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7 過去の遺産

「先生を呼んでこい!」

「うわあああああ! 助けて、助けて!」


 阿鼻叫喚の巷となったこの場から遠のいていく者たちの中、ヴィレムはじっとしたまま動かない。


 怯えたわけでも、どうしていいかわからないわけでもない。

 魔導鎧が動くのだ。この退屈な学園で、これ以上に面白いことがあろうはずがなかった。


 実際に動くところはどんなものか、ヴィレムは食い入るように見つめていた。

 すると、魔導鎧が一歩踏み出した。金属特有の床を踏み鳴らす甲高い音は鳴らず、実に静かな移動だ。これならば、暗殺などの任務にすら使えるかもしれない。


 ヴィレムが呑気なことを考えていると、悲鳴が上がった。


「お、おおお前ら! どこに行く! あいつを食い止めろ! おい、おい! 俺はアバネシーだぞ! その俺の命令が聞けないって言うのか!」


 尻餅をついたまま、動けずにいるマーロ・アバネシー。

 彼の周りにいた貴族の子は我先にと逃げ出している。たった一人残されてしまった彼は、魔導鎧を見上げた。


 もはや、アバネシーの名はなんの意味も持たない。いかほどの高名であろうと、それは人を率いるための力に過ぎず、自分自身が敵を打ち倒す力にはなり得ないのだから。


 が、人波とは逆に動いてくる姿があった。マーロに向かってくる者がいた。


「マーロ様! ご無事でしたか! ラウハが今、参りますよ!」


 ぱたぱたと駆けてくる少女。だが、魔導鎧は表面の一部を剣に替え、すでにマーロへと狙いを定めていた。


 マーロは威圧され、動くことができずにいる。ほんの少しでも剣技を齧っていれば、結果は違っていたかもしれない。けれど、今となってはどうしようもない。


 クレセンシアはヴィレムをちらと窺うが、彼はもう少しだけ、と目で待つように告げる。


 そして魔導鎧が剣を振り下ろした瞬間、ラウハの悲鳴が上がった。

 だが、血が飛び散ることはなかった。割り込んできた灰色の髪の少年がマーロを蹴飛ばし、剣の軌道上から逸らしたのだ。


「偉そうな名を喚き散らしていながら、てめえの身も守れねえとはな。情けねえ」


 吐き捨てる少年目がけて、魔導鎧が立て続けに剣を奮わんとする。

 その直後、魔導鎧の頭部めがけて炎が撃ち込まれた。赤い炎に包まれるも、鎧は僅かばかり足を止めただけだった。


 すぐに炎が止むと、表面に幾何模様が浮かび上がっているのが明らかになる。魔術に対する防御が存在しているため、まったく効いていない。


 その魔術を放ったのは赤毛の少女。

 実力はまだまだだが、なかなか筋がいいじゃないか、とヴィレムは評価する。


 それから彼らを庇うように前に出た茶髪の少年少女は従者だろう。つまりあの二人もまた、貴族ということだ。


 ラウハは無様に助けられたマーロのところに行くと、早速彼を立たせる。


「マーロ様、逃げましょう。さあ、早く。大丈夫です、ラウハがついております」

「ふ、ふん! お前の手を借りる必要はない。俺を誰だと思っている。お前は先にさっさと逃げるがいい」


 そんな二人のやり取りを見ながら、クレセンシアはふと表情を緩めた。


「なんとなく、ヴィレム様と似たところがありますね」

「ちょっと待ってくれよ。俺はあんなに太っていないし、偉ぶってもいない。自分の実力を正当に評価しただけだ。それに、あんな横柄な態度を取ってもいない」

「ではヴィレム様から魅力と実力と謙虚さと人望を奪うと、似ているところがある、ということですね」

「それはもう別人じゃないか。どこが似ているって言うんだい」


 クレセンシアは笑いながら、ラウハを見ていた。

 貴族ならば従者など選び放題なのに狐の獣人をわざわざ傍においているところだろうか、とヴィレムは見当違いのことを考えていたが、やがて魔導鎧が本格的に動き始めると、彼自身も前に出る。のんびり見ていられるのもここまでだと。


「ヴィレム様、クレセンシアもお供いたしますよ」

「これはこれはありがたい。できるだけあの魔導鎧を傷付けないようにね。といっても、生半の攻撃じゃどうにもならないけれど」

「なにか策があるのですか?」


 クレセンシアの問いに、ヴィレムは笑うことで応えた。

 そして身体強化の魔術と同時に跳躍。一気に魔導鎧との距離を詰めると、魔導鎧の足を払いバランスを崩したところで、相手の体重を利用して一気に投げる。


 勢いよく床に叩きつけられた魔導鎧は、音一つ立てない。


「衝撃吸収の魔術か。よくできているな。これはますます、夜襲に向いている」

「ヴィレム様、どうなさるのですか!」


 起き上がりかけていた魔導鎧の頭を蹴飛ばしながらクレセンシアが尋ねてくる。

 ヴィレムはそんな彼女に、まずは付近にいる子の避難を要望し、自身は魔導鎧を嘲弄する。


「さあ、お前の魔術はそんなものか。どうした、折角現代に蘇ったのだ、存分に暴れるといい」


 そもそも魔導鎧に高度な意志はない。ただ、与えられた目的を成すだけだ。

 立ち上がり、剣を振るってヴィレムへと襲い掛かる。が、彼はさっと回避し、胴体へと風刃を撃ち込んだ。


 しかしこれに対しても幾何模様が浮かび上がるばかり。

 ヴィレムは傷付いていないことを知りつつ、何度も様々な魔術を撃ち込んでいく。


「おい、そこのお前! 魔術は効いていないぞ! 隙を作って逃げろ!」


 ヴィレムの様子に見かねて、そんな声をかけるのは先の少年だ。確かに傍から見ていれば無謀な挑戦にも思われる。


 しかし、当の本人はどこ吹く風、何度も何度も繰り返すばかり。

 そして魔導鎧が大きく退いた。そして剣を納めると、魔力が突如高まり始める。


 少年たちが口々に叫ぶ。逃げろと。

 さもありなん、これほどの魔力であれば、周囲を吹き飛ばすのも容易だ。咄嗟の判断としては悪くない。


 だが、ヴィレムは飛び込んだ。このときを待っていたのだ。

 魔導鎧の魔力が反映され、やがて魔術を発動させる中間生成物である幾何模様が浮かび上がる。あとほんの少しの時間で、魔術が発動してしまう。


 それよりも早く、ヴィレムは小刀を取り出して幾何模様へと突き刺した。


 途端、空中に浮かんでいた幾何模様が粉々になって飛び散る。ヴィレムはさらにそのほころびを突いた。


 魔導鎧へと突き刺さる小刀。

 それはほんの小さな傷を付けたに過ぎない。


 だが、魔導鎧は溶けるように地面に崩れ、中から少年が倒れ込んできた。ヴィレムは彼を引っ張り上げると、そこらに放り投げる。

 そして再び元の形を取り戻す魔導鎧をペタペタと触るのだった。


「ヴィレム様、お見事です」

「ありがとう。大したことはしていないよ」

「そうなのですか。中間生成物を砕いたのはわかったのですが、魔導鎧の制御はなぜ解けたのですか?」


 クレセンシアの質問に、ヴィレムは微笑んだ。やはりクレセンシアは才能がある。あの僅かな一瞬で、彼が行ったことをしっかり把握していたのだ。


 ヴィレムは掌の上に幾何模様を浮かべると、しばらくしてそれは砕け散った。


「魔導鎧は主人との間で、この中間生成物をやり取りすることができるんだ。だから取扱いに失敗すると逆流が起きて、制御を乗っ取られる。そんなわけだから、繋がりを破壊してやればこの暴走も解除されるんだよ」


 さも当たり前のことのように言うヴィレム。


 しかし、この時代では中間生成物の破壊、すなわち解除の魔術に関してはほとんど使われていなかった。

 というのも、魔術は神の奇跡であり、神聖不可侵のものと見なす宗教が広く浸透しているからだ。それゆえに魔術の破壊は神の奇跡の破壊とも取れるわけである。なにより魔術がすでに失われてしまったのが大きい。


「素晴らしい腕前だね」


 ヴィレムは声をかけられると、視線だけをそちらに向けた。ようやく先生たちがやってきたのだ。


「ありがとうございます」


 クレセンシアとの会話と違い、楽しげな様子は完全に消え去った。ヴィレムが無意識のうちに取った行動だった。権力を持つ者――といっても学園内限定だが――を警戒するような癖がついていたのだ。この戦いの部外者がやってきて興ざめしたのもある。


「魔導鎧が動いたのも驚きだが、それを倒してしまった君もまた驚きだ。……将来有望でございますね、イライアス殿」


 その言葉が聞こえ、ヴィレムはようやく振り返った。

 そこには騒ぎを聞きつけてやってきた父の姿がある。


 いったいなにを期待したというのだろうか。いったいどうして振り返ったというのか。

 ヴィレムは頭の中に浮かんだまとまらない考えをすべて押しやって、頭を下げた。


「父上、お騒がせして申し訳ありません」

「……自覚があるなら、それでいい。貴族たる者、その責任を一身に負わねばならないのだから」


 イライアスはそれ以上、なにも言わなかった。彼にも彼なりの思いがあったのだろう。貴族としての重責が、今の彼を形作っているのかもしれない。


 すっかり出番を失った先生方は、何事もなかったので安心する一方、悪ガキたちに手を焼いているようだ。まだ入学前なので正式な生徒ではなく、貴族の子なんかを叱ることもできないのだろう。


 一方、ラウハは先の少年少女に頻りに頭を下げており、マーロは居心地悪そうに、そんなラウハを眺めていた。助けられたのは事実だから、自身は感謝なんぞしないものの、従者は自由にさせているのかもしれない。案外、素直な少年なのかとヴィレムは思った。


 ヴィレムはふと視線を感じてそちらに目を向けると、魔導鎧に取り込まれていた少年がいた。

 敵愾心とも、憧れともつかない感情を向けられて、ヴィレムは不敵に笑う。逃げ去った貴族なんかより、こういったやんちゃなほうがよっぽど小気味がいい。


「その年で魔導鎧を動かしたのは、才能があると言ってもいい。失敗したからと言ってそう卑屈になるな、いずれお前が未来を掴むときは来るだろう」


 同い年でありながら大胆な台詞を告げるヴィレムに、少年は言葉を失った。恨み言の一つでも言われるかと思っていたのだろう。


「……あんたの名は?」


 その態度は、精一杯の反撃だったのかもしれない。なにもかも見透かされた子供がふて腐れるように。


「ヴィレム・シャレット。しがない貴族の末っ子さ」


 ヴィレムはそう答えると、少年に背を向けた。もう、振り返ることはしない。ここでの役目は終わったのだ。

 そんな彼をイライアスが呼ぶ。


「ヴィレム、帰るぞ。用件は終わった」

「はい。父上」


 クレセンシアとともに、帰途につく。馬車までの短い間だけだから、父との会話もないだろう。そう思っていたヴィレムに、イライアスが尋ねてきた。珍しいことだった。


「ヴィレム、学園はどうだった」

「色々と楽しかったです」

「そうか」


 イライアスが騎士とともに馬車に乗り込むと、ヴィレムもクレセンシアと別のものに乗った。

 そうして御者が出発の旨を告げると、ゆっくりと、二人は学園から遠ざかっていく。


 あと五年だ。あと五年の間――この学園から離れている間に、すべきことは山ほどある。ぼんやりしていれば、あっと言う間に過ぎてしまう。


「ヴィレム様、彼らに対して、あれでよろしかったのですか?」

「ああ、今はね。ただの名もなき末っ子に過ぎないのだから。けれどいつか、俺は名を上げる。誰もが追い付けない高みへと上り詰める。……そのときまでは、あれでいいさ」


 クレセンシアがそんなヴィレムに微笑んだ。

 もう数日と経たないうちに、ヴィレムの王都での滞在は終わる。

 次にこの王都に来るときは、まるきり違う自分になったときだ。ヴィレムは確信めいた笑みを浮かべた。


これにて第一章は完結です。

ヴィレムの王都での滞在は終わり、次章からはシャレット領に帰ってきてからの生活が始まります。


日間29位と、着々と上がっていてとても嬉しいです。このまま順調に上がってくれれば、と期待しながら執筆にも力が入ります。

ブクマ・評価してくださった皆様ありがとうございます。


今後ともよろしくお願いします。

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