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67 婚約


 ヴィレムはその日、早朝から王城にやってきていた。

 第二王子ペール・ノールズの婚約相手である帝国の姫君ルフィナ・デュフォーは、数日前にやってきて、色々と支度を済ませたため、いよいよ婚約が執り行われることになったのだ。


 儀式はノールズ王国で広く信仰されている神魔教の形式にのっとって行われることになっている。


 だから城内には司教や彼を取り巻く者たちが出入りしている。一方で不審人物が入らないよう、警備もいつもより強化されていた。


 ヴィレムが濃紫のローブを纏っていることもあって、身辺を念入りに確認されると、ようやく城内へと通されることになる。


 各地から貴族やその親族が集まってきているため、城にはかなりの人が出入りしている。ヴィレムがあちこち見ていると、クレセンシアが笑う。


「周りが気になるのでしたら、ヴィレム様も貴族らしき格好で来ればよかったのではありませんか?」

「気になることは気になるけれど、別に風体を気にしていたわけではないよ。俺にとってはこれがなによりの敬意の表明であるし、恥じているようではクリフたちに示しがつかないからね」


 ルーデンス魔導伯は諸侯であり、魔術師でもあるのだ。貴族として参列するならともかく、魔術師としてこの場に来たのなら、これ以上相応しいものはないことになる。


 彼自身がどうすべきであったのか、正解はわからねど、ルーデンス領の皆が誇れるような領主であらねばならないとだけは誓っていた。


「そういうシアは、俺なんかより余程貴族らしいじゃないか」


 彼女はいくつもの布を重ねて作ったドレスを身に着けている。露出こそ少ないが、可愛らしいフリルの付いたデザインは彼女によく似合っている。


 腰回りから下は比較的ゆったりしているため尻尾はドレスの中に隠れている。だから帽子などを被ってしまえば、彼女が獣人であると疑う者はいなくなるだろう。


 しかしクレセンシアは狐耳をぴょこぴょこと動かしたり、隠す気はさらさらない。


「なんと言ってもルーデンス魔導伯の付き人なのですから。小汚い格好などしていられません!」

「小汚いどころか、俺よりもずっと目立っているよ」

「あら、隠しておきたかったのですか? レムの申し子を自称するのであれば、そのお傍にいる者は決まっているものだと思っていましたが、クレセンシアの勘違いでした?」


 クレセンシアは狐耳を立ててヴィレムに見せる。これこそが隣にいる資格であるとばかりに。

 ヴィレムはそんなクレセンシアをぎゅっと抱きしめた。


「ああ、隠しておきたいとも。こんなにも愛らしい君を見れば、いつ誰が求婚してくるかと、俺は気が気でないよ」

「もう、そういうことではありませんよ。ヴィレム様は心配性ですね。そんなことはありませんし、たとえあっても受けるはずもありません」

「もちろん、俺だってほかの誰にも渡しやしないよ」


 そんなことを言ってじゃれているうちに時間が近くなったので、二人は城内の広場へと移動する。そこには貴族たちが集まっており、あちこちに設けられた机にある皿には色取り取りの果実が乗っている。


 それぞれがワインを口にしつつ、歓談に耽っている。酔いが回っているわけでもなさそうだが、めでたい雰囲気にはすっかりやられているようだ。


 といっても、まだ第二王子ペールも隣国の姫君ルフィナも来ていないのだから、まだまだ始まりというには早すぎる。


 ヴィレムは他の諸侯との付き合いもほとんどないため、これといって話すこともないだろうと思っていたのだが、目が合うとこちらにやってくる人物を認めた。


「ヴィレムくん。いや、ルーデンス魔導伯と言ったほうがいいかね? マーロが世話になったようだ」


 と、笑みを浮かべるのはアバネシー公である。直接会うのはこれが初めてだった。


「こちらこそ、その節はお世話になりました」


 彼が許可を出してくれたおかげで、ヴィレムはアバネシー領内における活動も可能になったのだ。


 そして彼が次男ヤニクではなくマーロを話題に出したのは、聖域での事件よりも交易に関する話のほうが相応しいとおもったからだろう。


 しかし、さすがにこの場でする話でもないと思ったのか、他愛もない世間話をしていくだけだった。


「こうしてみると、いい父親なのだろうけれど、マーロとは色々あったのだろうな」

「そうでしょうね。ですが父親というものはそういうものかもしれませんよ。イライアス様も大変だったはずですから。ヴィレム様にも覚えがあるでしょう?」

「そういう小さいときの話は、普通親や親戚から言われるものだと思うけれど……君といれば、これから先もずっと言われるのかもしれないね」


 わざわざ拗ねてみせるヴィレムに、クレセンシアはちょっと悪戯っぽく微笑む。


「お嫌ですか?」

「まさか。君との大切な思い出なのだからね。……と、どうやら俺は故郷懐かしさに、幻覚まで見えてきたようだ」


 ヴィレムは何気なく視線を向けた先に、見慣れた面影を見つけた。


「なにをおっしゃいます。諸侯が集まってきているのですから、シャレット領だけ知らぬ顔はできないでしょう」

「君の顔ばかり見ていたから、知らぬ顔しかないと思っていたよ」


 ヴィレムが久しぶりの父に挨拶をしようと思った矢先、入り口から近づいてくる者の姿を見つけた。領内で働く魔術師の一人であるが表情は堅く、身なりも魔術師としてのものではなく、この場に相応しいものだ。目立たぬように配慮したのだろう。そしてわざわざルーデンス領からやってきたということは、重大な報告に違いない。


 彼はヴィレムの近くにやってくると頭を下げ、すぐさま報告を始めた。


「ルーデンス領内に魔物が現れました。そして……異形の化け物も」


 後者に関しては小声で聞かれないように告げる。

 あまり表に出したいことではないが、それにしてもこのタイミングで起きたというのは、恣意的なものを感じずにはいられない。


 急用で一旦ルーデンス領に戻る案も脳裏を過ぎるが、第二王子が入場する段になってしまった。もう、今更引き下がることなどできやしない。


 少年もそのことを知るなり、手短に話しを切り上げた。


「こちらは我々が対処しますので、ヴィレム様もどうかお気をつけて」

「すまないな。どうにもならない状況になる前に、連絡をしてくれ。そうなったらすぐに向かう」


 いざとなれば、このような会を抜け出すことも仕方あるまい。

 伝令の少年は恭しく礼をすると、極力目立たぬように気を付けながら、人の間を縫うように去っていった。


 ヴィレムは不安を抱えながらも、晴れ舞台に上がる二人の姿を眺める。

 ペールはノールズ王国の標準的な衣装なのに対し、ルフィナは華々しい帝国のドレスを纏っていた。


 それは第二王子のこの国における立場だけでなく、帝国と王国の力関係をも示しているのかもしれない。


 けれど諸侯は見て見ぬふりをしたのか、そもそも気付いていないのか、はたまた力の差があることなど周知の事実なのか、王子を立派になったと称えたり姫の美しさを褒めたりするばかりだ。


 もしかすると、そこには彼らの思惑が絡んでいるのかもしれない。誰がどの派閥なのか、王城に顔を出してこなかったヴィレムにはわからないが、簡単に一言で言い切れるものでもないのだろう。


 祝辞の言葉を述べるのは、第二王子の友人だというライマー・セーデルグレンだ。より王に近しい人物が多くいる中、彼が選ばれたのは、誰かの推薦があったからだろう。


 王子とライマーが嬉しげな表情を見せることから、二人の仲は確かなものなのだろう。この婚約にも不満があるわけでもないようだ。


 そして異国の地に追いやられてしまった姫君も不満を抱いているかと思いきや、微笑を携えて大人しくしているばかり。緊張しているのか、それとも腹に一物抱えているのか。


「とても綺麗な方ですね。ヴィレム様、たまにはこういうのもよいのではありませんか?」


 クレセンシアが微笑みかけると、ヴィレムは少しだけ緊張を緩めた。


「そうだね。もし、ルーデンス領で君と俺が式を挙げたなら、きっと皆は祝福してくれるだろう」

「いくらなんでも気が早いですよ、ヴィレム様」


 茶化しつつもクレセンシアは満更でもない表情だ。

 そんな想像をすると、改めてこれが政略結婚であることを認識せずにはいられなかった。

 祝福するものがいて、歯噛みするものがいる。巻き込まれた彼らは一体なにを思うのだろう。


 ヴィレムは周りの者たちと領地で待つ者たちを比較する。そして先の言葉を思い出し、ざわめきを覚えるのだった。


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