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78 古代の施設


 炎に照らされた薄暗い通路を進んでいくと、ところどころに部屋があることがわかる。しかし、中にはこれといったものもなく、撤去されたことが窺える。あるいは、結局使われることがなかったのか。


「……うーん。なんだか監獄に似ているなあ。もしかすると、ここは魔術師の収容所だったのかもしれない」

「それならば、魔術的な防御に長けていたのも納得がいきますね」


 彼らの足音だけが響く中、ヴィレムは入り組んだ内部を歩いていく。やはり、逃亡防止のためだろう、容易に脱出できないようになっている。加えて魔術的な対策のためか、扉がしっかりと閉まっており隙間がなく、その向こうが探れなくなっている。それゆえに自ら探さねばならない。


 しかし、監獄となれば、ここには面白いものなどないかもしれない。あったとしても、白骨死体とか、呪われていそうな遺品くらいだろう。


「このように暗いと、なにかが化けて出てきそうですね」

「ここに閉じ込められたまま、非業の死を遂げた魔術師の霊が出るかもしれないね」


 ヴィレムが冗談めかして言うと、クレセンシアが笑う。


「ヴィレム様も似たようなものではありませんか」

「言うじゃないか。では、君にとりついてしまうとしよう」


 ヴィレムが後ろからクレセンシアを抱きしめると、彼女は尻尾でぱたぱたとヴィレムを追い払う。


 そんな戯れていた二人だが、背後からひゅうひゅうと冷たい音がする。無視することもできずに振り返れば、そこには無表情で突っ立っているディート。


「その魔剣、静かにさせることはできないのか?」

「さあ……鳴ったり鳴らなかったりしますから。ここには数多の死者がいたのかもしれません」


 そう言われると、さすがに気になってきてしまう。とはいえ、そんなものより、現実に牙をむいてくる魔物のほうがよほど恐ろしいものだ。


 そうしてなにかが起きるわけでもなく進んでいくと、かなりの広さがあることが明らかになる。隠し通路もあるらしく、いちいち探っていては途方もない時間がかかりそうだった。


 それゆえに先を急ぐと、ヴィレムは向こうで動く存在を見つけた。

 魔物だ。それも、あのときルーデンス領で襲ってきたものだ。


 ここを根城にしていたのか、それともたまたま紛れ込んでいたのか。いずれにせよ、倒さねばならない。


 ヴィレムが睨みつけるや否や、敵が突っ込んでくる。すかさず風刃の魔術により敵を切り裂くと、たったそれだけで敵は動かなくなった。


 これで片付いたのかどうか、ヴィレムが確認すべく一歩を踏み出した瞬間、背後の壁が変化した。


 突如せり上がってきた壁が、クレセンシアとディートの姿を消していく。


「シア!」

「こちらは大丈夫です! それより、そちらになにか――!」


 ヴィレムはすぐに風読みの魔術を用いて、付近の状況を把握せんとする。だが、その幾何模様が砕け散った。


(解除の魔術!)


 通常時はその影響を受けないように対策するとコストが大きくなってしまう。それゆえに細工をしていたわけではないが、これほど素早く反応されると思ってはいなかった。


 そしてうめき声を上げながら、闇の向こうから大量の魔物が迫ってくる。肉塊をくっつけただけの見た目は、暗がりで一層不気味に映った。


 ヴィレムはクレセンシアとの間に生じた壁に対して、魔術による穿孔を試みる。だが、そこには解除の魔術があらかじめ仕掛けられており、これまで以上に時間がかかることは明白だった。


 その間にも敵は迫ってきている。

 ヴィレムは敵へと風刃の魔術を放つも、幾何模様が思うように生じない。そこで彼は気がついた。


 空気中に気づかないほど微量ではあるが沈黙の大樹の粉末があることに。咄嗟に風の壁を生じさせ、これ以上の付着を妨げるも、結合してしまったものは時間をおいて排出されるのを待つしかない。


 油断していた。慢心が招いた結果だ。

 このやり方は魔術師を相手にしたときのものだ。それも、かつての魔術師の技術を使用して。


 これまでの攻撃とこれは違う。明らかに魔術師たるヴィレムを敵と定めて狙い撃ってきたのだ。


 ヴィレムは剣を抜き、迫る魔物を切り伏せていく。一体、二体と倒れていく中、血肉が吹き飛び、撒き散らされる。


 そしてほとんどが片付いた瞬間、突風が吹きつけてきた。

 その勢いに、ヴィレムは壁に叩きつけられる。そして口を開けてしまった。


 魔物はこちらを物理的に倒そうとして放ったのではない。目的は内部に蓄えられていた物質を吸い込ませること。おそらくは微生物だ。


 ヴィレムは咳き込みつつ、風が止むと向こうから近づいてくる人物を捕らえた。

 闇の中から、濃紫のローブが浮かび上がる。仮面を纏った魔術師だ。


 やつがルーデンス領に攻撃を仕掛けてきていた犯人だろう。これまでの相手とは、雰囲気がまったく違う。これはまるで……


「……随分と、汚い手を使うじゃないか。禁術に、沈黙の大樹、生物兵器。魔術師のやり方じゃない」


 ヴィレムは吐き捨てるように言う。そんなやり口の男が、濃紫のローブを纏っているのが気にくわなかった。


 魔術師とは、魔術のみの攻防において相手を出し抜き、圧倒するものである。その技量に劣る者が、魔術師ならざる者が、このような手で劣勢を覆し戦ってきた歴史があった。


 相手は答えない。しかし、雰囲気が変わるのをヴィレムは感じ取った。


 敵が土の魔術を用いると、壁面がすぐに変化する。すでにこの建物の構造を把握しており、それに相応しい術を使ったのだ。


 盛り上がり迫ってきた壁を回避し、ヴィレムは解除の魔術を試みる。しかし、その幾何模様は複雑な構造を取っていたため、思うように解除することができない。


 ヴィレムは背後の壁に穴を開ける余力もなくなり、防戦に回らねばならなくなった。

 こちらから放つ魔術は敵に届く前に遮られ、そのローブに埃をつけることすらかなわない。


(正直、これは参ったな……)


 平時ならば魔術の技量にものを言わせて魔術を解除し、相手に攻め込むこともできただろう。しかし、沈黙の大樹の粉末が邪魔をする。


 この沈黙の大樹の粉末が排除されるよう、体内での調節も行っているが、どうしても時間がかかってしまう。それまでは堪え忍び、使えるようになったとき、一気に敵を叩くしかない。


 ヴィレムが長期戦を行う覚悟を決めた瞬間だった。

 背後からすさまじい音が鳴り響く。そして暴風が吹き付けてきた。


 立ちはだかっていた壁はぶち抜かれ、無愛想な少年が剣を握っていた。解除の魔術に似た効果を持つその剣ならば、壁すらも打ち砕くことができたのだろう。あまりにも力任せなやり方に、ヴィレムは苦笑いする。でも、嫌いではなかった。


 風の音を鳴らす魔剣は付近の空気を一気に吸い込んでいく。

 そしてディートは跳躍し、敵の魔術師へと一気に距離を詰めた。


「この怨嗟を糧に嘆け! 風の魔剣、リーズ!」


 風の音が鳴り響く。

 次第に膨れ上がった漆黒の風が、敵目がけて放たれた。


 空間を埋め尽くすほどの暴威がその姿を飲み込み、突き進んでいく。


「なにやってるんですか、ルーデンス魔導伯」

「これからいいところだったんだよ。それより、気をつけるといい。あれで死ぬようなやつじゃない」


 風が通り過ぎていくと、そこからあの男の姿が現れる。ローブは汚れていたが、傷はついていないようだ。


 ディートは剣を構え、クレセンシアがヴィレムの前に出る。

 一人で戦っているわけではない。ヴィレムはそのことを実感しつつ、敵を見据えた。


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