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92 魔物の王

 威圧してくる魔物に対し、シオドアは思わず一歩下がりかけた。が、すんでのところで堪えて敵を見据える。


 体毛は白から薄いベージュであり、ところどころ、派手な赤色に縁取られている。その風格たるや、まさしく王。見る者を圧倒する力強さがあった。


「お、おい末っ子。どうするんだよ、これ」

「え? もちろん、戦っていただきますよ。あ、羽とか足は落とさないでくださいね。捕らえても意味がなくなってしまいますから」


 そんな返事しか来ないことにシオドアは愕然としたが、すぐに変化に気がついた。彼が持っていた竜銀はすでに鎧を形作っていたのだ。そしてそこには、竜銀の緑色を覆い隠すほど高密度の光の模様が幾重にも重なっている。


(……確かに、用意したのはこれだけみたいだな)


 果たしてこの竜銀がどのような効果を発揮するのか。シオドアはまだ半信半疑であったが、それでも足は前に出ていた。


 そもそも、たとえなんらかの介入があろうとも、基本的には一人でやらねばならないことなのだ。戦うと決意したのは自分自身である。


「やってやろうじゃねえか。見ていろよ、末っ子」


 シオドアは視線を後ろのヴィレムに向ける。


「ヴィレム様、あの鳥、柔らかそうですね」

「そうだね。でも、君の尻尾のほうがずっと柔らかくて素敵だよ」

「きゃあっ。ヴィレム様ったら」


 クレセンシアの尻尾を触りながら、戯れていた。


「お前らふざけんな!」

「シオドアさん、ほら、敵が来ますよ。遊んでないで構えてください」

「誰のせいで――!」


 半ばやけくそになりながら、シオドアは向かってくる魔物に対峙する。その手の中には、長い緑色の棒があった。魔物の王に障害を残すわけにもいかず、打撃により攻めていくことにしたのだ。


 魔物が跳躍し、一気に全体重を乗せて蹴りを放ってくる。

 踏み潰されたら一巻の終わりだ。シオドアは咄嗟に体をひねって回避。すると、勢い余って鳥の足は木々をへし折っていった。


 その力強さとは対照的に素早く、すぐさま反転すると、彼目がけて飛び込んでくる。


(……くそ、先に機動力を奪うか!)


 シオドアはバックステップを取り、敵の着地地点を僅かにずらす。そして敵の足が地面についた瞬間、手にした棒を振るった。


 引っかけてやれば、僅かな力だろうが、着地に失敗して滑って転ぶはずだ。

 そんな考えから行った行為であったが――


 気づいたときには、魔物は回転して側面から地面に叩きつけられていた。倒れた魔物に触れていた、シオドアが振った竜銀は、光が浮き上がっていた。


 状況は飲み込めなかった。が、体はそれよりも早く動いていた。

 これは好機。一気にたたみかけるべきときなのだ!


「食らえ!」


 大上段からの一撃を敵の胴体目がけて放つと、竜銀は一際強く輝き、力の魔術を発動する。


 次の瞬間、地面が激しく揺れ、木々は木の葉や果実を地に落とした。魔物は地面に埋まりつつある。ここの大地がそこまで硬くなかったこともあって、衝撃は和らげられていたせいであるが、それでもかなりのダメージを負ったことは間違いない。


 だが、やつにも意地があったのだろう。すぐさま起き上がると羽ばたき、邪魔な者を追い払わんとする。


 シオドアは咄嗟に竜銀を盾と化してその攻撃を防がんとする。すると、彼の前には風壁の魔術が発動する。敵はそこに触れると、あっという間に跳ね返されてよろめいた。攻防ともに敵を圧倒している。


 この調子なら攻められる。勝てるのだ!

 他人から貸し出された力であることは気にくわなかった。だが、それでも彼は勝利に貪欲であった。


 シオドアは飛び込み、棒を横薙ぎに振るう。

 その一撃を食らった魔物はすさまじい勢いで飛んでいき、木々をいくつもへし折りながらも止まらない。


(ったく、俺はなにをビビってたんだ。……魔物の王なんかより、よほど恐ろしい者が後ろにいるってのに!)


 その末っ子へと僅かに視線を向けたシオドア。


「うーん。丸々しているから、丸焼きとかどうだろう?」

「でも赤いですし、生肉とかのほうがよいのでは?」

「それはちょっと可愛くないなあ。やっぱり丸焼きがいいな。それにしよう」


 二人は名前をつけようとしていた。

 シオドアは愕然としつつも、そこでようやく知ることになる。彼らにとって、これは戦いですらないのだと。


(野生の魔物をすべて倒して従えてしまってはどうですか?)


 そんなクレセンシアの言葉が脳裏に蘇る。あれは冗談であったかもしれないが、実行可能な案の一つでもあったのだ。それどころか、本気を出せば南の一帯を焼け野原にだってできるだろう。


 シオドアは力の差に、身震いせずにはいられなかった。なんという者と一緒に役目を果たさねばならなくなったのだと。


 そうしていると、魔物はずんずんと近づいてきているところだった。シオドアはそれを見て、思わず口角を上げた。


「……なんだ、可愛い顔をしているじゃないか。気に入った。さあ、決着と行こうか、丸焼き!」


 シオドアもまた走り出した。

 迫ってくる鳥の蹴りに対して、自ら飛び込んでいく。そしてギリギリかすめるかどうかというところを通り過ぎ、側面から叩きつける一撃を放った。


 これまでで一番強い力が、魔物の王を押さえつける。そしてシオドアは竜銀の剣を、その首元に突きつけた。


「俺の勝ちだ」


 丸焼きはすっかり大人しくなって、今度はシオドアにすり寄るようになった。そして羽で覆われた胴体を何度もこすりつけた挙げ句、彼の顔目がけて唾をかける有様だ。


「末っ子、どうだ」

「え? あ、終わったんですね。……あ、その、シオドアさん。ちょっと近寄らないでもらえます?」


 いつしか全身が唾液まみれになっていた彼を見て、ヴィレムは数歩後じさりした。シオドアは顔をしかめるばかりである。


「これが契約の証なんだよ。互いに匂いをつけ合うんだ。言っておくが、これは求愛とかじゃねえからな」


 その行為はまだまだ続きそうだった。

 されるがままになっているシオドアを眺めていたヴィレムだったが、すぐに柔らかな感覚を覚えた。クレセンシアの尻尾が彼に巻きついたり、ぱたぱたと叩いたりしているのである。


「シア、どうしたの?」

「ヴィレム様に悪い虫がつかないよう、マーキングしているのですっ」

「そんなことしなくても、もう俺は君のものさ」

「わあ、とても嬉しいですっ!」


 笑うクレセンシアといちゃつくヴィレム。

 終いには丸焼きに頭から甘噛みされてしまっているシオドア。


 両極端な二人の状況は、今しばらく続いた。



    ◇



 大地を揺らす衝撃に、南の部族たちは警戒を強めていた。

 彼らが飼っている魔物たちは唸りながら地響きのするほうを睨みつけていたが、次の瞬間、尻尾を巻いて逃げ出した。


「おい、どこに行くんだ――!」


 主人が呼び止めるとはっとして立ち止まるも、すっかり怯えた様子である。もはや戦意などかけらも残っていない。

 部族の者たちもその理由をすぐに知ることになった。


 木々の合間から姿を現したのは、巨大な魔物である。それも大きいだけでなく、強大な力を誇っているとされる王だ。


 どうしてこんなところに。いや、それよりもどうやってこの状況を切り抜けよう。だが、相手が暴れたどうしようもないのではないか。じっとしてやり過ごすしかないのか。


 彼らの混乱は極まり、誰もが動けずに固まるばかり。


「我が名はシオドア・アーバス! 魔物の王との契約に成功した! 話し合いがしたい、族長を呼んでくれ!」


 その声を聞き、彼らはようやく、魔物の王の背に乗っている者たちの姿を認めた。慌てて飛んできた族長はすっかりかしこまるばかり。


 外敵や他の部族に対しては強硬な態度を取る南の部族も、共通して王の前では跪くしかなかった。


「シオドア殿。王を従えたとのこと、誠に恐れ入るばかりでございます。どのようなご用件でございましょうか」

「見てのとおり、王の力は我が下にある。それゆえに勝手に力を振るえば、南の力関係は大きく変化してしまうだろう。そこでこう提案したい。部族間の私闘を禁止し、そしてノールズ王国にも手を出さないことを」

「……そのようなことであれば、もちろんお約束いたしましょう」


 吟味すればおかしな提案だということはわかる。南の争いに、ノールズ王国は関係ないのだから。もちろん、そう突っ込まれたときは、外から争いを持ち込むことなどを理由にする予定だったが、その必要もなかったようだ。


 そうなると、ヴィレムはシオドアとともに部落を離れていく。


「さて、これであらかたの部族は回りましたね。どうしますか?」

「それは俺のほうが聞きたい。俺をこんな王に仕立て上げて、どうするつもりだ?」

「別に……悪巧みをしているわけではないですよ。まず、これで部落の者たちが無駄に死ぬこともなかった。そして俺は一切の損害もなく、王が思わぬ形で役目をこなすことができ、シオドアさんは悲しい過去を乗り越えることができた。なにが不満なんです?」

「ちょっと待て、別に悲しい過去とかじゃねえからな」


 シオドアはヴィレムに突っ込むも、彼のほうはお構いなしに話を続ける。


「まあ、家族とかに会ってくるといいですよ。人の王への連絡は俺がやっておきますから。というわけで、手紙を書いてくださいね」


 ヴィレムが言い終わったときには、クリフが紙と筆をシオドアに渡したところだった。彼は用意周到に持参している性格だった。


「なにを書きゃいい?」

「そりゃあもちろん。南の憂慮は取り除かれた、と。これが王の求めなんですから。それとも落書きでもして送りつけちゃいますか?」

「生憎と絵心なんぞ持ち合わせちゃいなくてね」


 シオドアは言われるままに、筆を走らせる。その様子がなんとなく物憂げにも見えたので、ヴィレムはこう告げることにした。


「なんなら、このままずっとこちらにいてもいいですよ。南の平定の条件に、彼を差し出すことがあったと言っておきますから」

「つっても、もう何年もたってるんだぜ?」

「学園で小間使いばかりさせられている冴えない男と、田舎の王様。どっちがいいかは、俺にはわかりかねます。ですが、その選択が生まれたこと自体は喜ぶべきでしょう。決めるのは、シオドアさんですよ」


 彼は少しばかり悩んだようだったが、すぐに顔を上げた。


「そうだな。せっかくもらった機会なんだ。無効になる前にさっさと選んでしまおう。俺は――」


 シオドアの決断を聞き、ヴィレムは丸焼きの上から飛び降りた。


「それじゃあ、また会いましょう。騎士の三男坊殿」

「ああ。次はこれ以上の大舞台じゃなくていいぜ、末っ子よ」


 もうしがない貴族の末っ子も、取るに足りない騎士の三男坊もいない。あるのは、未来へと進み始めた男たちだった。


 ヴィレムは魔術師隊の者を引き連れ、クレセンシアとともに北へと向かっていく。


「さあ、王に一泡吹かせてやるぞ。ノールズ王国に戻るまで、あと二十日ほど。したたかに生き抜いてやる!」


 ヴィレムの宣言に、呼応する声が上がった。

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