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82 五年を経て

 ヴィレム・シャレットは王都を歩いていた。

 先日、オットーたちと話をつけた後、すぐに戻ってきたのである。


「そういえば……シアは従者ということで来たけれど、本当にそれでよかったの?」


 ヴィレムとともに学園に行くことになった彼女だが、一個人として入るよりもそちらのほうがヴィレムとともに動けるから都合がよい、とそうするように提案してきたのである。


 けれど従者というのは、二人の関係を端的に表しているとは言いがたい。


「それでなにかお困りになるようでしたら、ヴィレム様の都合がいい女ということにしておきましょうか?」

「……俺は普段、君をそんな風に扱ってしまっていたのかい?」


 ヴィレムが慌てて尋ねると、クレセンシアはくるりと背を向けて、


「さあどうでしょう?」


 と言ってみる。

 声音はどこか楽しげで、尻尾はゆったりと揺れている。だからこれはいつもの戯れに過ぎないのだろう。


 本気で言っていたのならどうしよう、などと思っていたヴィレムはほっとして、そんな彼女の手を取った。


「そういえば、俺も君も十五になった。もういっぱしの大人になったんだ」

「そうですね。それがどうかしましたか?」

「……今ならいろいろと、責任の取り方もあるということさ」


 目を丸くするクレセンシアを、今度はヴィレムがぐいぐいと引っ張る番だった。

 クレセンシアは彼になにかを言いかけたが、結局なにも言わず、されるがままに彼のあとをついていく。ぎゅっと、彼の手を両手で握りながら。口の端に笑みを浮かべながら。


 そうして二人は王都を進んでいくと、ようやく学園が見えてきた。王都に来るときに何度か見ているが、少しずつ改装なども行われているようで、少しばかり違った有様を見せている。


 けれど、二人は先日来たばかりだから、目新しいものではなかった。


 ヴィレムは早速中に入ると、講義が行われるであろう部屋を探していく。


「さて、俺はどこに行けばいいんだろうか?」

「尋ねてみてはいかがですか?」

「うーん。そこまで急いでいるわけでもないからまだいいや。それより、君との二人きりを楽しみたい」


 正直、卒業まで熱心に通う予定があるわけでもなし、この期間だけ適当に過ごせばいいと思っていたヴィレムは、楽しげに辺りを眺めている。


 仮にその内心を知っている熱心な生徒がそんな様子を見れば、きっと顔をしかめることだろう。


 やがて、クレセンシアの狐耳が立った。


「ヴィレム様。なんだか人が集まっておりますよ?」

「なにかあったんだろうか?」

「ヴィレム様はいつも揉め事に遭遇しますね」


 クレセンシアに笑われながら、「それは俺のせいじゃないよ」とヴィレムは口を尖らせた。


 さて、そうして現場に行ってみると、なにやら人だかりは青年の話を聞いているようだった。


「……というわけで、これから俺たちも駆り出されることになるだろう。そうなってからでは、どうしようもない。もし、戦争に行きたくないのであれば、今日中に学園をやめるといい。今ならまだ手続きもできるだろう」


 どうやら、王都から各領地へと出兵の要請が出されるという噂がこの学園内にもようやくやってきたようだ。


 ヴィレムは一足先に、学園の生徒として出兵する手続きを済ませていたが、彼らはまだだったのだろう。ともすれば、今日中にその話が彼らに伝えられるに違いない。


 この状況に彼らは戸惑っていたようだ。

 もちろん、話が本当かどうか、ということもある。嘘に騙されて学園をやめただけとなれば、悔やんでも悔やみきれない。


 けれどそれ以上に彼らを悩ませているのは、やめてどうするのか、ということだ。貴族の末弟や貧しい平民の子など、華々しい未来が待っているわけではない者も少なくない。いや、むしろそういう者だからこそ、この学園にやってきているのだ。


 ならば、命が惜しいと戦を避けるべくやめたところで、待っているのは臆病者との誹りだけだ。


 進むも逃れるも辛い道なのだ。ならば、せめて希望があるほうを選ぶことしか彼らにはできなかったのかもしれない。


 彼らは一様に押し黙り、急に重苦しい空気が場を支配する。


「……んだよ。そんなもん、ちょっと行って、生きて帰ってくりゃいいだけじゃねえか」


 一人の青年が苛立たしげに言う。彼は貴族らしく、身なりも綺麗である。

 それは自身を勇気づけるためのものだったのかもしれないが、誰もがそう受け止めるだけの余裕があるわけではなかった。すぐに別のところから声が上がった。


「お前はいいよな。たくさんのお仲間に守られて、ふんぞり返っていりゃいいんだから」

「なんだと!? 侮辱する気か!」


 そんな言い合いが始まると、あちこちに騒動が広まる。

 平民の子は誰もが護衛なんてつけられやしないし、絶望的な顔をしている。そして騎士の子と思しき者は、名を上げようと気合いを入れている者もいた。


 ヴィレムはそんな姿を見ながら、


(……ここで俺が学園に入った理由を知られた場合、どのように思われるのだろう)


 と考えていた。おそらく、いい顔をするものは一人としていないだろう。

 そう思っていたヴィレムだが、廊下の向こうに、こちらを見て不敵な笑みを浮かべる者を見つけた。その者はずんずんとこちらに近づいてくる。


「よお、久しぶりじゃないか。しがない貴族の末っ子(・・・・・・・・・・)さんよ」


 そう言って笑う人物は、ヴィレムも会ったことがある人物だ。


「まさかこのようなところで会うとは思ってもいませんでした。取るに足りない(・・・・・・・)騎士の三男坊(・・・・・・)殿」


 ヴィレムは正面から彼に向き合った。

 五年前、ヴィレムが力を手にしてから初めて訓練をともに行い、大舞台で会おうと告げた相手、シオドア・アーバスである。


 相変わらずけだるげな態度であるが、その肉体は見事に鍛え上げられているのだろう。動作一つとっても相変わらず安定していた。


「ヴィレム・シャレット――いや、ルーデンス魔導伯といったほうがいいか」

「別にどちらでも構いませんよ」

「じゃあ可愛くねえガキ」

「そこまで落としていいとは言ってませんよ!」


 ヴィレムはもうガキという年ではない、大人になったのだと胸を張る。シオドアは笑いながら、ヴィレムの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「そうだな。ずいぶん大きくなった。もういっぱしの魔術師なんだろうな。……で、お前さんはなにをしにこんなところに来たんだ?」


 王都にいればなにかとヴィレムの話は耳に入ったそうだが、そこまでシオドアは知っていないらしい。


「なにって……学園の生徒ですから、講義を受けに来たんですよ? そういうあなたはどうしてここに?」

「どうしてってそりゃあ……」


 シオドアはちらと後ろを見る。そこで成り行きを見守っている生徒たちの視線が、一斉にこちらに向けられていた。ルーデンス魔導伯といえば、ノールズ王国で一番の問題児かもしれないと見なされているくらいだから、気になって仕方がなかったのだろう。そしてシオドアと親しげにしているのも、理由の一員だ。


「俺がここの教官をやってるからだ」


 そういったシオドアに、ヴィレムは瞬きするばかり。

 よくよく聞いてみれば、「残念ながら、出世できる役職なんて回ってこなくてね。貧乏くじを引かされたってことさ」ということらしい。


 こんな学園にいては華々しい手柄を立てることもできないし、わがままな貴族の子を相手にしなければならない。誰もやりたがらず、断る権力のない、冴えない騎士の三男坊がやらされることになったのだろう。


 子守など嫌だと言っていた彼が、結局似たような仕事をすることになったのだから、皮肉なものである。


「……っと、こうしちゃいられねえ」


 シオドアはいったんヴィレムとの会話を打ち切って、生徒たちに向き直った。


「あー……聞いてるとは思うが、西国との戦争が行われることになった。そこで、お前さんたちにも出兵の要請が下った。詳しいことは後ほど伝えられるだろうから、そこで聞いてくれ」


 そう言うと、シオドアはもう話を終えた。

 生徒たちはその言葉に、いよいよ現実と向き合わねばならなくなり、がっくりとうなだれた。


 シオドアは彼らの様子を一瞥して、「こんなのを告げなきゃいけねえとは、まったく貧乏くじを引かされた」とこぼすのだった。


 そうなると、とても講義どころではない。

 学園はどんなところなのかと少々関心を抱いてきたヴィレムだったが、結局、周りの騒がしさのせいで、なにをするでもなく時間を潰すことになる。


「こんなことなら、焦ってくることもなかったかもしれないね」


 そう言うとクレセンシアが、


「たまにはよいではありませんか。馴染んで状況を把握しておくことは悪くありません。そのうちクリフさんも来ますし、そのときになにも知らないと言っては、威厳が失われてしまいますよ」


 とヴィレムをなだめるのだ。

 ヴィレムも異論があるわけでもなく、とりあえず状況を把握しようとする。


 シオドアがいなくなると親しい者も一人としていない彼だったが、辺りを見回していると、またしてもこちらに向かってくる人物を発見するのだった。


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