22
翌日から僕は、毎朝この行事に参加することになった。働くことで、ここ“内界”の住人に仲間として入れてもらうのだ。この先どうなるかわからないが、今できることはそれしかない。いつまでこの生活を続けるかなど、考える余裕もなかった。
毎朝、水汲みに参加したことで、ジョッシュ以外の何人かの人たちとも話をするようになった。その中で最も頻繁に話をしたのはスージーという若い女性だった。ある時、体調が悪かったのか、彼女が道端で休んでいたときに、僕が代わりにバケツを運んであげた。僕も両手にバケツをもっていたので、結果的に2往復することになった。決して楽な作業ではなかったが、毎日手伝うわけでもないので気にならなかった。しかし彼女の目には、僕がとても献身的に映ったらしい。大変喜んでくれて、それからは会うたびに話をするようになった。
彼女は“外界”に関心があるようだった。
「ジョッシュの話だと、“外界”って、こことあまり変わらないって聞いたんだけど、どうなのかしらね。寒さと暑さとの差が大きくて、むしろ住むにはここより厳しい環境だって聞いたんだけど」
ジョッシュは確かに“外界”に行ったことがあるが、その知識や経験は、あくまでも彼の行動範囲の中で蓄積されたものだ。もし彼が、僕と出会ったあの谷の周辺のことしか知らないなら、確かにそのような感想をもつことだろう。
「なんでも、強い光に照らされたり、そうかと思うと頭の上を大きな煙で覆われたりするんでしょ。時には水のつぶが空から大量に落ちてくるとか言ってたわ」
確かに天気が変わる分、生活しづらい環境なのかもしれない。でも、その一方で素晴らしい面もある。ここにいる人たちは、晴れ渡る青空や、満点の星空、それに雨が上がった後のみずみずしい空気を知らないだろう。
さらに言うと、ジョッシュが知っている“外界”なんて、全体からするとほんのごく一部でしかない。恐らく彼が見たことのないであろう、車や飛行機といった乗り物、人々が働くオフィス街のビル群や買い物でにぎわう商業施設、さらには無機質で騒々しい工場など・・・それらが引き起こす耳障りな音や汚染された空気も含め、現代においてはむしろそちらの方が真の“外界”を象徴しているのではないか。
彼女に本当のことをいろいろ教えてあげたかったが、とりあえず今のところはやめることにした。説明しても理解してもらうのは困難だし、下手に興味をもたれたところで、僕が何かをしてあげられるわけでもない。
スージー以外に親しくなったのは、ガスとサンドラの夫婦だ。彼らは僕よりずっと年上だったが、二人仲よく遠出をするのを趣味にしていた。どこまで行くのか僕にはよくわからなかったが、時には2~3日戻って来ないこともあった。そもそも集落を離れるときは、事前に長老の了承を得る必要があるのだが、毎日水汲みやら家畜の世話やら、やらなければならない作業がたくさんある中で、遠出をすること自体そうそう許されるものではない。しかしながら、彼らは長老と歳が近いせいか融通が利くようで、比較的自由にこの集落から出ることができるのだった。
彼らはとても親切で、その“旅”の様子を僕に話して聞かせてくれた。なんでも、この渓谷をずっと奥の方まで進んでいくと、とても細く、うねった谷があり、そこを抜けた先には素晴らしい眺めが見られる丘があるそうだ。その細い谷のことを、彼らは“蛇”と呼び、その先にある丘のことは“蛇の頭”と呼んでいた。大蛇が谷を削りながら進み、鎌首を持ち上げた姿を想像したのだろう。毎朝水を汲みに行く谷も僕には蛇のように見えるが、そうは呼ばないところをみると、彼らの言う“蛇”とは想像をはるかに超えてうねっているのかもしれない。
彼らの話を聞いて、“内界”の奥にある渓谷を探検する誘惑にそそられたが、新参者で居候の身である僕にそのような自由が許されるはずもなく、黙って我慢していた。ガスとサンドラもそれがわかっているのか、決して僕を彼らの旅に誘おうとはしなかった。




