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5 学園にて

「ヴィレム、準備はいいか?」

「はい。滞りなく」


 ヴィレムは父イライアスとたったそれだけの会話を交わすと、クレセンシアとともに馬車に乗り込んだ。


 一方、父は騎士とともに別の馬車に乗る。長兄とは一緒に乗っているのに、と悲しく思ったのは、ヴィレムが今よりずっと幼いときまでだった。


 今日は学園に行く日だ。これが王都に来た理由なのだが、魔術師レムの記憶を継いだヴィレムにとって、すでにどうでもいいくだらない戯れのようにしか感じられなかった。


「ヴィレム様、背筋を伸ばしてしゃんとしてください。ご立派なお姿が台無しです」

「それはだらしない姿の俺は格好悪いということか。いかんな、それはいかんな。魔術師たる者いかなるときも、その気風を身に付けていなければならない」

「悪ぶっても気品の好さは隠せないのですね。……ところで今は貴族の末っ子ではないのですか? 魔術師としての出番があるのです?」


 クレセンシアが小首を傾げ、ヴィレムが嘯いてみる。


「いついかなるとき、天変地異が起きて魔物が襲い掛かってくるかもわからないからね。覚悟だけはしておかねばなるまい」

「なるほど。ヴィレム様は問題児なのですね!」


 楽しげなクレセンシアに、ヴィレムは「それはちょっと違うけれど」と苦笑した。

 それからゆっくり進み始める馬車の中、ヴィレムは退屈そうにしていたが、ふと思い出して袋の中から風車を取り出した。


 そして手を翳して風の魔術を発動させる。

 いくつもの幾何模様が浮かび上がり、そこから風が吹き出した。


 からから、と音を立てて風車が回るのをヴィレムはじっと見つめている。

 クレセンシアは狐耳を動かしながら音を拾っていたが、やがて閃いたとばかりに耳と尻尾をぴんと立てた。


「回転数が一定ですね」

「自分自身が思っている魔術と実際に発動しているものとの誤差を少なくしなければ、思わぬミスを招いてしまうからね。だから、こうして微調整をしていくのさ。風車は回転数で測れるから、丁度よくてね」

「ヴィレム様が、児戯に目覚めてしまったのかと思いました」

「もうそんな歳ではないよ」


 言いつつ、ヴィレムは手を止めない。


 クレセンシアも先ほどの言葉で思うところがあったのか、懐の小刀を鞘ごと取り出して、力の魔術で浮かべてみる。ピタリと静止したかと思いきや、ほんの僅かばかり力が拮抗せずに動いてしまったりもする。


 僅かな誤差ではあるが、これがいくつも重なると結構な違いになってしまうことだってある。その差をなくすべく努力するが、あちらを立てればこちらが立たず、小刀はなにかしら予想せぬ動きを見せる。


 基礎的な訓練は大事であるが、上達すればするほど、成果が目に見えにくくなる。それゆえに疎かにする者は少なくないが、そのまま続けていてもいずれ、この基礎訓練に戻ってくることになる。だから幼く魔法の出力が低いうちにこそ相応しい修練であるとヴィレムは思っていた。もっとも、これくらいの年頃の子が、このつまらない練習に励んでいるのも奇妙といえば奇妙なのだが。


 雑談を交えながらそうしているうちに、馬車は学園に辿り着いた。クレセンシアといると、あっと言う間の道程だった。


 学園からは迎えの者が出てきて、父イライアスが対応する。

 まずは学園長のところに案内されるとのことだ。この状況でヴィレム自身がすべきことは特にない。


 子供は親の気を引くために目立というとするものだが、弁えている子ならば、時と場合をしっかり見極めることができる。そうした賢い子を演じるのが今のヴィレムの役割だった。


 案内の者たちがときおりヴィレムを気に掛けるが、彼のほうは「お構いなく」とまったく取り付く島もない。それゆえに彼らはイライアスとばかり会話するようになり、ヴィレムは呑気に学園内を眺めることができた。


 今日は丁度、入学の五年前らしく、入学予定の生徒たちもちらほら見える。授業なんかは今のところないらしく、同い年の少年少女ばかりだ。


 この学園には貴族だけでなく、有力商人など平民の子弟も通っているため、数は比較的多い。彼らにとって貴族という厄介な存在と付き合っていくのは、面倒なだけではない。ここで繋がりを持っておくことで、将来的に商売が上手くいくことも少なくないからだ。一方、ここに通う貴族たちも多くは土地を継がず、騎士や聖職者などの職に就くため、そうした一般庶民との付き合い方を学ぶ意味も存在している。


 自由に走り回っている男の子や、裕福そうな恰幅のいい父親に隠れている女の子、数人の貴族の子に囲まれ、小さくなっている身なりのよくない少年など、見れば見るほど多種多様だ。


 しかし、ヴィレムはそこに共通の線引きのようなものを見つけた。それはいわば――


「ヴィレム様。学園長はあちらですよ」


 と、考えに耽っていた彼にクレセンシアがこっそりと耳打ちした。

 ヴィレムは慌てて姿勢を正し、父の後に従って、クレセンシアに見守られながら室内へと入った。


 壁には古木の杖がかけられており、棚には珍妙な壺などの調度品が飾られている。そして部屋の主は、ジレにジュストコールという装いで、腰には立派な剣を佩いていた。


 この学園は国立であり、国に仕える文官・武官などが教職員を務めている。任期はそこまで長くなく、出世に繋がるような出来事もそうそう起こらないため、いわば左遷先なのだろう。だから、のんびりしているといえば聞こえはいいが、結局のところ覇気がないのだ。


 ヴィレムは相対する男を見て、


(このような環境に甘んじている男というものは、自らの不運を嘆くばかりになるか、不満を全身から迸らせているか、このように濁った瞳で諦めるのだろう)


 などと憐みにも似た感情を抱く。

 が、表面上は努めて柔和であろうとした。今は貴族の末っ子なのだから。


「こちらが我が息子、ヴィレム・シャレットでございます」

「ほうほう。賢そうな子でございますな」


 イライアスはヴィレムに挨拶するよう促した。

 ヴィレムはそのひどく事務的に対応する男に向き直ると、優雅に片足を引いて一揖する。子供の身ゆえに風格なんてものは見てくれにはひとつもないが、貴族然として見えるのは、彼の堂々たる態度が理由であったか。


「ヴィレム・シャレットと申します。此度は貴重なお時間をいただき、誠にありがたく存じます」


 元来、口下手な彼にしてはよく話したほうだろう。

 全くの緊張を見せない彼に、学園長は驚いたようだった。


「いやはや、これは素晴らしい挨拶ですな。将来が有望なことです」


 たかが田舎の貴族におべっかを使う一方、子供だからと侮っているのが見え隠れしていた。

 ヴィレムはなにも言わず、父が会話を終えるのを待った。


 部屋を出ると、待っていたクレセンシアと目が合った。彼女はイライアスに小さく礼をする。

 イライアスはクレセンシアに一瞥をくれることもヴィレムを見ることもなく、独り言のように呟いた。


「私はこれから所用がある。その間、お前は自由にしているといい」

「では、学園内を見て回ることにします」

「ああ。ではな」


 イライアスは騎士とともに離れていく。おそらく貴族の中でも社交辞令など色々あるのだろう。

 彼らの姿が見えなくなると、ヴィレムはようやく一息吐いた。


「ヴィレム様、大丈夫ですか? 先ほどから上の空でしたから、心配です」

「大丈夫だよ。少しね、窮屈に思えたのさ」

「では衣服を新調いたしましょうっ」

「そういうことじゃあないよ。これはシアが仕立ててくれたものだから、狂いなんかあるはずもない」


 ヴィレムが衣服の裾をつまみながら笑うと、クレセンシアは実に嬉しそうに尻尾を振る。

 それから彼は、クレセンシアを学園内の冒険に誘った。


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