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58 偽りの商人

 アバネシー領を北上していく馬車を引いているのは、ドラゴンであった。

 大きな肉体を鎧のような緑の鱗で覆っているため、草原では遠くから見れば風景に紛れてしまう。


 しかし、その存在感ゆえに他の魔物は滅多に近づこうとはしない。気付かずにそのまま鼻先を通り過ぎようとした小鳥は、竜の鼻息を浴びて仰天し、そのまま気絶してしまうことすらあった。


 その馬車を引くドラゴンに乗っているのは竜騎兵隊隊長ヘイスである。強力で知恵もあるドラゴンを手懐けてしまう才能を持つ彼だが、今は欠伸をしたり、辺りを見回して落胆したり、とても楽しそうには見えない。


「はあ……まったく、どこを見ても草、草、草。たまに木が見えるくらいだ。アバネシー領は華やかだって聞いてたのに、こりゃあねえよ。どこにも若い女の子なんかいやしねえ」


 肩を落とすヘイスだが、彼の嘆きを聞き届ける者はいない。いや、いることにはいるのだが、無視されているのであった。


 さすがに一人でぼやくのにも飽きてきたのか、ヘイスは竜の足元近くに視線を向ける。

 そこにいるのは剣士隊隊長ディート・エデラーである。彼は竜と速さを合わせるべく小走りになっているが、まったく疲れた様子は見せていない。


 日頃の訓練はものの比にならないほど苛酷なものだからだろう。強制されてやっているわけではなく、自主的に選択したのだ。


 当初は誰もがすぐに根を上げると思っていたが、ディートはいつもの表情のまま、何日、何十日と続けてきた。そうして苦痛に耐えられるのもまた、才能なのだろう。だからこそ信頼を勝ち得て、剣士隊の隊長として隊員に認められているのである。


 ルーデンス魔導伯に敗北して以来、自身の力のなさを痛感することになった彼は、そうして力を求めるようになった。


 しかし、苦痛はない。成長している実感があるのだから。その先になにかがある気がするから。

 時間が空いているとき、ディートは大抵、ヴィレムの姿を思い浮かべる。特にあの主人が好きというわけでもないが、彼の力だけは認めていた。


 圧倒的な知識とそれを実行に移す行動力。そしてあれこそが魔術の神髄と思わせる技術。なにより、強引な行動でありながら、他人を巻き込んで世界を動かしていく魅力。


 ただ魔術に長けているだけではない。レム教徒の中には魔法をうまく使える者もいるが、たとえ彼らがあれほどの力を手にしていたとしても、ルーデンス魔導伯のようにはならなかっただろう。


 かつて対峙したディートとしては空恐ろしくもあり、そして胸躍る物語を見ている気分にもなるのだ。


 だからその力の一端を学ばんと彼の動きを思い出して頭の中で何度も何度も反芻するのだが、一切顔に出ない彼のことだから、他人からはなにを考えているのかわからないと見られることがほとんどだ。唯一、オデットだけは彼をつぶさに観察しているため、微妙な雰囲気の違いから察することができているようだが。


「お前さあ、暇じゃねえの?」


 例に漏れず、ヘイスがそんな言葉を投げかけた。しかし、ディートはすげなく答えるのみである。


「別に……」

「そうかそうか。よし、じゃあ遊んでやろう」


 ヘイスはドラゴンに意思を伝えると、その竜はディートの服を咥えたりして遊び始める。しかし、ディートとしても反撃するわけにはいかない。なんせ、この竜が傷を負ったら役目を果たせなくなるのだから。


 あとから再生の魔術でも使えばいいのかもしれないが、やはりディートは魔術が上手くないため、そういうわけにもいかない。


 わかっていてけしかけたヘイスを一瞥すると、ディートは左腕にある緑の腕輪を撫でた。途端、それは数個の小さな球体となって浮かび上がり、竜の背の高さまで浮かび上がった。


 そして呆けたヘイスの胴体目がけて幾度となくぶつかる。


「いて! いてえって! おい、ディート、悪かったって。なあ」

「どうせ俺がろくに魔術も使えないから、ここからじゃ反撃できないとでも思ってたんだろ。『冷静ぶってるお前が感情剥き出しに飛び掛かってくるなんて格好悪いからするはずもない』なんて内心で思いながら」

「おお、お前自覚あったのかよ! それなら――痛え! だからやめろって!」

「あんまり遊んでいると、オットーさんに叱られるぞ」


 ディートは左手を上げると、先の球体はすべて彼の腕に纏わりついて元の形に戻っていく。

 魔術を上手く使えない彼であったが、こうした道具の扱いは比較的得意であった。魔導鎧を早い段階で経験したことも一因だろう。


 操作に関しては暴走させるのにほど近くほとんど自動で働かせているため、ディート自身は指針を出すくらいで済んでいる。だからこそ感覚だけで扱えるのだが――


(あの男ならば、なにからなにまで意のままに操ってしまうのかもしれない)


 そんな思いがディートの中にはある。だから得意になってなどいられないし、いつかは追い付いても見せなければならない。そうでなければ、わざわざ自分が招き入れられた意味がなくなってしまう。


 それは幼い少年が目に物を見せてやろうと企む姿によく似ていたかもしれない。


 そうして進んでいく二人であったが、痛むお腹を撫でていたヘイスが遠くから向かってくる十名近い者たちの姿を捉えた。


 ここは都市と都市の中間であり、ルーデンス領からも遠い場所にある。こちらに近づいてくる者たちは騎乗してはいないが、それに近しい速度を出している。おそらく、ある程度魔術の心得があるのだろう。布で覆われた頭部から覗く目には自信が見え隠れしている。


「どうにも穏やかな雰囲気じゃねえけど、どうする?」

「決まっている。邪魔をするなら蹴散らすだけだ」

「お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」


 ヘイスが言ったときにはすでにディートは駆け出していた。

 相手に対して停止するように告げるも、まったく聞き入れるつもりはないようだ。多勢に無勢、普通ならば勝ち目などない。


 だが――


 ディートは左手の竜銀の腕輪を解放すると十の弾丸として敵に放ち、同時に右手に絡みついていた黒い物体――魔剣リーズを剣の形へと変えていく。


 剣は手の甲から手首まで絡みつき、あたかも剣先まで感覚があるかのように一体化する。


 敵が抜剣し振り上げたときには竜銀の弾丸がいくつかを弾き飛ばしている。そしてディートは一息で踏み込むと剣を振った。


 一度、二度、三度……。

 なすすべもなく倒れていく相手を見てもディートの内心は変わらない。


 瞬きの間にすべての敵が倒れ伏すと、彼は竜銀と魔剣を元の位置に収めた。こんな相手に圧勝したところで、決して強くなったわけではないのだから。


 彼が目指すところは普通の兵ではない。最強の魔術師に仕えるに相応しい者でなければならないのだから。


「最近は交易がとにかく活発だから、こういう輩も増えたよな。まったく」


 ようやくやってきて呟くヘイスに答えることもなく、ディートは近くに腰を下ろした。

 最近ではこんな事件も珍しくない。しかし気になるのは、どうして魔法を使える者がこんなに野盗に成り下がることが多いのか、である。


 魔法を上手く使える者ならば、わざわざそんなことをせずとも、領主お抱えの魔術師になることだってできる。それに、こんなにも魔法を使える者が現れると、人為的なものを感じずにはいられない。


 そうして考えるヘイスとは対照的に、ディートはいつもの無表情で背嚢から大きな箱を取り出した。


 ヘイスがそれはなんだと尋ねる間もなく彼は蓋を開ける。そこにあったのは、全体的に黒っぽい料理である。


 よくわからない肉が入っていたり、謎の物体が入っていたりとても食欲がそそるものではない。だというのに可愛く動物を模した形に切られているものだから、ひどくバランスが悪い。


「うわ……なんだよそれ」

「見て分からないのか? 弁当だ」


 呆れた顔をするディート。わかっていて言っているのか、それとも素で勘違いしているのか。

 もちろん、ヘイスが聞いているのはそういうわけではない。


「オデットがくれたんだ。前にどんなのがいいかと聞かれたから、とにかく栄養があるものがいいといったらこうなった。食うか?」

「い、いやいらねえ。こっちは俺がやっておくから、さっさと食っちまえよ」


 ヘイスは竜から飛び降りると縄で相手を縛って、馬車に放り込んでいく。先ほどディートは魔剣の刃をなくしていたため、死んではいないのである。


 そうしている間にディートは弁当の中身をせっせと突っ込んで胃袋に収めると、背嚢に戻した。

 そしてオデットの姿を思い浮かべる。いつも見られていることはなんとなく知っているが、気にしているわけでもないのであまり印象に残っていなかった。


 こうして作ってくれたのだから、やっぱり代金は払うべきなんだろうか。しかし、給金が借金の返済に充てられているため、彼にとってはそれも一苦労である。あとでオットーに聞いてみよう。


 そんなことを思ったディートであった。


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