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86 ヴィルタ領



 西国の出身である。

 ほかの人に聞かれないほどの小声でそう言ったシオドアは、すぐに二人から視線を外し、生徒たちのところへと向かっていく。


「けが人の確認を行え! いつ敵が戻ってくるかわからないぞ!」


 逃げたと見せかけて、油断したところを襲ってくる可能性もある。少年らは初の実践ですっかりくたびれていたが、敵という言葉を聞くなりたちまち起き上がって、すぐに指示をこなし始める。


 シオドアはそれからあくせくと動き出す。その姿を見ると、とても話を無理にする気にはなれない。ヴィレムは自分自身も、隊の確認を行うことにした。


 クリフは隊員の確認を終えて、敵を警戒しているところだ。そも、人数が少ないため、時間などかからないのである。


 さて、魔術師隊の少年らはどうかと言えば、たったこれだけの戦闘とはいえ、自信をつけたようだ。ルーデンス領で魔物退治くらいはしていたため、諸外国との戦いにおいても通用することを再認識しただけのことかもしれない。


「……クリフ、少しいいか?」

「はい。なにか問題がございましたか?」

「そういうわけじゃないんだが……この隊は、さらに分けても大丈夫だろうか?」

「個々の力を考えれば、あまり望ましいとは言えませんが……小隊での訓練も行っていますので、無理ではないかと思います」


 要するに、臨時的にそうするだけなら問題はないが、ヴィレムが信頼する魔術師たちのようにはいかないということだ。


「この戦いでは特にそうする必要は感じませんでしたが、なにか不備が見つかったのですか?」

「いや、作戦はこれでいいよ。そも、俺たちはただ生き残ることができれば特に損害もないんだ。時間的な浪費ではあるかもしれないけれど。……分けるのは、いずれその必要も出てくるかもしれないと思ってね」


 ヴィレムはそう言って、視線を生徒たちのところに向けた。どうやら護衛がうまく機能していないところもあったらしく、問題を確認しているようだ。


 彼らが必要と求めてきたのなら、助けてやらんこともない、とヴィレムは思うのだ。もちろん、ただの慈善事業なんかではない。


 そんなヴィレムを見てクレセンシアはわざとらしく驚いてみせる。


「まあ! クレセンシアはこんなにもヴィレム様のことを心配しておりますのに、ヴィレム様は、『クレセンシアなど適当な貴族のボンボンのところに押しつけてしまおう』などとおっしゃるのですね」

「君は魔術師隊に所属していないじゃないか。それに、そんなことを言ってはいけないよ。君の美貌に目が眩んだ貴族が聞いたら、本気にしてしまうからね」

「私は所詮、ボンボン貴族にしか興味を抱かれないのですね。ならばご立派な領主のヴィレム様はクレセンシアのことなどどうでもよいのでしょう。……それともヴィレム様も目が眩んだボンボン貴族です?」


 クレセンシアは小首を傾げ、耳をぱたぱたと動かしていた。


「どうしてその二択しかないんだい」


 ヴィレムは苦笑しつつ、クレセンシアの頭を撫でる。


「それで、助けたい方というのはどなたです?」


 少々強引に話を持っていったクレセンシアは、けろりとした顔で尋ねる。こんなやりとりはヴィレムはいつも行っているためなんとも思っていないのだが、二人のことをよく知らない魔術師隊の者にとっては、珍しい、あるいは珍妙な関係にも見えたのかもしれない。あっけに取られていた。


 そんな彼らもそのうち慣れてくるだろう。

 ヴィレムもさして気にすることもなく、クレセンシアに話す。


「もちろん、俺にはこれといった友人がいるわけでもなければ、政治的な協力者はいるわけでもない。だから具体的な個人名を挙げることはできないよ」

「ヴィレム様はお友達が少ないのですね。ここにはマーロさんもいませんし」

「否定はしないよ。一番に挙げられるのが彼というのもなんとも言えないけれど……まあいいや。シア、あれを見てよ」


 ヴィレムが示す先には、ノールズ王国国王アルベール・ノールズの姿があった。

 彼はこの戦いに意欲的だったから、比較的早くから来ていたのだろう。すっかり準備は整っている。


 そんな彼の近くには、学園で見た顔がちらほらある。要するに、彼らはここぞとばかりに王のご機嫌取りをしに行ったのだろう。


 ヴィレムはシオドアの言葉を思い出す。


(……出世できない貧乏くじか。その中でも、彼は特別ろくでもない役職なのかもしれない)


 他国の出身なら、要職に就くのも難しいだろう。

 だからぐずる生徒たちの世話を任せられ、王の顔色を窺いに行く時間もないのだ。もちろん、時間があったからといって、わざわざアルベールのところに行ったかどうかは不明である。西国のことを知られれば、相手にもされないかもしれないし、シオドア自身もこの国にこだわっているようにも見えない。


(うーん。西国にあまり近づきたくないような印象を受けたけど、もしそうならこの国なんかじゃなくて、帝国に行ったほうが楽だろうからなあ。あそこはたくさんの国が従えられていたから、細かいことなど気にしていられないだろうし)


 なにかしら得られるものがあるならば、今後に繋がるかもしれないし、聞いておかなかったことで落とし穴にはまることだってある。


 けれどこれ以上の詮索もよろしくなかろう、とヴィレムは考えを打ち切ることにした。


「鼻を明かしてやりたいって思いがあるのは間違いないけれどね」

「……意趣返しですか? ヴィレム様にも子供っぽいところがあるのですね」

「並大抵のことじゃいけないんだよ。なんせヴィレム・シャレットには華々しい活躍を願う者たちがいるそうだからね」


 たかが一領主になにを、とヴィレムは笑う。ろくに戦えやしない諸侯ばかりが集まっているというのに。


 やがてクレセンシアの狐耳が大きく立った。向こうからやってくる人物を見つけたのである。


「ヴィレム殿、お久しぶりですな。いやはや、たった一年というのに、ずいぶん大きくなられた」


 そう言うのは西の端に領地を持つ諸侯、ヴォロト・ヴィルタである。すなわち、この土地を治めている領主だ。


「お久しぶりです。ヴォロト殿の領地とはいえ、このように賑やかな中でお目にかかれるとは思ってもおりませんでした」

「美しい炎が上がったゆえ、彼女ではないかと思い、来てみたのですよ。その推測は間違っていなかったようだ」


 ヴォロトは以前、王都でヴィレムが助けた男だ。そのときにクレセンシアの炎も見ていたのだろう。


 特になにかがあるわけでもないが、ヴィレムはなんとなく胸中にわだかまりを覚えていた。


 その理由を探していると、ヴォロトが笑う。


「ヴィレム殿が来てくだされば、敵などいませんな。あの畜生どもが逃げていく様が目に浮かぶようです!」


 ヴォロトはこの戦いがあろうがなかろうが、常に西国の脅威に晒されていたため、ようやく王が重い腰を上げたという印象なのかもしれない。


 ヴィレムが先に彼を助けたとはいえ、ヴォロトは助け船を出してくれたことがある。そして今回も協力者になってくれることだろう。となれば、ヴィレムは活躍するのもやぶさかではなかった。


「ご期待に添えるよう、尽力いたします」


 ヴィレムはそれだけにとどめておいた。あくまで自分たちの利を確保した上で、期待に添えるように努力するということだ。そうでもなければ、なんら関わり合いのない西の戦争に首を突っ込んでなどいられない。


 さて、そうしてヴォロトが去っていくと、ヴィレムは先ほど抱いた感情がすっと解けていくのを覚えていた。


(……なるほどなあ。所詮、大魔術師も十五の子供にすぎないということか。まったく、どうしようもない)


 先ほど自分で言ったことは冗談交じりであったが、誰よりもそれを恐れていたのはヴィレム自身だ。


 くだらない独占欲。あるいは身勝手な嫉妬と言い換えられるものだ。けれど、どれほど多くの言葉を尽くして身を守ろうとしても、その事実たった一つでいともたやすく心は揺さぶられるだろう。


「ヴィレム様、友達ができてよかったですね」

「友達じゃないよ。だいたい、あまりにも年が離れすぎているじゃないか」

「……なにかあったのです?」


 ヴィレムの様子を見てクレセンシアが小首を傾げた。

 そんな彼女の赤い瞳が今、ヴィレムに向けられている。美しく、透き通った瞳が彼だけを捉えている。


 ヴィレムはそんな彼女をさっと抱き寄せた。


「きゃあっ! ヴィレム様? どうしたのです?」


(俺ももう十五になったんだ)


 十五は年相応に幼く、そして成人として見られる年でもある。


「俺は君を離したくないと思ったのさ」


 この戦いが終わったら、きちんとした言葉にしよう。

 ヴィレムはそう思いながら、赤面して尻尾をぱたぱたと振るクレセンシアの姿を眺めていた。


 こうして戦いの後始末が行われる中、王はいよいよ、翌日から西へ足を踏み入れることを決定した。そして本格的に干戈が挙げられることとなった。


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