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8 未来への道筋

 ヴィレムがシャレット家に戻ってきた翌日。彼は顕微鏡を覗いていた。


 見えているのは真っ黒な塊だ。魔核と呼ばれる、魔術を用いるための細胞小器官である。


 これを特異的に染める染色法――暗黒亀と呼ばれる魔物の甲羅の粉末を利用する――によってこのような真っ黒な塊として見えるようになるのだが、通常時はほとんど無色である。また、ほかの染色法を利用していないため、これ以外の細胞小器官はよく見えない。


 ヴィレムはプレパラートを動かしながら、魔核の密度をざっと計算する。

 すると思ったよりも、随分と大きい値になる。貴族の末っ子ヴィレム・シャレットは魔術が使えないとされていたが、その要因は魔核が少ないためろくな魔力を持たず大して出力がでないから、というわけではなさそうだ。


 そう考えているとドアがノックされて、クレセンシアが入ってくる。

 そしてヴィレムの覗き込んでいるものを見て、興味深そうに尻尾と耳を立てる。


「それが先ほど、私の口の中をぐりぐりして取った細胞ですか?」


 ヴィレムは先ほど、クレセンシアと自分の頬の細胞を摂取していた。クレセンシアは素直に口を開けてくれたので、ヴィレムはつい悪戯したくなり、突っついたり伸ばしたりしてみたのだが、まだ彼女は遊ばれていたことに気付いていない。


 そんな愛らしいクレセンシアのほっぺをヴィレムはつついてみる。


「ヴィレム様、もう細胞は取り終わった後でしょう?」

「ああ。けれど可愛い君が口を尖らせる姿がまだ見足りないんだよ」

「か、可愛いだなんて! ヴィレム様、恥ずかしいですよう」


 顔を赤らめ、激しく尻尾を揺らすクレセンシア。

 一しきり彼女をからかった後、ヴィレムは顕微鏡を見るように促し、自身は魔術を発動させる。


 すると対物レンズのすぐ近くに、円を描くような幾何模様が浮かび上がり、その中心部分の光が屈折する。集光を自在に操る光の魔術「レンズ」である


 これは光学顕微鏡による分解能の上限を突破することが可能になる。というのも、光学顕微鏡のレンズで屈折させるのと、魔術で光に干渉して変化させるのでは仕組みが異なるからだ。


 それゆえにこの手順を行うことで、魔術なしでは到底不可能な高解像度の像が得られることになる。

 クレセンシアは早速驚きの声を上げた。


「ヴィレム様、私たちの体にこのようなものが巣食っているのですか!?」

「そうだね。これらが、俺たちの体内で魔力を作ってくれているんだよ。この魔核の数は非常に多いけれどここまで沢山いると、俺という人間が本体なのか、それとも巣食っているこれらが本体なのかわからなくなるね。この議論は哲学的な話になってしまうので、そこは割愛させていただくよ」

「魔術はお好きですが、そういう話は好きではありませんよね、ヴィレム様は」

「身の程を弁えているんだよ」

「なるほど、では天下を取るのは御自身にとって当たり前、なのですね」


 クレセンシアがくすくすと笑う。先ほどつつかれた反撃だろうか。

 ヴィレムはそんな彼女に、自身と彼女のプレパラートを見せた後、別のものに取り換えた。


「……こちらには全然、魔核がありませんね」

「だろう。それはオットーのだからね」


 オットー・サイクスはシャレット家に仕える騎士の息子だ。

 彼は長男なのだが、まだ幼い弟にすら剣や魔術の腕が劣る有様だ。訓練は続けているのだがまったく芽は出ず、父も諦めているようだ。だからか、少しひねくれたところがある少年に育ってしまっている。


 クレセンシアもオットーのだと言っただけで理解してしまうくらい、彼の境遇は悲しいものだった。


「ああ、念のためだけど、それは一般的な人の魔核保有量だからね。特別少ないわけじゃない。ただ、魔術師や騎士になるには絶望的だったのさ」


 クレセンシアはそんな話を聞いて、ぺたんと狐耳を伏せた。他人事であろうと、才能がなく潰れる人の話はあまり気持ちがいいものではない。


 だからヴィレムはそんな彼女の頭をぐしぐしと撫でる。


「俺たちもこれで満足してはいられないよ。もっともっと、強くなる。そうでなくちゃ、天下を取れないからね」

「はい、頑張りましょう!」


 クレセンシアはこの夢物語にも似た宣言に付き合ってくれる。いや、彼女も本気で叶えようとしてくれる。そのことが嬉しくて、ヴィレムは今日も頑張ろうと思うのだった。



    ◇



 ヴィレムは庭に出ると、本日の訓練を始める。

 地面に手を付けると、魔術を起動する。幾何模様が浮かび上がり、絡みついた部分の土が金属のように変質していく。これは土の魔術である「錬金」の魔術だ。さらに「硬化」の魔術も使用する。


 そうして出来上がった金属製の剣を手に取って一振り。

 風切り音とともに、舞っていた木の葉が両断された。


 それからヴィレムは幾何模様への出力を中止すると、幾何模様が消え去り、剣は土くれへと戻っていく。


「ヴィレム様。これを繰り返すと本当に強くなれるのでしょうか?」


 クレセンシアは不安なわけではなく、原理を知りたいようだ。

 ヴィレムは時間はあることだから、と一から説明することにした。現代の遅れた魔術――いや、魔法だけでなく、レムの時代の魔術を彼女も知っておくべきだろう。


「いいかい、シア。まず、魔術を使おうとすると、魔核が魔力を発生させる。すると魔核内の遺伝子が転写されて、中間生成物である幾何模様が浮かび上がる」

「はい。ここまでは魔術ではないのですよね?」

「ああ、その前段階だね。魔核内の遺伝子って言うのは、使える魔術のレシピと言い換えてもいいね。そこにない魔術は、どう頑張ったって使えない。魔法が親から受け継ぐ神の奇跡と言われているのは、これが理由だね」


 要するに、魔核が燃料を生み出し、魔核内遺伝子というお品書きから魔術を選び、そのオーダー通りに中間生成物が作られるということだ。


「そして中間生成物は、いよいよ世界に干渉して魔術を生み出す。だから、ここまでの段階ならば魔術として発動してはいないし、どんな魔術かを知っていれば解除の魔術を使うのも容易いことだ。この基本的な段階をしっかり行えるようにならなければ、魔術師として大成することはないだろうね」


 ヴィレムははっきりとそう言った。これはつまり、ろくに素振りもせずに対人戦ばかりしても意味がないのとよく似ている。


 早速、クレセンシアも地面に手を付けて、「錬金」と「硬化」の魔術を使用。

 初めは体の変化を確認しながらゆっくりと行い、慣れてきたらどんどん速度を上げていく。


「ところでヴィレム様。その魔核内遺伝子――レシピのうち、どんなものを持っているかはわからないのですか?」

「……わかるよ。それについては、またあとでね。実演するよ」


 ヴィレムはふと嫌なことを思い出してしまったので、後回しにすることにした。今はこの訓練に集中したかったから。


 それから幾度となく訓練が繰り返され、魔力が枯渇する感覚を覚える。クレセンシアも同様で、表情に疲労が見て取れる。


「もう少し。完全に空っぽになるまで使い続けて」


 激しい疲労感を覚えながら、なおも魔術を使用し続けると、幾何模様が徐々に崩壊していく。維持することができなくなったのだ。


 そうなると、ヴィレムもクレセンシアも寝転んだ。

 冷たい土の感触が心地いい。


「ヴィレム様、先ほどはどうして限界まで使ったのですか?」

「魔核の多寡は使える魔術の量を左右する。もちろん、それだけが実力を決めるわけじゃないけれど、重要なのは間違いない。その魔核を増やすためには、三つの方法があるんだ」


 クレセンシアは寝転んだまま、ヴィレムに視線を向ける。


「一つ目は、魔核内の魔力が低下した状態になること。つまり、魔術を使い過ぎればいいってこと」

「なるほど、それであのように……。念のために少々魔力を残しておくのが無難とされているのは、成長にはそぐわない行為だったのですね」

「そうだね。ここは敷地内だからいいけれど」


 もし、刺客が狙ってきているような状況ならば、当然魔術が使えなくなる状況は避けなければならない。


「それから二つ目は、外部環境の魔力が増加したとき。これは自分以外の強い魔術に遭遇したときだね。三つ目は、肉体の損傷が激しいとき。生命の危機を感じればいいんだけど、そんな訓練は危険すぎてできない」

「では、今のような訓練か、魔物を狩るかのどちらかになりそうですね」

「そうだね。……これらの魔核が増えるのは、魔核の生存本能なのかもしれない。いわば宿主しゅくしゅである俺たちが危険になるほど、増殖するのだから」


 クレセンシアに言った、どちらが本体なのかわからないというのも、納得できる現象だ。


「ああ、そうだ。魔核の増加は思春期が主だから、丁度今頃だね」

「ますます頑張らないといけませんね!」


 張り切るクレセンシアは尻尾を器用に使って、飛び跳ねるように起き上がった。ヴィレムは尻尾なんかないから、片手を突いて起き上がる。


 魔術が使えないからと言っていつまでも休んでいる時間はない。今度は武術を磨かねばならないのだ。


 二人はそれからも訓練に明け暮れるのだった。


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