこと、水を汲むため谷に向かって歩いていると、後ろについていたスージーが突然尋ねてきた。
「ねえ、ティム。“外界”に帰らないのは、こっちの方がいいところだから?“外界”には家族だっているんでしょ?心配してるんじゃないかしら・・・」
僕はそれを聞いて思わず立ち止まった。彼女は僕の顔を見て、慌てて言った。
「あっ、ごめんなさい。ひょっとして余計なこと訊いちゃったかしら」
「いや、べつに・・・」僕は小さな声で答えた。
「僕には待っている家族がいないんだよ。両親は既に亡くなったし、僕自身は独り身だし・・・」
僕を初めてナチュラル・アーチへ連れて行ってくれたのは父親だった。彼自身、特にナチュラル・アーチが好きだったわけではないが、とにかく自然が好きな人で、僕が小さいころからハイキングやキャンプなど、自然に触れ合う機会をたくさん与えてくれた。僕がアーチハンターになったのは、間違いなく父親の影響によるものだ。ただ、残念ながら、その父親は10年ほど前に山で遭難してしまった。その前年に母親を病気で亡くし、伴侶を失ってからというもの、父親はすっかり口数が少なくなっていた。本格的な山登りを始めたのもその頃で、ハイキングではなく、高い山を目指すようになった。淋しい気持ちを紛らわすため、無心になれることをしたかったのかもしれない。もし彼が生きていたら、今すぐにでも“外界”に戻り、ここでの体験を真っ先に知らせたことだろう。それを考えると、なんだか無性に父親に会いたくなると同時に、心に穴が開いたような虚しさを感じずにはおられなかった。
でも家族ではないものの、僕にはスチュがいる。彼とは本当に仲がよくて、アーチハントに行くときはいつも一緒だった。今回、きちんとした説明もせずに消息を絶ってしまった僕のことをどう思っているだろう?谷から戻らない僕を、ずっと探しているかもしれない。いいや、それより、とっくに諦めて警察に通報していると考える方が普通だ。そして、いくら探しても見つからない僕は遭難者として扱われ、ひょっとしたら既に墓地まで建てられているかもしれない・・・。僕は勝手に、彼が僕の墓石の前で嘆き悲しんでいる姿を想像した。何だかまるで、彼に対してとてもひどいことをしているように思えてきた。
「本当にごめんなさい」
スージーに声を掛けられて、ふと我に返った。
僕がよほど深刻な顔をしていたのか、スージーは泣き出しそうな表情になっていた。
「ああ、いいんだ。大丈夫・・・だよ」
僕は努めて笑顔を見せた。彼女に心配させたことで、かえって悪いことをしたような気持ちになった。ただ、その日以降、何かにつけ、僕の頭にはスチュのことが思い出されるようになった。いつか帰らないといけない・・・“外界”に戻る方法もわからないまま、その思いだけが心の奥に引っかかり、もやもやした感覚がずっと消えないのだった。




