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51 誰の口から


 その晩、ヴィレムは宿の一室でくつろいでいた。

 マーロが竜銀の採掘に関する話をする中、ヴィレムは結局、一言も発しなかった。


 マーロに任せておけばなんとかなるだろうという考えがあったのは間違いないが、だからといって、彼自身が出ていってどうこうなる問題でもなかったからだ。


 しかし、それにしても――。


「シア。あの男は、俺たちの訪問を予見していたと思うかい?」


 ベッドの上で暇そうにしていた彼女は、ぴょんと飛び下りてヴィレムが腰掛ける長椅子のところまでやってきた。


「どうでしょうね。ヴィレム様と何年も一緒にいる私でさえ、ヴィレム様がなにをされるのか見当が付かないときがあるくらいですから」


 ちょっぴり自慢げに、そしてからかうように言う彼女。


「だとすれば、彼らは竜銀の使い道を――というより加工法とも言うべき魔術を知っているのだろう。あれは魔術なしでは使いようもないし、だからこそ物理的な強度に優れているのだが……この時代ではもはや過去の遺産としての価値しか持っていない」

「本当にそうなのでしょうか? もし、そのような技術を手にしているのでしたら、この国がもう少し魔術的な発展を遂げていてもいいように思えますが……」


 この都市は金属加工技術などの水準が低いわけではないが、そこに魔術の入り込む余地は見られなかった。伝統的、あるいは古典的なやり方がすっかり定着しており、新しいものを取り込む気など感じられなかったのである。


 だからこそ、彼は街並みを見ていてもすぐに飽きてしまったのだ。


「この国がそうではない、ということは、この国以外ならそうではないこともないかもしれない、ということだ」

「随分、持って回った言い回し言い方をされるのですね」

「仮定の話に過ぎないからね。蓋然性に乏しいことを高らかに宣言などできないよ」


 あまり駆け引きの類を好まないヴィレムのことだ。いろいろと探りようもあったのだろうが、面倒なやり取りをするのはできるだけ避けたかった。


 そうして悩んでいると、二人の部屋に訪問者があった。

 真っ黒な尻尾がひょいとドアの隙間から覗いていたが、なかなか入ってこようとはしない。


「どうぞ。俺に用があったんだろう? いや、シアのほうかな。それなら席を外すけれど」

「い、いえ。お二人に聞いていただきたいことがありまして……」


 ラウハはようやく中に入ってくると、しばし深呼吸していた。それに合わせて耳と尻尾も動くのが可愛らしいが、本人は真剣そのもの。なんともわかりやすい少女であった。


「えっと……その、マーロ様にはこのこと、言わないでくださいね?」


 そう前置きしてから、彼女はゆっくりと訪問の理由を話し始める。


「今日、屋敷であった方――ヤニク・アバネシー様は、マーロ様のお兄様なのです」

「なるほど、それでアバネシー公を通すということにもつながるのか」


 重要な事項を身内を介して伝達させるのなら、そのほうが上手くいきやすいだろう。なんせ、アバネシー領は歴史あるアバネシー家の者たちが取り仕切っているのだから。歴史があるということは、古臭くカビの生えた利権が残っているということでもあった。


「ですが、お二人の母君は違います。ヤニク様はアバネシー公が正妻の次男ですが、マーロ様は落胤だったのです。それはそれは苦労されたようで、さらには母君が亡くなられたこともあって……その出来事をきっかけに、マーロ様はアバネシーの片割れとして田舎の都市を与えられることになりましたが、厄介なものを遠くに押しやった以上の意味はありませんでした」

「それで、出来損ない、というわけか」


 兄ヤニクにとってマーロは邪魔な存在でしかなく、マーロにとってヤニクは妬むべき存在なのだろう。マーロがそこにアバネシーの名を持ち出すことはできやしない。彼は正しきアバネシーの名を手にしてはいないのだから。


 マーロにとってその名は、願ってやまないものであり、憎しみにまみれたものであり、縋らねば生きていけないものであったのかもしれない。


 欲したものが、望まぬ形で与えられた。だから彼はアバネシーの名を、真実のものと思い込むことしかできなかったのだろう。


 ヴィレムは幼きマーロの姿を思い浮かべる。あれはアバネシーの名を笠に着ているわけではなく、自身が父親に認められた証拠であると思い込みたかったからに違いない。


 そう話してしみじみとする一方、ラウハははっと顔を上げた。


「あ、これは些細なことなのです。マーロ様は図太い方ですから、ちょっとやそっとではへこたれませんから」

「どうでもいいのかよ」


 思わず突っ込むヴィレム。てっきり、配慮してほしいとか、そういうことを告げに来たのかと思っていたのだ。


 クレセンシアはそんなラウハに小首を傾げた。


「では、用事とは?」

「はい。マーロ様はあそこまで言われて引き下がるようなお方ではありません。なにか報復してやろうと考えているはずです」

「ラウハちゃん、御主人様をそこまで悪しざまに言うのは……」

「マーロ様の美徳ですから」


 そういうラウハは、いい笑顔だった。

 結局のところ、彼女が言いたかったことは、マーロの手助けをしてほしいということだ。彼は素直ではないから、そういうことを直接的には言わないだろうから。


 無論、ヴィレムは目的さえ叶えばなにも言うことはないし、なによりあのヤニクにはいい印象がない。鼻を明かしてやろうというのなら、協力するのはやぶさかではない。


 そんなことを思っていた矢先、ドアが乱暴に叩かれて、太ったお腹が隙間から入ってきた。


「おい、ヴィレム。話を聞け……ってなんでお前のところにラウハがいるんだ。こんな深夜に人様のメイドを連れ込むとは――」

「マーロ様! ヴィレム様のところを尋ねたのは私です。お叱りはごもっともです。どうか、ラウハを罰してください!」


 勢いよく頭を下げるラウハを見ていたヴィレム、先の仕返しにからかうことにした。


「ははあ、マーロくんはメイドを叱る趣味があったとはね。いやいや、貴族らしいじゃないか、うんうん」

「ふざけるな、だいたいお前が――」

「で、なんの用だ?」


 興奮で顔を赤らめるマーロに、ヴィレムはさっと要件を突きつけた。もはやこの男になにを言っても仕方がない。マーロは嘆息して、目的を果たすことにした。太い腹から、しっかりした言葉が放たれる。


「聖域に行くぞ」

「……お前本気で言ってるのか?」

「あそこはどの国の所属にもなっていない。そして慣習的に、多少の採掘であればどの国も行っていることだ。つまり、他国が口出してくることもなければ、俺がやることに口出しできる者もいない」


 ヴィレムが長らく胸に秘めつづけたことを、あっさりとマーロは口にした。ヴィレムとて、行こうと思えば行くことはできた。いつだってその機会はあったのだから。けれど、どうにも未来のことのように思われていたのである。


「無策であそこに行けば、病にかかるだろう?」

「知ってるさ。だが、あそこで働いている者が少なからずいる」


 多少ならば直ちに影響はない、ということではあるが、一方で長期的な目で見れば、明らかな害があるはずだ。


 それを承知でいかんとしているのだから、彼の覚悟は本物なのだろう。

 ならば、怯えてなどいられない。


「よし、行くとしようか」


 ヴィレムはそう告げるなり、早速あれやこれやと準備を始めるのだった。あれほどまでに夢見た土地が、もうすぐそこにある。


 いつしか不安や悩みは消し飛んで、少年らしき興奮だけが胸の内に残っている。込み上げてきた熱が、夜の静けさにも負けじと彼を駆り立てていた。


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