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59 もう一度、そこへ



 ヴィレムはその日、オットーの部屋を訪ねていた。


「やあやあ、オットーくん。なにか用かい?」


 そんな気さくさで尋ねる領主など、ほかにはいないだろう。そして普通は領主のところを尋ねるものだが、逆にヴィレムが呼び出されている始末だ。


 しかしこれはなにもオットーがヴィレムを軽んじているわけではなく、所用で出掛けることが多いヴィレムにとってはそのほうが効率がいいという理由があるからだ。それに、オットーの机に書類などが大量にあるのだから、そちらに赴いたほうが手間も少ない。


 オットーは書類の束から目を離し、ヴィレムを見る。そして扉が閉まったのを確認すると、


「用件は二つあります。まずは軽いほうから」


 と淡々と話し始めた。


「アバネシー領との交易は順調に進んでいます。領内の生産力は上昇を続けており、ヴィレム様がこの前おっしゃられた人口増加の目標も達成できる見込みです。このように交易そのものには問題がない一方、アバネシー領内では野党の問題が発生を続けています。こちらのグラフをご覧ください」


 オットーが差し出す紙に書かれているのは、右肩上がりの曲線だ。これが野党の発生数である。それから別の棒グラフには、都市別の発生件数も書かれている。そこには馬車を囮にして、ディートとヘイスに討伐させたのも幾分かは含まれていた。


 ヴィレムはざっとそうしたものを眺めると、口を開いた。


「……マーロが治めている地域ばかりだな」

「そういうことです。意図的にやっていると見られても仕方がありません。それから……なんでも魔術師になれる薬があるとか、そんな噂が流れているのをご存知ですか?」


 オットーが言うと、ヴィレムは肩をすくめた。


「知らないはずがないだろう。お前が俺のところに、査収した薬だって渡しに来たんだから。あれはただの木々の繊維を砕いたもので、なんの効果もありはしないものだった。だいたい、そんな簡単に魔術師になれるんだったら、俺の苦労は一体なんだったというのか」


 ヴィレムは思い出す。少年らに魔術を覚えさせるのに苦労したことを。

 しかしオットーはすげなく返した。


「苦労したのはヴィレム様ではないでしょう。苛烈な訓練を施された魔術師たちです」

「いや、俺だって苦労して――」

「確かにクリフたちに教えていたのは覚えていますが、最近は私に押し付けてばかりじゃないですか。『あれをやれ、これをやれ。方針はこうだ。理論上こうすればいい。お前ならできる』なんて言いますが、実際に彼らを動かしたのは私です」


 設立当初の面子にはヴィレムが直々に指導をしていたが、今は魔術師たちの規模が大きくなってしまったため、そこまで手が回っていなかった。時間の使い方として、優先順位が高いものではなかったのだ。


 それに人付き合いに関しては、明らかにヴィレムよりオットーのほうが得意としている。それゆえに指示をするにあたっては、オットーから下したほうが受けがいいとヴィレムは見ていた。それに、領主というものは自ら出向いて口出しをするものでもないだろう。


 一切の指揮を執っているのがオットーなのだから、彼のほうが家の中では恐れられているくらいだが、それでもいいと思っている。


「信頼しているんだよ。お前はこのルーデンス領一の優秀な俺の部下だかね」

「クレセンシア様じゃないんですから、おだてても尻尾は振れませんよ。……さて、この件に関してはディートとクリフに調べさせようかと思います」

「……大丈夫なのか? あいつらで」

「ヘイスのほうがいいですか?」

「いや、それはない」


 ヴィレムは断言する。あのお調子者はさすがに向いていない。加えて都市内部となればドラゴンを連れていくわけにもいかないのだから。


「案外、ディートは上手くやりますよ。我々の中では一番、所属する集団を変えた経験が豊富ですからね」


 ディートはヴィレムとの戦いになるまで、貴族の騎行に対する戦いを繰り返してきた。しかし当然のことながらすべて勝利に終わるわけではなく、むしろそうでない場合のほうが多いくらいで、逃げればまた新しい土地でやっていかなければならなかった。


 苦い経験ではあるだろうが、とにかくそこで軋轢を生まずにやっていく方法も心得ているということだ。実際、彼は無愛想な少年だが、人との関係で触れるべきこと、そうでないことに関してはしっかり区別ができている。だからこそヴィレムも彼を隊長に推したのである。


 そしてクリフを連れていかせるのは、魔術の技術に長けていて冷静な判断ができるからなのだが、それ以外にもヴィレムが教えた知識を身に付けているというのもある。彼ならばその場で判断できることも多いだろう。


「次に、二つ目の問題です。ノールズ王国国王からヴィレム様にあてた書状が来ています」


 オットーはヴィレムに紙を渡す。普通、国王からの書状ともなればヴィレム本人が開けるものだが、ヴィレムはオットーに確認させるようにしている。国王といえども、ヴィレムにとっては権力者というより、なんとか付き合っていかねばならない面倒くさい相手の一人でしかなかった。


 これに関しては、ほかの諸侯もある程度共有している考えではあるだろう。王と諸侯は主従関係にあるとはいえ、王が好き勝手に税をかけることなんかできやしないし、抜きんでた諸侯といった程度の実力しかない。


 それゆえに諸侯も与えられた役割を果たすことこそが忠誠の証であり、個人的な感情など二の次なのである。もっとも、どの程度王に心酔している者がいるのかは、わかったものではないが。


 そんなヴィレムがオットーの開封を許さない差し出し人と言えば、クレセンシアくらいのものだろう。


 彼は書状に目を通すと、ため息を吐いた。王都に来て謁見するように書いてあるのだ。

 これまではしがない田舎貴族の子供で、どうせすぐに討ち取られてしまうであろう相手として見られていたのだろうが、今となってはノールズ王国一の土地を持つ諸侯なのだ。当然、無視できるはずもない。


 ヴィレムもこうなると、出向いて忠誠を示す必要がある。王が来るのではなく、ヴィレムが行かねばならないのだ。


「というわけで、ヴィレム様には首都に行ってもらいましょう」

「……面倒くさいことになったな」

「そう言わないでくださいよ。クレセンシア様との二人旅ですよ?」

「ふむ、悪くないな。王都でシアが気に入るものを買ってあげよう」


 ヴィレムはそうして、なんとか王都に赴く意欲を高めると、出立の準備を始めることにした。とはいえ、表向き、ルーデンス魔導伯は国王に従っていますよ、と示すためだけに行くのだから大した準備も必要あるまい。国王よりも華々しい格好をしていくわけにもいかないのだから。


 それでもヴィレムは濃紫のローブを纏う。ルーデンス魔導伯の存在を知らしめるいい機会だと思ったから。


 四年ぶりの王都はどうなっているだろう。ヴィレムはそんなことを思うのだった。



    ◇



 それから数日の後、馬車が用意されてヴィレムはクレセンシアと一緒に乗り込むことになる。彼女はヴィレムの隣で尻尾を振りつつ楽しげだ。


「どうしたの、シア」

「ヴィレム様と王都に行くのは久しぶりですね。あのときもこうして、一緒に乗っていたことを思い出します」


 ヴィレムが当時のことを思い出しているとクレセンシアは、


「お父君と一緒に乗ることができず、しょんぼりしていたヴィレム様も素敵でした」


 などと言ってヴィレムをからかう。


「あのときは、そんな顔していなかったよ。……あれから俺と君の夢も始まったんだ。とても忘れられないよ」


 もし、あのとき魔術師レムの記憶が戻らなければどうなっていただろう。考えるも詮無きことだが、そのほうがずっと平穏な人生を送っていたかもしれない。


 それでも、夢を追ってここまで来ることができたのだ。大望はもうすぐ近くに見えている。

 そんな状況でレムは命を落としたのだから、最後までどうなるかはわからない。けれど、ヴィレムは決意を新たにする。


「二人で夢を掴みましょうね」

「ああ。頑張ろう。そのときまで」


 二人を乗せた馬車は北西へと向かっていく。昔の思い出をゆっくりと奏でながら。


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