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崖の右端まで来た。見ると、つづら折りの道が地面まで続いており、歩いて降りることができる。
「なんだ、こんなところに道があったのか。最初から知ってたら、こっちを上ってきたのに」
僕がそう言うと、ジョッシュはこちらを振り向いた。
「さっき、崖の裂け目を登ってきた、って言ってたよね。あそこは昔、それこそ長老がまだ子供の頃に使われていたもので、今は近づくことすら禁止されているんだ。あのあたりは岩が崩れやすいし、そもそも立てかけてある木だって相当前のものだから、今は腐ってるんじゃないかな」
それを聞いて、背筋に冷たいものが走った。どうりで崖の下に岩がたくさん転がっていたわけだ。運が悪ければ、僕は登る途中で転落していたかもしれない。
折れ曲がった坂道を下りきり、崖の壁に沿って例の巨大な建物の方へ歩き始めようとしたとき、ジョッシュが急に立ち止まって言った。
「あの建物はね、“幹の家”と呼ばれているんだ。僕も長老も、そして他の多くの人たちがあそこで暮らしている。この村で一番大きな建物だよ」
「”この村”ってことは、他にも村があるの?この谷の先にも、別の集落があるのかな?」
僕は振り返り、後ろを指差した。さっき崖の上から見えていた、U字型に続く谷の右手の方角だ。
「さあ、わからないな。あっちの方には行かないように長老から言われているんだ。でも、他の村から人が来たという話は聞かないから、あっちには誰も住んでいないんじゃないかな」
そう言うとジョッシュは、目を細めて谷の奥の方を見つめた。
「そうなのか・・・」僕はつぶやいた。
「そうなんだよ、そこが問題なのさ」 ジョッシュの眉間にしわが寄っている。
「問題?」
「そう、他の村からここに来た人はいない。つまりティムがよそから来た初めての人間ということだよ。みんなきっと驚くと思うし、何より長老がどんな反応をするか心配なんだ」
僕は愕然とした。彼の言う“問題”とは、僕自身のことだったのか。だからさっき長老のことを口にした時に、彼は困ったような顔をしたわけだ。僕はますます不安になった。
「まあ、心配してもしょうがないね。とにかく長老に会いに行こう」
僕たちは”幹の家”と呼ばれる建物に向かい、歩いて行った。
「ところでジョッシュ、さっき君はあの建物の屋根を開けて外に出てきたね。今朝、人がたくさん集まっているのを見たんだけど、みんなここに住んでいるの?」
彼は笑って言った。
「いくら“幹の家”が大きいからといって、全員は入れないよ。あっちにも建物が見えるでしょ?左が“枝の家”、右が“花の家”といって、あそこにもそれぞれ数十人が住んでいるよ。ここからは見えないけど、さらにその奥にもいくつかの建物があるんだ」
“幹の家”が目の前に迫ってきた。改めて見てみると、かなり大きい。外からはよくわからないが、3~4階の構造になっているのではないだろうか。
「中はどうなっているの?」
この建物の造りが古代遺跡に見られるものと同じかどうか、興味があった。もし同じであれば、壁で仕切られたいくつもの小さい空間が並んでいるはずだ。
「家の中はたくさんの部屋に分かれていて、それぞれ家族単位で住んでいる。でも行き来は自由だよ。みんなお互いに助け合って暮らしてるんだ」
間違いない。1100年代から1300年代にかけて造られたと考えられている古代遺跡が、ここでは今も住居として使われている。驚くべきことだ。
“幹の家”のすぐ近くまで来たとき、ふと脇を見ると、昨夜僕が寝床として使った小屋が目に入った。“幹の家”から50mくらい離れた場所にあるその建物は、四角い形をした平屋で少し古びており、あまり手入れが行き届いていないようにも見える。中に誰もいなかったこと、そして個室であることを考えると、ひょっとしたらこの小屋は、さっきの“枝の家”や“花の家”などから来た人が泊まっていくゲストハウスなのかもしれない。あるいはその逆で、掟を守らなかった人を閉じ込めておく牢屋のようなものかも・・・もっとも、外観を見る限り、牢屋のイメージからはほど遠かったが。
「ジョッシュ、悪いけど昨日の夜はあそこで寝させてもらったよ。入口が開いていたし、誰もいなかったからね。今夜もあそこで寝ていいかな」
それを聞いたジョッシュは驚いた表情で、“ブッ!”と吹き出した。
「えっ、あそこで寝たの?」
予想外の反応に、今度は僕の方が驚いた。
「いけなかったかな?」
「いけないも何も、あそこは人が寝るところじゃないよ。いや、違った。人が寝るところだけど、死んだ人が寝るところさ」
「死んだ人?」
「そうだよ。人が死ぬと、一晩ここに寝かせるのさ。そして別れの儀式をしてから遠くの方まで運び、大地に埋めるんだ」
何てことだ。ちょうどよいベッドだと思ったのに・・・。でも少なくとも、昨夜が死人を寝かせる日でなくてよかった。
「今日寝る場所は、僕が長老に話して、何とかするようお願いしてみるよ」
「ありがとう。助かるよ」
ジョッシュは「ちょっと待ってて」と言うと”幹の家”の方へ走り出し、建物の裏手に回り込んで姿が見えなくなった。
僕はもう一度小屋の方を見た。本音を言うと、あそこでも悪くなかった。確かに亡くなった人を寝かせる場所だと聞いた後ではちょっと気が引けるが、寝心地は決して悪くなかったのだ。何より個室というのが気に入った。僕さえ気にしなければ、別にあそこでもいいじゃないか。
しかしまた、その一方で、そういう話ではないこともわかっていた。彼らにとっては、亡くなった仲間と最後の別れの儀式を行う、崇高で大切な場所なのだろう。そんなところで寝泊まりすること自体、許されるはずがない。
そんなことを考えながらぼんやりと小屋を眺めていると、背中の方から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら“幹の家”の中から聞こえてくるようだ。何と言っているのか、はっきりとは聞き取れないが、誰かを一方的に叱りつけているようにも聞こえる。それがしばらく続いた後、急に静かになった。
とても嫌な予感がした。ジョッシュが長老に怒られているのではないか?直感的にそう思った。




