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96 戦いの末に

「……ったく、ひでえ有様だな」


 一人の男がぼやいた。彼は転がっている男の額を掴むと、力任せに兜を引きはがす。


「そう言ってもよ……ただで傷一つねえ鎧が手に入るんだ、儲けもんだろ」

「儲けもんってえと、そりゃあ命があったことそのものじゃねえか」


 転がっている屍を見れば、誰もが漏らす感想だったに違いない。

 彼らがいるのは、イン・エルト共和国の兵の死骸のところだ。その死体はことごとく首だけがなくなっていて、どれがどの首なのかもわからないほど、頭だけがあちこちに転がっている。


 おかげで鎧には傷がないのだが、ずっと鹵獲を続けていれば、感覚もおかしくなろう。


 かといって別のところに視線を向ければ、無残に引き裂かれて殺されたノールズ王国の兵の死体がある。


「むごいもんだな」

「それは、どっちに対してのことだ?」

「そりゃあ……」


 男は死体から鎧を引きはがすと、首のない胴体を転がした。それを見ながら口を開きかけ、けれどその先を続けるのは止めた。


「俺たちは助かったんだ。それでいいじゃねえか。こうして金も手に入って、そのうち故国に帰れる」

「ま、その通りだ。助かったといや、あの王様、どうなったんだ?」

「ああ、それなんだがよ、噂じゃ――」


 そんなことを言い合っていた男たちは、視線を丘の下に向ける。そこには、まったく損害のない家屋がいくつも存在していた。



    ◇



 イン・エルト共和国の本拠地であったそこは、人々が盛んに行き交ってた。

 ノールズ王国はイン・エルト共和国との戦いに勝利し、敵陣を得るに至ったのである。といっても、実際は負け戦であったかもしれない。


 人々の表情は、とても勝利した軍のものとは思えなかった。破れてようやく逃げおおせた者と見比べても、相違はほとんど見られない。


 そんな人々の中、悠々と歩いていく人物たちがいる。


「どうやら、ここの村人は皆、あのような姿になってしまったようだ。敗残兵たちも、よもや自分の家族であったなどとは思ってもいなかっただろうな」


 ヴィレムは街中を見つつ、そのような感想を漏らした。クレセンシアが、イン・エルト共和国の兵が一人たりともいない道を見つつ、彼に返す。


「それは敵の王もそうかもしれませんね」

「ああ。どうやらうまく難を逃れたようだが……この有様では、もはや求心力などかけらも残っていまい」


 彼もまた、民のいない国を守ろうとした、魔術師に騙された被害者であったのかもしれない。


「ですが、人もいなければ占領する意味があるのでしょうか」


 イン・エルト共和国の土地は多くが平原になっている。そのため農耕に適した土地ではなく、あまり豊かでもない。


 植民地とするならば、労働力も確保できたのかもしれないが、なんにもありゃしない、ただ家だけがある土地を手に入れて、どうなろうか。


 けれどヴィレムは言葉を返さなかった。

 なんせ、異形の化け物となったとはいえ、ここにいる人々を倒したのは彼自身なのだから。


 そんな状況ゆえに、家々は兵たちが勝手に占有し、まだ残っていた食料などをかっぱらい、昼間から酒を飲んでいる者すらいる。だが、遊牧民ゆえに乳酒ばかりであるらしく、あまり口には合わないようだ。


 さて、そうして様子を眺めていたヴィレムだったが、やがてとある家の一つに入っていった。


 そこではイライアスが、シャレット家に仕える者たちと話をしているところだった。


「ヴィレム。陛下のご様子はどうだった?」

「魔術が使えないので、遠くから見ていただけですが……あまり望ましくはない様子」


 あの戦いで襲ってきた異形の化け物は、ヴィレムが西にいる間に、ノールズ王国国王アルベール・ノールズへと刃を突き立てていた。かろうじて一命を取り留めたものの、感染症により容態は悪化の一途を辿っているようだ。


「なにやらペール殿下を交えて話をしていたようですが、詳しいことは聞き取れませんでした。おそらく、もう長くはないようです」


 クレセンシアが狐耳を動かしながら、神妙な面持ちで述べる。彼女は聴力に優れており、そんなところまで聞けたようだ。


「そうか……この戦い、思わぬところまで影響を及ぼしそうだな」


 イライアスは重々しい口調で述べた。

 ノールズ王国内も荒れるかもしれぬ。王位を継ぐのは第一王子であろうと噂されていたが、この戦いで雲行きが怪しくなってきた。温和な性格とされていた彼は、この戦いに赴くことに対して否定的であったのだ。だから第二王子が行くことになったとも言える。


 そして優柔不断とされてきたアルベール・ノールズだが、良くも悪くも、この戦いは彼の考えをすっかり変えてしまったのだ。


 力なくば滅ぼされる。

 そのことを、強く実感したのはなにも彼だけではない。各諸侯もまた、魔術師というものの存在を、これまで以上に認識することになった。


 そしてその原因となったのも、ヴィレム・シャレット自身である。

 大人しくしておくべきだったかもしれない、と今になって思うが、そうしていればそうしていたでノールズ王国の兵たちは瓦解し、イン・エルト共和国の兵は一気に攻めてきていただろう。


 そうなったとき、怒りの矛先はヴィレム自身に向けられていた可能性は低くない。なんせ、手を抜いているとすら見られてきたのだから。


 結局、過去を振り返ったところで、その時々で最善と思う選択をすることしかできないのだ。いつだって未来はあやふやで、どんな行動も思う通りにいきはしない。


「ですが、父上が無事でよかったです」


 ヴィレムはとりあえず、その事実を喜ぶことにした。


 それからなにをするでもなく、暇になったヴィレムは家の中にこもることにした。今はこれ以上、目立つ気にはなれなかったのだ。


 クレセンシアはその隣に座って、ときおり彼の様子を窺うが、ルーデンス魔導伯らしきところは見られない。ここのところ、ただのヴィレム・シャレットととして動くことが長かったからだろう。


 そうしていると、魔術師隊の者たちの声が聞こえてくる。彼らはあの戦い以降、ちょっと自信をなくした者もいれば、もっと励もうとする者もいる。クリフは彼らの指導につきっきりだ。


「ルーデンス領が懐かしいなあ。あと十日くらいか。それが終われば、もう今年はこのような従軍義務も終わって、晴れて自由の身だ」


 ヴィレムが懐かしく思いながら寝転がると、クレセンシアはその隣でぱたぱたと尻尾を振る。


「イン・エルト共和国に領地はいらないのですか? この土地こそ、我が第二の故郷なり、なんて堂々と宣言なされば、皆が皆、譲ってくれるでしょう」

「おやおや、どうやらこの可愛らしい少女は、領主を辺鄙な土地に追いやって、実権を握るつもりでいるようだね」


 などと冗談を言いながら、時間はずっと過ぎていった。


 そしてその日のうちに、ペール・ノールズにより、王アルベール・ノールズの訃報が出されることになった。


 その知らせは瞬く間に諸侯の間に広がっていき、様々な憶測を呼ぶことになった。

 同時に、ペール・ノールズはイン・エルト共和国の制圧を宣言。この土地はノールズ王国となった。したがって、「外国への従軍の義務」は消滅することになる。


 ある諸侯は戦の終わりに、そして今後もらえる報酬――といっても、こんな西の土地には金銀財宝などありゃしないのだが――に期待し、ある兵はようやく終わったのだと安堵の息をついた。


 ヴィレムが望んだ結末とは、まるで違う結果になった。

 諸侯が戦力を削ぎ落とされ、王が優位になるかと思いきや、その当の本人は死亡することになったのだから。ヴィレムも不満の矛先を失って、どうにも気が抜けるような気分であった。


 西国に出立したときと比べると兵の数は明らかに減っているが、これからますます減るだろう。なんせ、もうここにいる義務はない。


「帰ろうか、シア。こんな土地は置いておいて」


 時間以外に失ったものがないヴィレムは、論功行賞や権力争いにも関わらず、帰ろうかと思っていた。


「そういえばヴィレム様。北西には海があると言いましたね? 少し見てみたいのですが……」


 クレセンシアがそう言いながら、狐耳を元気に立てている。見たことがない海に興味があるようだ。


「二人なら、すぐに行けるだろう。軽く寄っていこうか。それから、帰り支度を始めよう」


 ヴィレムはクリフにその旨を告げると、クレセンシアと一緒に北西へと走り出した。

 イン・エルト共和国は、比較的高地となっている平原に存在しているため、海に近い北西部は低地になっている。そこはイン・エルト共和国の統治下にない部族が住んでいるはずだ。


 しばらく進んでいくと、向こうには大海原が見えてくるとともに、港町が見えてきた。その街はイン・エルト共和国と比べるとやけに発展しているようにも見える。


 だが、ヴィレムとクレセンシアは、そこで予期せぬ驚きを抱くことになった。港町の前には、剣と鎧を纏った男たちの姿があったのだ。


(……ノールズ王国がイン・エルト共和国を取るのを待っていたのか!)


 イン・エルト共和国と比べると、北西部に住まう民族の規模はそう大きくない。だが、両者が疲弊した今ならば、話は違う。


「シア。さすがにこれを放置しておくわけには」

「魔術で吹き飛ばしてしまいますか?」

「とりあえず報告に戻ろう。政治的になにがいいのか、判断しかねるよ」


 ヴィレムはクレセンシアの冗談に少しばかり緊張を和らげ、一気に南へと駆けていく。そうして辿り着いたノールズ王国(・・・・・・)では、まだ勝利の余韻に浸っているばかりである。


「殿下へ即刻申し上げねばならぬことがございます!」


 いきなりやってきたヴィレムに、王の取り巻きであった貴族どもは何事かと文句の一つでも言いたげであったが、相手が相手である。


 そして、ペール・ノールズもこの男がやってきたとなれば、無視するわけにも行かない。すぐに出てきた彼は、かつてアルベール・ノールズが佩いていた剣を腰にしていた。


「何事である」

「北の民族が挙兵せんとしております!」

「なんだと!? すぐに迎撃の手筈を整えさせよ!」


 ヴィレムの言葉に者どもは驚き、大慌てで準備を始める。鎧を頭に被ろうとする者すらいる有様だ。


 この拠点は一転して絶望にたたき落とされたように騒々しくなったが、


「敵は少数だ! イン・エルト共和国とはわけが違う! 我々の敵ではないぞ!」


 と勇ましいペールの激励に、剣を掲げることとなった。


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