21
翌朝は、ジョッシュが起こしに来る前に目が覚めた。空が白んできたからだ。
僕は立ち上がって背伸びをし、まわりを見回した。昨夜、案内された部屋の中をのぞいてみる。そこは本当に単なる物置のようで、生活に必要なものは何一つ置かれていなかった。隣の部屋を見てみると、こちらにはトウモロコシやカボチャがたくさん積まれていた。どうやらこの建物は食料の備蓄庫のようだ。
表に出て、“幹の家”の方に向かった。脇にある広場に、何人かの人影が見えた。昨日、谷から水を運んできた人たちだろうか。もしそうなら、自己紹介は済んでいるので話がしやすい。近づきながら、顔を覚えている人が誰かいないか懸命に探した。
広場には5、6人の姿があった。順に顔を見ていったが、いずれも記憶に残っていない。昨日は20人、いや30人くらいはいたはずだ。挨拶も一瞬のことだったし、覚えられないのも無理はない。そう言い聞かせ、自分から声をかけることにした。
「おはよう」 昨日ジョッシュがやっていたように、右手を挙げて話しかけた。みんな僕の姿を見て一瞬固まるものの、少し間があってから同じように手を挙げ、「やあ」とか「おう」とか当たり障りのない返事をするのだった。誰一人、親しげな感じで話しかけてはくれないものの、無視されることはなかったので少しほっとした。
会話をする相手も話材もないので、手持ちぶさたに一人であたりをうろうろしていた。“幹の家”からはどんどん人がやってくる。僕はそのたびに、同じ仕草で彼らに向かって手を挙げ、声をかけた。
そのうち、一人の男が僕の方に近寄ってきた。年の頃、50歳から60歳くらいだろうか。背が高く、屈強な体つきだ。僕は緊張して身構えたが、男はやや腰を落とすと、声をひそめて言った。
「俺はリックだ。よろしくな。その昔、まだ若いころに“外界”に行こうとしたことがある。残念ながら失敗したけどな。しばらくここにいるんだろ?“外界”のことをいろいろ教えてくれよ。みんな、あんたのような格好をして・・・」
男は一方的にしゃべり始めたが、ちょうどその時、遠くからジョッシュの声が聞こえた。
「ティム、おはよう!」 手を振りながら近づいてきたが、どことなくバツが悪そうだ。
「ごめん、寝坊しちゃって、迎えにいけなかったよ」 そう言って、隣にいる男の方を見た。
「やあ、リックじゃないか。こちらはティムだよ。仲よくしてね」
「ああ、昨日紹介してもらったよ」
さっきと違い、大きな声でそう言うと、彼は突然背を向けて振り向きざまに「ティム、また今度な」と言いながら、人々が集まっている方へと歩いていった。
「友達ができたの?よかったね。リックはとてもしっかりした人だよ。何か困ったことがあれば、相談するといいよ」
僕はジョッシュがリックのことを褒めるのを聞いて安心した。ちょっと怖い印象をもったからだ。笑顔を見せることもなく、声を落としてひそひそと話す様子に、僕は少し警戒心を抱いていた。
やがて人々は、長い列を作り始めた。これから水を汲みに行くのだろう。みんな両手にバケツのようなものを持っている。僕も勝手がよくわからないまま、列の後ろに並んだ。ジョッシュが僕の分のバケツを持ってきてくれた。彼が隣に並んでくれたので、ほっとした。
「こうやって毎朝水を汲みに行くのかい?」 僕は手に持ったバケツを見て言った。
「そうだよ、水汲み班はそれが仕事だからね」
「水汲み班? ということは、他にも班があるの?」
「もちろんさ。たとえば家畜班というのもあるよ。でも家畜がいるのはずっと奥の方だから、この時間に彼らと会うことはないけどね」
この荒涼とした大地で、家畜を飼っているのか・・・。なんだかすごく不思議だった。水がなくて苦労しているのに、いったい何をエサにしているのだろう?
列が移動し始めた。これから“神の泉”に向かうようだ。僕たちは列の最後尾にくっついて歩いていった。隊列はやがて細い谷に入り、蛇行した狭い道を、左右に振られながらどんどん歩いていった。僕たちの前を若い女性が歩いていたのだが、距離を離されると、その姿が岩壁に隠れて時折見えなくなる。そのつど、不安を駆り立てられた。いくらジョッシュと一緒とはいえ、こんなところで取り残されたくはない。
そのうち、徐々に僕の胸の鼓動が激しく打ち始めるのがわかった。それは他でもない、あの“門”が近づいているからだった。
同じ風景が延々と続いた。両側に切り立った崖がそそり立っている。僕は緊張したまま歩き続けた。どこまで行ってもこの細い谷は終わらないのではないか?そう思い始めた頃、小さな広場のような空間に出た。そして正面に、紛れもない、あの堂々とした“門”が姿を現した。それを見た瞬間、僕は恐怖で腰から崩れ落ちそうになった。巨大な穴の向こう側には、相変わらず黒い闇が渦を巻いている。今回は自分一人ではないが、それでも不気味なことに変わりはない。僕は必死になって、気持ちを落ち着かせようとした。
そう言えば、長老は“神の泉”があると言っていた。みんなそこで水を汲むのだ。いったいどこにあるのだろう?あたりを見回すと、人々は“門”の横を素通りして、すぐ脇にある斜面を登って行くところだった。どうやら、坂の上に泉があるらしく、みんな順番に水を汲み上げているのが見えた。バケツを水で満たした人は、こちらに向かって下りてくる。僕も先ほどの女性の後をついていき、坂を登りきった。
そこには直径20mくらいの大きな窪みがあり、まるでタンクのように水が溜まっていた。泉というような可愛らしいものではなく、貯水池と呼んだ方がよさそうだ。水の色の濃さから、相当深いと思われた。人々はみな、その池にバケツを突っ込んで水を汲み出すのだった。
雨が降らず、川もないこの土地で、これだけの水が溜まっていることをどう解釈すればよいのだろう?“門”から近いことを考えると、ひょっとしたらこの泉は水が溜まってできたものではなく、底から湧き上がってできたものではないか?もしそうだとすると、この泉の底には穴が開いていて、レイクパウエルに通じているのかもしれない。そんな思いが頭をよぎった。
僕は両手に持ったバケツに水を満杯に入れ、もと来た道を戻っていった。行きと違い、重いバケツをもつ帰り道は結構な重労働だ。女性や子供にはきつい作業だろう。




