表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/124

72 つながり

 魔術師たちがシャレット領東の山中を駆けていた。


 彼らは木々の向こうに逃げる魔物を見つけると、素早く幾何模様を生み出した。そして次の瞬間には、魔物の首が落ちている。


 一人の魔術師がそれを確認しに近づいていくと、別の少年が声をかける。


「……もう国境が近い。あまり深入りしないほうがいい」

「じゃあこいつも埋めちまうか?」


 死した魔物の元にしゃがみ込んで眺めながら、一人が言う。そんな少年への反応は呆れたものだ。


「馬鹿、そんなことしたら、『人がいましたよ』って自分から言ってるようなものじゃないか。第一、土中は腐敗が進むのがかなり遅い。仮に発見されなかった場合、何年も証拠が残るってことだ」


 それならばどうするのか。不満たっぷりに口を尖らせる少年に対し、別の少年が風の魔術を用いると、あっという間に魔物は肉片へと変貌を遂げていく。そして広がらないよう、空中に浮かべると、炎の魔術で灰に変えた。


 浮かび上がった灰は風に乗って、流れていく。こうなっては、魔物がいたことなど誰もわかりやしない。


「それにしても……面倒くさいな。わざわざ駆除してやるっていうんだから、ありがたく受け入れりゃいいのによ」


 言いつつ、東のほうを眺める。

 ルーデンス領の動乱があってから、こうして魔術師たちが魔物を駆逐する仕事が多くなっていた。


 もちろん、平和を確保する意味もあるのだが、魔術師たちを鍛える意味もあった。ヴィレムがシャレット領にいた頃からの魔術師は幾度となく人、魔物との戦いを経験しているが、新米の魔術師たちには人を切ったことがない者たちもいる。


 そして魔力を生み出す器官、魔核を成長させる意味でも、魔物との交戦および摂取は有効である。


 だから方針として問題があるわけではないのだが……。


「ルーデンス魔導伯も、躍起になって犯人捜しをしているように見えるな。無理もないし、気持ちは同じだが……」

「お前みたいな馬鹿と一緒にするなよ。そもそも、感情だけで動けるわけがないだろ。オットーさんとクレセンシアさんがついているんだから」

「じゃあなんだって言うんだよ」

「さあな。そんなの俺が知るものか」


 ルーデンス魔導伯とて知らぬことだ。憶測や推測を伝達すれば混乱を招くため、今のところは安全の確保以上のことは言えなかったのである。


 彼らもそれくらいは理解している。理解していても、納得できないことはある。そして納得できないが誰も解消するすべを持っていないからこそ、不満は募るのだ。


「偉そうなこと言っておいてなんだよ。お前だって、馬鹿じゃねえか」

「そうかもしれないが、少なくともクリフさんはルーデンス魔導伯の動きを認めて確信を持って動いているし、俺はクリフさんを信頼している。それ以上のなにが必要だって言うんだ?」

「そんなことはわかってるさ。ルーデンス魔導伯の働きも、だから今の俺たちがあるってことも。でもさ、なんというか……隊も大きくなったなあって思うんだよ。組織的になるほど、下の者は知らされることが少なくなる。戦いで死ぬことだってあるんだ。それなら、俺は明確な自分の意思で、魔術師でありたい」


 魔術師トゥッカの死は少なくない影響を与えていた。とりわけ、魔術師隊の者には。

 だから彼らも自分たちで考えるようになったとも言える。その善し悪しはともかく、ルーデンス領の発展の熱から覚め、少しだけ冷え切った現実が見えてきたのであった。


 そうなると、彼らも領の外に目を向けなければならなくなる。全く全貌が見えてこない敵。一枚岩ではない、敵味方わからぬ王。動向も探れぬ帝国。


 考えれば考えるほど、見えない状況に不安が募る。

 だからある者は妄信的に従うことで安寧を求め、ある者は考え続けることで意志を固めていた。


 そんな彼らは揃って、東を眺める。その先には帝国領があるはずだが、そうと知っていて事実そうなのだろうが、決してそこは見えやしない。


 なにがあるのか。彼らはその先を求めた。



    ◇



 ルーデンス領、主都の居館にヴィレム・シャレットはいた。

 彼とともに、オットーとクレセンシアが机を囲んでいる。


「……やはり、誰かが意図的にこの山中で実験を行った、と見てよさそうだ。あれほど大規模な襲撃ともなれば、証拠を一切残さぬことも難しかったのだろう。もしかすると、今頃はこのルーデンス領の主都を占拠してゆっくりと後始末をしている予定だったのかもしれない」


 ヴィレムが地図を見ながら言う。

 地図上にはいくつもの点が書かれており、それが魔物の発生場所と対応している。その点は色分けがなされており、同系の色はまとまった同心円を描いて見える。


 色は遺伝的な一致具合などを考慮してつけたものである。そしてその比較対象は、あのとき襲ってきた異形の化け物。


 要するに、各出現場所でそれぞれ遺伝的に異なる魔物が現れている――研究が何段階にも分けて行われていたということだ。


 つまり、研究が何年も連続的に山中で行われていたということになる。おそらくはシャレット領で襲ってきた魔術師がなんらかの形で関わっているに違いない。あれで終わりだとばかり思っていたが、敵は常にこちらを狙ってきていた、あるいはあの山地でやりたいことがあったのかもしれない。


「これだけでははっきりしたことは言えませんが……帝国側でどうなっているのかを知りたいですね」


 クレセンシアの視線の先には帝国領がある。

 地図では、山脈の王国寄りの部分しか調査されていないため、そこはなにも記入されていない。そしてノールズ王国の帝国寄りの部分――山嶺に近いところほど、より多くの魔物が観測がされていた。


 実験を行われた魔物は帝国のほうに行くほど多いのか、それとも山嶺付近だけなのか。調査を進めたいとこだが、国境を越えるわけにはいかない。今現在、王国と帝国の緊張は高まっており、不用意に刺激することは避けたいのだから。


「あんな事件があった後だ。いつまでも放っておくわけにはいかないさ。動かねばならない」


 ヴィレムは表情を引き締める。

 先送りにしてきた結果が、あの事件なのだ。そしてあれがあったからこそ、緊張状態にあるのであり、そして行動を起こす理由がある。


 オットーがヴィレムを見てから慎重に言う。


「ひとまずは使者を出して様子を見ましょう。相手が帝国そのものなのか、それとも帝国の中でも派閥があるのか、はたまた無関係の者なのか。帝国からも遠い山嶺だけならば、帝国にも隠したい行動である可能性が高いです。もちろん、自国に被害がでないように、と考えた可能性もありますが」

「それはなにもわからないとのなにが違うんだい?」

「わからないことがわかるのですよ。手持ちに情報があるかどうかで大違いです」


 おどけて言うヴィレムに、オットーが真剣に返した。そうして場がわずかに緊張から解放されるも、ヴィレムが促すと、オットーも続ける。


「こちらの協力の申し出を拒否すれば、やましいことがある可能性が高いでしょうね。言い合いになれば、力が弱い我が国が押されるはずですから」 

「しかし、なにかあると見られないように、あえて調べさせる可能性もある。なにもわからないことがわかると言うのだね?」


 しかつめらしくヴィレムが言うと、オットーは肩をすくめた。

 さて、そういうことで話がまとまると、今後具体的にどう動くかを考えねばならない。


「あまり時間的な猶予はないかもしれません。西国との戦争の気配もありますから」


 ヴィレムはオットーを見て頷く。

 これは噂に過ぎないことだが、アルベール王は長らく交戦状態にある――といっても実質的には小競り合いが何年と続いているだけなのだが――西国を本格的に攻めようとする動きを見せている。


 そうなれば、帝国とやり合っている暇などない。

 あの事件が風化しないうちにやらねばならないことでもあるし、できる限り早く行うべきだった。


「うーん。手紙を出すにしても、誰にしようか。そもそも、俺が知っている相手があまりにも少なすぎて、選択の余地もないのだけれど」


 ルーデンス領に隣接している帝国の領地を管轄している者に手紙を送ってもいいかもしれないが、どんな人物なのかわからない以上、迂闊なことはできない。


 悩んでいると、クレセンシアが顔を上げる。


「ルフィナさんにお手紙を出してはいかがでしょうか?」

「それしかないかなあ。どうせなら直接参上して、なにか手土産に――と、そうだ。彼女とは睡眠薬の話をしたんだった。さすがにそれをあげるわけにはいかないけれど、なにかをきっかけに彼女のところに行こう。そして帝国内の視察とともに、話しやすい文官を紹介してもらおう。帝国は皇帝の権限が強い中央集権体制だから、おそらく田舎とはいえ国同士で交流するとなれば、ある程度上に通してもらう必要もあるし、なかなかいいんじゃなかろうか」

「提案したのは私ですが……なんだか、利用するみたいで気が引けますね」


 クレセンシアが苦笑する。

 しかし、ヴィレムも単にそれだけの理由ではなく、あの姫君には友人として好印象を抱いているため、会いに行くのはやぶさかではないのだ。


「半分くらいは冗談だよ。しかし、領主ともなれば気軽に他国に入るわけにはいかないし、彼女に会いに行くという理由が必要なのは間違いないね」


 とにかく、敵情視察などに取られないことが大切なのである。帝都まで行ってしまえば、あとはどうにでもなろう。


 ひとまずはアバネシー領を経由して帝国領まで行き、取り次いでもらうことだろう。


「マーロくんに頼めばなんとかなるだろう」

「まあ、ルーデンス魔導伯は人任せなのですね」

「信頼しているんだよ」

「体がいいとも言いますね」


 クレセンシアとひとしきり笑いながら、ヴィレムは出立の準備を始める。これはおそらく、ルーデンス領のみならず、アバネシー領にも関わっている出来事だ。情報を共有しておいても損はなかろう。


 そう考えている時点で、すでにマーロを味方として認識していることになるのだが、ヴィレムはそれでいいと判断していた。そしてあの姫君に関しても、似たようなことが言えるだろう。


 彼の腹の奥底ではいまだに消えない炎がくすぶっている。その熱は彼を孤独へと誘いかけるが、そのたびにクレセンシアは隣で微笑んでくれる。だからヴィレムもまた、魔術師ヴィレムとして、レムと同じ轍を踏まないように一歩一歩自分の道を進んでいくのだ。


 いよいよ、ルーデンス魔導伯は者どもの期待を一身に背負いながら、帝国領へと運命に導かれるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ