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77 あの山脈へ


 大勢の魔術師を引き連れて、ヴィレムは帝国領にやってきていた。

 東の山脈の一分を有する領地を管理する貴族が寝床を提供してくれることになっていたため、寝泊まりのためのテントなどは持ってきていない。


 帝国領の城ならばさぞいいところだろうと思っていた魔術師たちは、肩すかしを食らうことになった。


 ここは帝国領といえども辺境だ。そしてその辺境の中でも西の山脈よりの都市ゆえに田舎で、さらに防衛機能を重視した都市なのだ。


 当然、彼らが期待するような豪華なベッドなんかあるはずもなく、硬い木に布を敷いただけの粗末な寝床が迎えてくれた。


 ヴィレムは到着したときには、すでに帝国から派遣されてきた者がこの地で活動を始めていたようだ。皇帝に言われた日時よりも早くに来ているあたり、せっかちな人物なのかもしれない。


 そしてヴィレムは、これからその人物と会うことになっていた。

 ある一室で待機していると、一人の男性が案内されて中に入ってきた。


「お待たせしてしまったかな」

「いえ。こちらこそ、遅くに来てしまい申し訳ありません」

「あれは私が勝手にやったことだから気にしなくていい」


 そう言われても、なんとなく気兼ねしてしまうものだ。しかし、ヴィレムは言われたとおり、まったく気にしないことにした。そんなところが、普通の人と違うところである。非常に精神的に落ち着いている、悪く言えば面の皮が厚いのだ。


「ヴィレム・シャレットと申します」

「話は聞いているよ。最近はルフィナが君の名前を出すようになっていてね。私はアスター・デュフォー。この姓が表すとおり、第三皇子さ」


 ヴィレムの想定を超える人物が現れた。ルフィナから聞いていた話では、変わり者ということだったが、いったいなんのためにやってきたのか。単に応援するために来たはずはなかろう。


「第三皇子と言っても、そこらの貴族たちとなんら変わらない。それに、血筋になんの意味があろうか」


 アスターはその血を嫌っているようだった。父とのつながりを、真っ向から否定したのだから。なにか理由があるのかもしれない。


 彼はそれから、ヴィレムをじっと見る。その瞳に、なぜか見覚えがあるような気がした。


「さて、今回は魔物を倒してくるだけだ。そう難しいこともあるまい。君の活躍を期待しているよ」


 さらりと言ったアスターは、退室していった。

 つかみ所のない人物だが、ヴィレムは少しばかり普段と違う印象を抱いていた。


 彼の部屋に戻ると、クレセンシアが「どうでしたか」と尋ねてくる。


「やってきた人物というのは、第三皇子だったよ。うーん……俺はこれまで彼に会ったことがあるだろうか?」

「まさか、そのようなことないでしょう。帝国に行ったのだって、これが初めてですし。気のせいではありませんか?」

「ルフィナ様の血族だから、そう感じたのかもしれない」


 さて、明日から本格的に調査が始まると言うことだ。余計なことを考えている暇などないだろう。


 魔術師たちに予定を伝達し、ヴィレムは万全の準備で挑むのだった。



    ◇



 帝国西の山中に足を踏み入れると、そこはやけに静かだった。

 動物の鳴き声は聞こえるが、強力な魔物が暴れている気配はない。


「こちらではなにもなかった、なんてこともないだろうけれど、こうも静かだと気になってしまうな」


 ヴィレムは辺りを見回して呟く。

 今はアスターとは別行動をしているため、付近にいるのはクレセンシアとディートのほか、二人の魔術師だけである。


 ほかの者には周囲を探ってもらっており、定期的に連絡を取り合っているため、少し距離がある。


 さて、その山中を探し回っていたヴィレムだが、敵が見つからない。さすがに目視だけではどうにもならないので風読みの魔術を使って調べていくと、地下に空間があることが判明する。


「……結構広いみたいだな。外からじゃあまりわからないようになっているけど」

「じゃあ穴を開けて入ってみればいいんじゃないですか」


 ディートがそんな提案をする。あまりにも直接的すぎる方法に、ヴィレムはちょっと呆れる。


「おいおい、そんなやり方をする者がどこにいる? お前は俺をなんだと思っているんだ?」

「ルーデンス魔導伯ならできるんじゃないですか?」

「確かにできるけれど……」


 ヴィレムは魔術師隊の者たちに自分はいったいどう思われているのかを、最近知らされることが多くなった。


 クレセンシアはちょっと不満げな彼を見て、くすくすと笑う。


「シアまで、俺がとんでもないことばっかりやってると思うのかい?」

「大魔術師というのは、そういうものではありませんか?」

「確かにそうかもしれないけれど……。じゃあ、それでいこうか」


 ヴィレムもこうなってはなかば意地を張っている。

 しかし、元々直接的な方法を好み、回りくどいやり方を嫌う彼の性格をよく当てていたとも言えよう。


 彼は魔術を用いて地下を探っていく。

 内部構造はいまいちわからないような作りになっているため、とりあえず入り口を開けてからになろう。


 しかし、いくらなんでも土中に住む生物でもないのだから、潜っていきたいわけもない。


 比較的深さがないところを見つけると、ヴィレムはそこに入り口を作ることにした。

 それから現場に到着すると、いくつもの幾何模様を生み出した。土の魔術により地面を掘っていくと、硬い金属に突き当たる。


「……おや? これは、どうにも古い建造物のようだ」

「わかるのですか?」

「魔術により作られた建物なんだけど、今の時代にこれを作れる技術はないよ。なんせ、何十人、何百人という魔術師を集めて作るのだから。それに物質の状態からも、少なくとも数百年は経ってるはずだ」


 この古代の遺物がなんのために作られたのかはわからないが、魔物の住処となっているのなら、手を打たねばならない。


 ヴィレムは早速、先ほど作り出した穴へ飛び込み、その建造物の壁に手を触れる。

 幾何模様を生み出し、魔術により物質の構成を変えていく。そうしてもろくしたところを溶かすようにして、入り口を作ろうとするのだが、魔術的な防御が働いているようで、なかなかうまくいかない。


「しばらく時間がかかりそうだ。敵が来ないか、見張っててくれ」

「いや、もう来てますよ」


 ディートは懐から魔剣リーズを取り出した。真っ黒な塊が腕に絡みつき、剣を形作っていく。


 そして次の瞬間、木々の合間から異形の化け物が現れた。それはかろうじて人の形を保っているが、もはや肉塊と言ったほうが近いかもしれない。


 ルーデンス領を襲撃してきたものと同一の個体だ。ディートのそちらを見る表情が険しくなる。


 唸りながら迫ってくる敵へとディートが剣を構えたときには、すでにクレセンシアが背後に回っていた。

 鋭い一突きが胸部を貫通し、串刺しにすると、敵の動きが止まる。そこをディートは見逃さなかった。


 魔剣リーズが数度翻ると、敵の四肢はばらばらになり、首が落ちる。

 ひゅうひゅうと戦慄く音だけが、虚しく響いていた。


 動かなくなった敵を見ながら、ディートは魔剣リーズを元の形に戻し、懐にしまい込んだ。この剣は切れば切るほどに、その切れ味が増していくような錯覚に陥る。それはきっと、この身に怨嗟の声が染み込んでいくからだとディートは思う。


 けれど、それでいい。この力が現状を変えていってくれるのだから。


「ルーデンス魔導伯。もう付近にはいないようですが、万が一そちらに飛び込んでいったときは、ご容赦ください」


 ディートが穴の中の彼に声をかける。


「いやおかしいだろうそれ!? 普通、主君を命がけで守るものだろう! 差し違えてでも防いでみせますとか言うものじゃないのか!?」


 突っ込むヴィレムだったが、ディートはもう付近の警戒に当たっていたので、これ以上なにも言わずに渋々、壁を掘り進む作業に注力する。


 やがて壁がどろりと溶けて、数人通れそうな入り口ができる。ヴィレムはそこから幾何模様を内部に入れ、風読みの魔術を用いる。


 空間的に連続しているならば、魔術も減衰することなく、遠くまでしっかり届かせることができる。


 ひとまず付近に敵がいないこと、そして内部が毒ガスで満たされていないことを確認すると、ヴィレムはひょいと飛び降りた。


 薄暗いそこにいれば、今にもなにかが飛び出してきそうな不安に駆られそうなものだが、ヴィレムは平然とした顔で上に告げる。


「シア! 俺はここを探る。入り口の見張りと、入り口付近の防備を固めるべく、応援を呼んでくれ!」


 クレセンシアはすぐに応じて、魔術を用いて連絡を取る。


 ヴィレムは応援が来るまで、現在地から見える場所を確認していく。中はそこまで汚くなっていることはなく、数百年間、誰も入っていなかったわけではないようだ。しかし、物音はなにも聞こえてこない。


 この先になにがあるのかはわからないが、魔物の危険がないわけではない。ヴィレムは気を引き締めるのだった。


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