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69 誓いを胸に


 ルーデンス領東の都市では、激戦が行われていた。

 付近の都市からできるだけ魔術師を集めたとはいえ、迫ってくる敵の数は計り知れない。


 傷を負った魔術師は都市に運ばれると、再生の魔術を用いられて起き上がるなり、戦場に舞い戻っていく。総数が少ないため仕方がないことなのだが、いつまでもそんなことをしていられるわけでもない。


 いずれは魔力が尽き、戦うこともできなくなるだろう。

 それまでに片を付けたいところであったが、決定力に欠けているのが実情だった。そして普通ならば、何度でも立ち上がってくる彼らに恐怖を覚えるところだが、今の相手は微塵も恐れずに迫ってくるのだ。


 どころか、感情があるかどうかも怪しい。ひたすら向かってくる敵は、どれほど味方が倒れようとも気にすることもなく牙をむく。


「くそっ! これじゃあキリがない!」


 四足獣の魔物や異形の化け物を倒していくが、次第に突破されることも多くなってきた。なんとか市壁で仕留めていくが、ここまで近づかれていては都市に侵入されるのも時間の問題である。


 風刃の魔術を放ち、最小限の魔力で敵を断ったトゥッカは、次の敵を探さんと視線をぐるりと移動させる。


 と、そこで彼には思い出す経験があった。彼が初めて魔術師として認められた瞬間だ。

 顔割れ族の討伐を見事成し遂げたのは、トゥッカにとっても初の大仕事だった。そしてあのときは、魔物と化した顔割れ族に守られた魔術師がいた。


 今回も襲ってくる相手がことごとく都市への侵入という明確な目的を持っているにもかかわらず、思考をしているようには見えないのだ。ならばどこかで命令を下している者がいてもおかしくはない。


 トゥッカは目を凝らし、風読みの魔術を用いる。

 と、向かってくるものだけでなく、魔物間を移動している存在があった。


 ひらひらと動くは濃紫のローブ。魔術師の証。

 だが、それはルーデンス魔導伯から支給されたものとは色味が僅かに異なっていた。


 ――見つけた。


 トゥッカはその敵を追わんとする。だが、相手はすぐに移動してしまい、魔物に紛れどこにいるのかわからなくなった。


 それだけではない。視認に意識を向けていたせいで、彼の周りには倒しきれなかった魔物が集まっている。そしてやつらが咆哮を上げた。


 瞬間、彼は腕を突き出した。腕に纏わりついていた竜銀が瞬く間に形を変え、いくつもの剣と化して飛散する。


 魔物どもの肉体をあたかも空中に縫い付けるように止めると、素早く発動された風刃の魔術が敵を断った。剣は剣士隊のものほど上手くは扱えない。だから魔術師らしく用いようと悩んだ結果がこれだった。


 彼は近くにいる魔術師の疲労を見て取ると素早く支援するとともに接近し、短く告げる。


「敵の親玉を見つけた。俺がやる。抜けた分を補ってくれ」


 その分、他の者に負担をかけることになる。だが、それでもやらねばならない。誰かがなにかを成し遂げねば、状況は悪化する一方。このまま押し切られるのを、指をくわえてみているわけにはいかないのだから。


 魔術師が承諾するなり、トゥッカは魔物の合間を掻い潜り、一気に敵陣へと切り込んだ。数多の視線が、たった一人に向けられる。


 しかしものともせずに彼は魔術を駆使して切り抜けていく。土の魔術を用いて足場を変化、敵の体勢を崩し、怯んだところを風刃の魔術で一気に首を取る。とても躱しきれないと見れば風の魔術で自身の体勢を変え、間一髪のところでやり過ごす。


 魔術だけではなく、運動それ自体の感性も磨かれていた。研鑽の積み重ねが、今の彼を作り上げている。ただ一つに専念するのではなく、あらゆることを学んでいくように、ルーデンス魔導伯は言っていたのだ。


 トゥッカは魔物を倒しつつ、跳んだり掻い潜ったりしながら、敵の位置を探っていく。かなり移動が速く、捉えるのが難しいのだ。


 ようやく姿を見つけ、トゥッカは風刃の魔術を放つ。が、敵の魔術師はさっと魔物を盾に隠れ、距離を取ってしまう。そもそも至近距離まで詰めることができていないせいだ。


 このままではらちが明かない。

 トゥッカは一呼吸すると、覚悟を決めた。彼の全身から幾何模様が立ち上り、敵陣一杯に広がっていく。


 それらのうちいくつかは風読みの魔術となって状況を知らせ、いくつかは一定の距離を保ちながらその場にとどまった。


 上空から見下ろせば亀の甲羅にも見えるそれは、その形態から「雷甲」と呼ばれる雷の中規模魔術だ。


 そのまましばらく変化はなかったが、幾何模様と幾何模様の中間地点を魔物の頭が通り抜けようとした瞬間、激しい雷鳴が轟いた。


 罠のようにじっと敵がかかるのを待つ魔術であった。しかし、魔術が発動してから着弾するまでの時間はほとんどない。それゆえに敵が離れればなんの意味も持たないが、ほんの一瞬でもミスを犯せば、回避のしようがない速さを持つ。


 幾何模様が増えれば増えるほど、消費する魔力は増えていくが、その分「二点を繋ぐ放電を行う」という強みが行かされることになる。組み合わせが膨大な数に至ると、もはやどこが安全なのか認識するのが難しくなるからだ。


 時間をかければかけるほど、相手の逃げ場がなくなっていく。だが、それはトゥッカも同じことだった。


 続く激戦で彼の魔力は底を突こうとしている。もはや維持だけでも困難なほどであった。けれど、根負けすることだけはしまいと誓っていた。


 敵の魔術師の動きが鈍くなる。幾何模様に気を取られているからだ。その数は増えに増え、もはや行く手を阻むものがないところといえば空中くらい。


 だが、それこそトゥッカの狙いである。

 思い通りの場所に移動させてしまえば、あとは魔術で一気に仕留めてしまえばいい。


 そんな思惑は、あっさりと外されることになった。

 敵の魔術師が幾何模様に近づくと、自身も幾何模様を生み出して、雷甲の幾何模様へとぶつけたのだ。そして幾何模様は絡み合うと砕け散っていく。


 解除の魔術だ。それを用いるには現代には伝わっていない雷甲の魔術を知っていなければならない。


 そのことがなにを意味するのか。過去の資料が残されていたのか、それとも……。


 トゥッカは考えるよりも早く動き出していた。そうしなければ、次々と壊れていく幾何模様に耐え切れそうもなかったからだ。


 壊れる幾何模様に合わせて、配置を変えていく。亀の甲羅はあたかも生きているかのように消えては生まれ、彼らを導いていく。


 そして敵の魔術師は脱出すべく解除の魔術を一気に使った瞬間、目の前になにもなくなっていることに気が付いた。


 その先は一本道。そこにトゥッカが仕掛けた罠はない。その代わり、突っ込んでくるトゥッカ自身の姿があった。


 こうなれば、もう戦うほかない。

 敵の魔術師は杖を握り、反撃に転じようとする。トゥッカはそれを見て怖気づくこともなければ、緊張することもなかった。


 もう、これが最後の機会になる。これを逃せば、敵は都市へとなだれ込むだろう。

 必ずや、この都市を守ってみせる。ようやく見え始めた未来への光を閉ざさせてなるものか。彼の誓いが確たる意志として、敵へと突き動かしていく。


「俺たちの未来を奪わせやしない!」


 そしてトゥッカは風刃の魔術を放った。

 勢いよく敵の急所目がけて生み出された風の刃に、敵は素早い反応を見せた。大きく跳躍し、その場から離れることで回避したのだ。


 が、すでにその先にはトゥッカが回り込んでいた。

 腕の竜銀が変形していく。鋭く敵を狙う剣の形となり、剣先が向けられる。あとは放つだけだった。


 そして敵もまた、地面を強く踏んでいた。そこから生じた幾何模様が地面を槍の形に変え、今にも撃ち出さんとしている。


 竜銀を盾にすれば防ぐことはできただろう。しかし、トゥッカは迷わずに思いを乗せて撃ち出した。


 緑の刃が濃紫のローブに吸い込まれていく。そして反対側に向かっていく金属の槍が布を赤く染めた。



    ◇



 ヴィレムは空を見上げていた。今日の王都の空はいつしかどんよりと曇っていた。

 ふっと、一陣の冷たい風が頬を撫でていく。


「……ヴィレム様? どうかしました?」


 クレセンシアが小首を傾げる。彼女はここに来てからずっとヴィレムの隣にいた。彼が父イライアスと話するときも、諸侯たちと軽く挨拶をするときも、片時も離れずに。


 おかげでルーデンス魔導伯には、「色ボケしている」などという噂が追加されることになったのだが、当の本人はまったく気付いていない。ルーデンス領内では「尻尾を追いかけている」とばかり噂される彼だが、幸か不幸かそれが、幾分か人外の行いをする魔術師という印象を和らげるのに一役買っていた。


 彼はクレセンシアに「なんでもない」と言わんとしたが、すぐに表情を変えた。クレセンシアが狐耳をピンと立て、ヴィレムを背に敵を迎え撃つ体勢を取る。


 途端、広場に影が落ちた。

 現れたのは肉塊のような人型だ。着地とともに砂煙が、そして絶叫が上がる。


 それはテーブルを踏みつけ、慌てる諸侯を蹴り飛ばし、そして刃のように変化した腕を彼らに向けた。


 婚約の場は阿鼻叫喚の巷へと一瞬で変わり果てていた。


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