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76 それぞれの決断


 皇帝トレヴァー・デュフォーとその長男マーカス・デュフォーは、誰もいなくなった部屋にいつまでも残っていた。


「……彼は味方になると思いますか」


 先に言葉を発したのは、マーカスのほうだった。

 マーカスは先ほど、家臣の中に紛れて様子を見ていたのだが、彼が皇太子であるとルーデンス魔導伯が気付いた気配はない。


 トレヴァーはその問いに答えず、逆に尋ねた。


「あの者はいくつと言っていたか」

「十四と聞いております。あの年で領主をやっているのも頷けますが、やはりまだ子供。場慣れしているようには見えませんね」

「……お前にはそう見えたか」


 意味がわからず疑問を顔に浮かべるマーカスに、トレヴァーが首を横に振る。あまり感情を見せることをよしとしなかった彼が、今ばかりは表情に浮かべることをためらわなかった。


「あやつはとんでもない化け物だ。見たか、私が初めに問いかけたときの顔を」

「緊張していたように見えましたが……」

「あれは獲物を定めた獣の顔よ。まだ未熟なところもあるからこそ、そうして綻びもあるが、いずれは自分すらも騙すようになるだろう。目的のために自身を殺すことは、為政者ならば誰しも経験することだが、徹底することはそう容易くない」

「それは父上も、ですか?」


 トレヴァーは笑い、彼に答えを与えなかった。いずれ帝位を継げばわかることだと。

 一方でマーカスは釈然とせず、なんだかはぐらかされたように感じていた。果たして本当に父が言うように、あの田舎貴族がそれほどの人物なのかと。


 そこには少しばかりの嫉妬もあったのだろう。マーカスは温厚で人付き合いも得意だとされていたが、逆にそれくらいしか取り立てて言うところがないということでもあった。

 要するに、彼は凡人なのだ。そして皇帝の器ではないということ。自覚しているからこそ、その事実がなおさら重くのしかかる。


 そして非凡な者といえば、彼には思い浮かぶ人物があった。


「とんでもない化け物といえば、うちにもいるではありませんか」


 何の気なしに呟いただけだったが、トレヴァーは真剣な表情で考え始めた。マーカスはなにを思っているのかわからなかったから、せめてのこと、と静かにしていることにした。


「……あいつに任せるか」

「よろしいのですか?」

「許可を与えたとはいえ、ルーデンス魔導伯を自由にしておくわけにはいかぬだろう。そこは我々の領内なのだから」

「では、そのように進めておきましょう」


 マーカスは一礼すると、退室していく。

 彼が出て行った後も皇帝は玉座に座ったまま、視線を下ろしていく。


 今一度、先ほどまでそこにいた人物を思い浮かべ、それからようやく立ち上がった。彼がこの国になにをもたらすのか。それが不穏なものならば叩きつぶしてくれよう。老骨といえども、戦いを続けてきた者の風格があった。



    ◇



 西へ向かう馬車からは、賑やかな声と嘆息が漏れていた。


「はあ……」


 なんだかうなだれているのは、竜の手綱を引くヘイスだ。


「どうしたヘイス。そんな大きなため息をついて。悩みでもあるのか?」

「ヴィレム様のいちゃつく声を聞かされ続ける身にもなってくださいよ」

「いつもその辺の女性に声をかけているじゃないか。この先の村にも女性くらいいるんじゃないか」


 そう言うと、ヘイスはまたまた呆れたようにため息をついた。


「女に困ったことがないヴィレム様にはわからないでしょうね。はあー……。華やかな帝都を離れ、西に向かうのがこんなにつらいなんて」


 いつも女性と浮き名を流しているヘイスに言われると、ヴィレムも納得できないものがある。


 なんとも辛気くさい男がいるが、そのうち相手をするのも面倒くさくなって、ヴィレムはほったらかしにすることにした。


「それにしても……皇帝の真意はなんだったのだろう?」

「ただヴィレム様を見たかっただけではありませんか?」

「そうだといいんだけど……どうにも読めない相手だった」

「とはいえ、目的は達成できそうなのですから、よいではありませんか。魔術師たちにもいい報告ができるのですよ?」

「果たして本当にいい報告なのかどうか。帝国からも兵が派遣されるというから、なにか企みがあるのかもしれない」


 いったんシャレット領に話を持ち帰った後、兵を引いて戻ってきて合流する手筈になっていた。合流場所が中間地点ではなく、帝国西の村になっているのは、ノールズ王国とデュフォー帝国の力関係を明確に表していると言えよう。


 帝国から来るのはどのような人物かと考えながら、ヴィレムは西に進むのだった。



    ◇



「……ということがあったんだ」


 ヴィレムはルーデンス領に戻ってくると、早速オットーと会議を行っていた。


「とりあえず、そう決まったのでしたら、兵を出さないわけにはいきませんね。ヴィレム様がやられるとは思っていませんが、魔術師たちまで危険なところに首を突っ込ませるわけにはいきませんから、気をつけてくださいよ」

「……俺の心配はしてくれないのか?」

「するだけ無駄でしょう」


 心外だとばかりに肩をすくめるヴィレムに、オットーは続ける。


「まったく、王都に行って話をするだけなのに騒ぎを起こしたのは誰だと思っているんですか」

「あの事件に関して、俺に責任はないじゃないか」

「それにヴィレム様はクレセンシアさんの言うことしか聞かないじゃないですか」


 ヴィレムはそう言われると、返す言葉がなかった。隣のクレセンシアは満足げに胸を張り、尻尾をゆったり振っている。


 彼自身は話をきちんと聞いているが、ルーデンス魔導伯はクレセンシアから話をしてもらうとすんなり案件が通るという噂があるせいで、彼女から間接的に告げられることが多くなっているのも事実だった。


 もちろん、ヴィレムが公私を混同しているわけではない。ひとえに街の規模が大きくなり、組織内では相対的に彼の立場が高くなったため、直接言ってくるものが減ったのが主な要因だろう。


 だからオットーのように明け透けに言ってくれる人物は貴重なのだが、こうもひどい扱いを受けると、なんとなくすねたくなる。


「なにはともあれ、お疲れ様でした。帝国相手によい成果を上げられたのではないかと思います」


 そしてヴィレムが不満になったタイミングで持ち上げてくる。わざとやっているのではないかと思うくらいに。


「……なあ、オットー。もしかして俺をからかって遊んでいるのか?」

「はい? そんな暇があると思いますか? ヴィレム様が仕事をたくさん持ってくるせいで、寝る暇もないというのに」

「いつもすまないな」

「こういうことは、ヴィレム様が苦手な部分ですからね。そして私の仕事ですから、お気にせず」


 すっかり板についているオットーは、もうシャレット領にいた頃のさえない少年とはまるで違う。ヴィレムが変わってきたように、彼も変わってきたのだ。


 けれど、それでも変わらない態度は非常にありがたいものだった。


「そういえば、次は誰をつけてくれるんだ? もうヘイスはこりごりだぞ。なんだか帝国に行ってから気色が悪い」

「心配しなくとも、山中に行くのですからその選択肢はありませんよ。暇そうにしているのなら、ディートがいますが、どうしますか?」

「よし、あいつにしよう。あいつは無口だから、丁度いい」


 ヴィレムが納得すると、オットーは早速ディートを呼び出すことにした。決まったら後回しにせず片っ端から片付けていくため、非常に進行が早い。


 あっという間にやってきたディートはぼさぼさ頭でローブも纏っておらず、到着するなり大きな欠伸をかました。


 しかし、オットーはまったく意に介していないようだ。むしろ身嗜みを整えてくれば、そんなものはいいからさっさと来いと言う性格だから、オットーに関してはこれが普通なのだろう。運悪く、ヴィレムがいただけで。


 ディートはヴィレムとクレセンシアを見るなり慌てて口を噤んだ。そんな仕草も、ヘイスを見た後だと微笑ましく思われる。


「オットーさん、用事はなんですか?」

「帝国と共同で東の山脈における魔物討伐が行われることになった。そこでヴィレム様とともに、隊を率いて討伐に当たってもらおうと思っている」

「わかりました」

「よし、子細はあとでまとめて伝える」


 ディートは頭を下げると、部屋を出て行った。欠伸の音を残しながら。


「……無愛想だな、あいつ」

「それがいいと言ったばかりではありませんか」


 ヴィレムの言葉にクレセンシアが苦笑した。

 ともかく、そうしてヴィレムは問題を孕み続けてきた東の山脈を調べることになったのであった。


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