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6 学園探索

 こうして見ていると、子供たちの多くはヴィレムとは対照的に、この学園に希望を見出していることが窺える。


 平民の少女が貴族の衣装に憧憬を抱いていたり、少年が彼らの剣に目を輝かせていたり、理由は様々だ。

 しかし、構図としてはどれも決まって、平民が貴族を羨むものとなっている。これが先ほど、ヴィレムをうんざりさせた理由の一つだ。


 どれほど身分が高かろうと、中身が伴っていなければなんの意味もない。そんなものを意識する子供たちをヴィレムは見るが、どうにも仲良くなれそうもない、と思うばかりだった。


 一方で、貴族の子たちは平民たちとはまるで違う。従者とセットでいるためすぐに見分けはつくのだが、誰も彼も覇気がない。しかし無理もないことだろう、ここにいるのは才能がなかったり、未来に希望を持てない貴族の三男や四男ばかりなのだから。


 しかしどのような立場や境遇であろうと、英雄になる者は、得てして他人とは異なる雰囲気を纏っているものだ。そうでなければ、誰も付いてくることはないのだから。もっとも魔術師レムの場合、力だけしかなかったからこそ、最後には失敗に終わったのだが。


 いずれはここで、なんらかの伝手を作ることになる。いわば大敵に立ち向かうための後ろ盾のようなものだ。それは技術なんかと違い、ひどく曖昧で掴みどころがないが、けれど強力な武器になる。


 自分が一番上になるのだから必要ないと切り捨てることは容易いが、それではなんの成長もなかろう。


 ここから先の戦いは、レムの知識にないものだ。

 彼と同じ失敗を繰り返さないためにも、ヴィレム自身が探さねばならない。彼だけが歩める英雄への道を。


 そうヴィレムが決意を新たにする一方、クレセンシアは狐耳をぴょこぴょこと可愛らしく動かしながら音を拾っていたが、やがて小首を傾げた。


「あの、ヴィレム様。新入生たちだけにしては、なんだか学園内が騒がしいような気がするのですが」

「うん? 皆、舞い上がっているからだろうけれど……見に行ってみようか?」

「はい。ヴィレム様の冒険がここから始まるのですね」


 クレセンシアは、さきがけはお任せくださいとばかりに、ヴィレムの前を行く。

 そんな彼女の斜めに垂れたゆっくり揺れる尻尾――リラックスしている様子を見ながら、なんとも頼もしい護衛だと頬を緩めた。やはり権力だけで押さえ付けて作り上げた主従関係では、到底得られない。


 それからいくつか角を曲がったところで、クレセンシアが足を止めた。そして次の瞬間、曲がり角から飛び出した女の子が小さな悲鳴を上げながら、慌てて立ち止まらんとしてつんのめり、たたらを踏んだ。


 ヴィレムはメイド姿のその子を見て、おや、と内心驚いた。

 ヘッドドレスの近くには真っ黒な獣の耳、臀部には先っぽだけが白くそれ以外は黒に染まった尻尾が生えている。狐の獣人だ。


 ここノールズ王国では、魔術師レムを崇める宗教に保護されていることもあって、狐は広く見られるし、狐の獣人もほかの獣人よりは数が多い。しかし、獣人たちは基本的に田舎などでひっそり暮らしており、クレセンシアのように貴族に仕える者は滅多にいない。


 だからクレセンシアは初めて出会った自身と似た境遇の少女を見て、挨拶代わりに小さく尻尾を振っていた。


 一方でヴィレムは、クレセンシアはすでに足音を察知していたというのに、この少女はできておらず、あの耳は飾りなんだろうかと疑っている。しかし、貴族たちが芸術品を好むのが理由で狐を模したとするには、あの少女の毛色はまばらすぎる。


 ヴィレムがそう思うのは、あまりにも綺麗な黄金色の毛を持つクレセンシアを、常日頃から見ていたからかもしれない。


「あ、あの!」


 がばっと顔を上げる少女。その尻尾はすっかり垂れ下がっており、なんらかの不安を抱いていることが窺える。


「マーロ・アバネシー様を見かけませんでしたか!? これくらいの金髪で、恰幅のいい、私と同い年の男性なのですが……」

「いや、見てないけど」

「そうでしたか! お手数をおかけして申し訳ありませんでした! マーロ様、どこにおられるのですかー、ラウハはここにおりますよー!」


 お辞儀をしたラウハと名乗った少女は、そのまま慌ただしく駆けていってしまった。

 一体なんだったのだろうか、とヴィレムは思うも、持ち前の能天気さですぐにどうでもよくなった。


 クレセンシアはラウハを暫し眺めていたが、ヴィレムの案内役を買って出たのだ、いつまでもよそ見なんかしていられない。


 それからクレセンシアの聴力を頼りに歩いていくと、やがてちょっとした人だかりが見えてきた。


 輪の中心には数人の貴族の子と彼らに囲まれた身なりのよくない少年がいる。学園長に会う前に見た者たちだ。


 雰囲気はお世辞にも柔らかいとは言い難い。どうやら権力を笠に着て、からかっているようだ。

 少年のほうはあまり表情豊かではないが、抑えきれない悔しさが滲み出ている。そんな彼は貴族たちに追いやられ、古びた鎧の前に押し出されていった。


 ヴィレムはその黒い鎧に見覚えがあった。


「魔導鎧、か。随分と古びているが……」


 クレセンシアはヴィレムにまん丸い瞳を向けると耳を直立させ、尻尾を突き出しながら、全身で興味を表現する。

 そんな彼女にヴィレムは、記憶を手繰るようにして告げる。


「魔物の一部分を用いて作った鎧で、ある程度は魔術による攻撃も自動で防いでくれるし、簡単な魔術なら行使させることもできる。だけど問題がいくつかあってね。本当は魔術ばかりを使う肉体が貧弱で非力な魔術師をカバーするために研究されたんだけど、皮肉にも纏っている間は魔術を使えないんだ」

「では、役に立ちませんね」

「魔術師たちにとってはね。でも、剣士にとってはそういうわけでもない。魔術に対する防御と身体強化の魔術をすべて鎧に任せることで、自身は剣技に集中できるからね」


 魔術師と剣士。その両方を極めようとする者は滅多にいない。どちらかを極めることでさえ、困難だからだ。しかし、接近されたらどうしようもない魔術師や身体強化の魔術を使えない剣士は、長く生きられやしないだろう。だからレムは剣技を鍛えてはいたが、あくまで魔術を行使した戦いのための技術だ。


 だが、ヴィレムは思うのだ。自分には人より多くの時間がある。ならば、より上の水準を目指せるのではないかと。だから、なにかに使うことができるかもしれない魔導鎧は、長く見ておきたかった。


 魔術師レムがその開発に携わる予定もあったのだが、魔導鎧に少し触れてみると魔術そのものに対する造詣が深まることはなさそうですぐに興味を失ったという逸話がある。だから、ヴィレムにはこれを使った記憶がなく、どんなものなのか表面上の知識しかなかった。


 そうして眺めていると、ヴィレムは歩いてくるマーロ・アバネシーを見つけた。太っちょでいかにもダメそうな典型的な貴族というのもあるが、なにより彼自身がそう名乗っているのだから、すぐに気付いたのだ。


「お前たち。なんだというのだ」

「マーロ様に見せたいものがございまして」

「俺はアバネシーだぞ。その俺に見せたいというのだから、よほど珍しいものなんだろうな」


 威張り散らしているマーロの周りには、下級貴族の子と思しき者が引っ付いている。しかし、どうにも敬意を払っているようには見えない。


 と、そこでヴィレムは思い出した。


「ああ、アバネシー公爵家か。なるほど、ふんぞり返るのも無理はない。なんせ、この国の五本の指に入る名門だからね」


 ヴィレムはひどくつまらなそうに言う。

 要するに、腰ぎんちゃくが従っているのはマーロ個人ではなく、彼の家が持つ権力だ。


 クレセンシアがマーロを見るが、おしゃべりに夢中になっているマーロには聞こえなかったようだ。


 そしてヴィレムはすぐに魔導鎧へと視線を戻す。

 これをどうにかして利用することはできないだろうか。たとえ彼自身の使用に堪えずとも、率いる兵ならばどうか。ヴィレムはそんなことを考える。


 平民の少年が魔導鎧に触れるのをクレセンシアは見ながら、ヴィレムに尋ねる。


「ヴィレム様、魔導鎧にはほかにも問題があるようでしたが……」

「ああ。そうだったね。あとは適合性の問題もあって、上手くいかないと――」


 途端、鎧がほのかな光を放ち始めた。

 そして瞬く間に液体状に溶けたかと思いきや、少年の全身を飲み込んだ。中からくぐもった声が聞こえるも、すぐに大人しくなる。


「……制御を乗っ取られる」

「なるほど。よくわかりました」


 観衆たちが後じさりし、離れた者から一目散に逃げ出した。


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