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49 二人と二人


 マーロとの会食にて次々と運ばれてくる料理は、王侯貴族もかくやと思われる豪勢なものだ。それだけ儲かっているということなのかもしれない。


 ヴィレムはここぞとばかりに片っ端から平らげていく。普段食べていないものが多く、どんな食べ方が相応しいのかもわからずに。


「おいお前、もう少しまともな食べ方はできないのか」


 マーロが眉を顰める。しかしヴィレムはそちらを見ることもなく、


「いやはや、すまないね。なんせ田舎者だから、マーロくんのようなマナーなんて知らないのだよ。それにしても、これは旨いな。もちろん、うちのシアが作ってくれるのが天下一品だけれど。しかし、毎日こんなものばかり食っていたら太るんじゃないか?」


 などと告げては肉の塊にかぶり付いた。

 その隣ではクレセンシアも料理を食べつつ、ヴィレムの口元を布で拭ってあげたりしている。


「無様だな、メイドにそんなことまでしてもらうとは!」


 マーロがせせら笑うと、慌ててラウハがやってきて、


「マーロ様、お口元にソースが付いております! 申し訳ありません、遅くなりました」


 なんて言いながら彼の拭き始めた。

 そんな様子を見ながらヴィレムが告げる。


「なんだ、お前だって一緒じゃないか」

「こいつが勝手にやったんだ」

「マーロ様もやって欲しいのだと思いましたが、ラウハの勘違いでした?」


 ラウハは小首を傾げながら狐耳をぴょこぴょこと動かし、尻尾をふりふりと振っている。クレセンシアのように誰もが認める美貌と毛並みをもっているならまだしも、真っ黒な尻尾は貴族が好むようなものではないから、そういった外聞だけを気にしているわけではないのだろう、とヴィレムはマーロを見る。


 彼はラウハの尻尾をぎゅっと握っていた。


「マーロ様、もうちょっと優しくしてくださいませんか? それに、恥ずかしいです。今はヴィレム様がいらっしゃるのですから。その……マーロ様がしたいのでしたら、夜に尋ねてきてくださいね?」

「……このアホ狐! 誰が、そんなふしだらなことを考えているか!」


 マーロはラウハの尻尾を掴んだまま、口元に持っていってごしごしと拭いた。


「ああ! マーロ様、ソースが、ソースが付いてます!」

「洗えばいいだろう。さっさと行ってこい」


 ラウハはそんなマーロを見て、狐耳をピンと立てた。


「なるほど、マーロ様はヴィレム様と二人だけの会話がしたかったのですね! これは気付きませんでした。御武運をお祈りします!」


 そんなことを言いつつ、尻尾を抱きかかえるようにして去っていくラウハ。なんとも楽観的な少女である、すでに食事を終えていたクレセンシアは彼女のところに向かっていく。


 そして残されたヴィレムとマーロ。


「うーん、マーロくんのところは賑やかでいいね。うちのシアは非の打ちどころがないし、なんでもそつなくこなしちゃうから、こんなことにはならないよ」

「なんだお前、自慢か」

「そうとも言うね。なんせ、うちのシアほど素敵な女性はいないから。ああでも、だからといって変な目で見たら殴るからな」


 そんなヴィレムの姿を見て、マーロはため息を吐いた。

 ヴィレム自身、主従関係抜きの友達と言える人物はいなかったため、ここぞとばかりに自慢する。百の都市や千の金貨だって遠く及ばないヴィレムの大切な彼女なのだ。どれほど美辞麗句を述べたところで、その内外の美しさをほんちょっとすら表現することはできやしない。


「……ヴィレム。お前のとこの、つけてたリボン。デュフォー帝国の産物だろ」

「お前、うちのシアをじろじろ見るなんて……」

「そうじゃない、お前は馬鹿か。本当にこんなやつが悪逆非道のルーデンス魔導伯とは思えないな……」

「なんといっても、善良な民から愛されるルーデンス魔導伯だからな。マーロくんが言うようなイメージに合うはずもあるまい」


 そんなヴィレムに頭を抱えていたマーロだが、面を上げたときには男の顔になっていた。


「お前のところの兵、非常時にはこっちにも貸してくれないか」

「こちらもあまり多くはないから、ルーデンス領の危機には難しいが、平時なら構わない。で、なにかあるのか?」


 マーロは付近に視線を巡らせ、ヴィレムが誰も聞き耳を立てていないことを告げると、彼は話し始める。


「帝国がなにかをやらかそうとしている」

「……こっちでも動きがあったのか」


 情報は相互に利益があってこそ、共有されるべきものである。一方的に貰おうと思えば、相手からも信用されにくくなる。だからヴィレムは隠そうともせずに告げた。


 マーロが深く息を吐く。


「ということは、ルーデンス領でもそうなのか」

「むしろシャレット領かな。確証はもてないが、本来ならば失われた古代の魔術の片鱗が見られてね」


 マーロはヴィレムの言葉を吟味しているようだった。

 それを邪魔するのもどうかと思われて、ヴィレムはしばし黙っていた。そしてマーロがヴィレムの顔をよく眺める。


「なるほどな。お前を見ていたら、なんとなく不可解なところが解決した」

「俺の顔には、なんも書いちゃいないぞ」

「帝国のやつら、魔術師を育てているらしい。といっても独断のようなところがあって、国の意向ではないようだが。……目的はお前と似たようなものだろ」


 帝国が魔術の研究を進めていく中で、かつての技術を手に入れた可能性はある。聖域にほど近いかの地ならば、なにか残っていてもおかしくはない。そしてこのノールズ王国の国力を落とすことも兼ねて、この地で実験を行ったとすれば、辻褄は合う。


 しかしそうわかったからといって、表立って攻め込むことなんかできやしないし、これといった手立てもない。


 結局できることは、戦に備えることくらい。


 そうして話すべきことも終えると、二人は先ほどまでとは打って変わって、沈黙し始めた。いわゆる日常会話ができなかったのであった。



    ◇



 クレセンシアはラウハの尻尾を拭いていた。水で濡らした布でごしごしと拭き取れば、とりあえず綺麗にはなる。真っ黒な尻尾だから、汚れも目立ちにくい。


 そこでクレセンシアは、自分以外の尻尾に触れるのが初めてだということに気が付いた。ヴィレムはこんな気持ちで触っていたのだろうか。そんなことを思っていると、自然と手が動く。


「あ、あの……シアちゃん。そんなにされると……!」

「ごめんなさい。ラウハちゃんの尻尾、つやつやですね」

「そうですか? マーロ様はいつも、『お前の尻尾なんぞ誰も見向きもしない』って言いますよ。あ、でもこれはですね、私が引け目に思わないように、と思ってのことなんです。それに、マーロ様はお前の尻尾は俺だけが見ているって、そう言いたいんです!」


 ラウハは恋する乙女であるらしい。幾分かは彼女の思いこみもありそうだけど、とクレセンシアは思った。


 そしてルーデンス領にいる少女を思い浮かべ、彼女も元気でやっているだろうか、などと考える。


「それにしても、ラウハちゃんはやられっぱなしです。こんなときは、『手が滑っちゃいましたっ』などと言いながら、尻尾で叩いてやればよいのです」

「手は関係ありませんよね!? そんなことをすれば、マーロ様はすっかり機嫌が悪くなってしまいます」

「小さい男ですね。ヴィレム様なら笑って、抱きしめてくださるに違いありません。そんな男のどこがよいのです?」


 クレセンシアもなかなか言うものだが、ラウハも胸を張り尻尾を振る。


「マーロ様は確かに運動不足でお腹も出ていますが、いいところもあるんですよ。えーと、そう。人を身分や姿で判断しません」

「それは彼がアバネシーの名で呼ばれ続けた反動ではないのですか?」

「そうかもしれませんが……優しいところだってあるんです」


 クレセンシアはマーロの素直ではないところを知っていたが、それでもやはり、いつもヴィレムが褒めてくれたり自分のために贈り物を考えたりしてくれるのを思えば、マーロは優しくない(・・・・)ように感じられた。


 世の中には色々な好みがあるものだと思いつつ、クレセンシアはやはり自分にはヴィレムしかいないのだと再認識する。


「シアちゃんはヴィレム様のどこがいいんですか? なんだか表向きはともかく、無愛想に見えますが……」


 ヴィレムが適当に取り繕っているのはバレバレだったらしい。

 クレセンシアはにっこりと笑顔で語り始める。


「ヴィレム様はああやって澄ましているようですが、なかなかに直情的なのです。内心は面倒くさいなあ、なんて思っているのですよ。そんなヴィレム様ですが、部下には思いやりがあったり、民のことを考えて行動していたり、ご立派なのです。それに、私だけにはいつもいつも、可愛いとおっしゃってくださいますし、一生懸命なところが素敵なのです」


 放っておけばいつまでも話してしまいそうなので、ラウハは適当に相槌を打つ。


「は、はあ……そうなのですね」

「なんといっても、目的がありますからね。なんとか楽に生きようと思う腑抜けた男はだめです。いざというときに慌ててしまいますから」

「それでしたら、マーロ様もしっかりしていますよ。ほかの貴族になにを言われようと、御自身の考えを貫かれてここまで発展させてきましたから」


 クレセンシアもラウハも笑顔で語る。

 以前、クレセンシアはマーロとヴィレムが似ているなんて言ったが、こんなところはクレセンシアとラウハも似ていた。


 二人はぶんぶんと楽しげに尻尾を振りながら、そんな話に花を咲かせていた。


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