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48 君とアバネシー領で



 ヴィレムはクレセンシアと一緒に街中の様子を見ていく。視察などと勿体つけていたが、結局のところ、二人で観光しているのに近い。


 クレセンシアはあちこちを眺めていたが、やがて染物に目を向けた。


「ヴィレム様、この模様は珍しいですね。アバネシー領ではよく見られるものなんでしょうか?」

「うーん。どうなんだろう。俺は田舎者だからわからないや」


 そんなことを言っていると、店主の耳にも届いたようだ。


「これはお目が高い。こちらはデュフォー帝国から仕入れたものです」

「へえ……こちらでは交流があるんですね。東には山脈があるので、ほとんどないものかと思っていました」

「もちろん、迂回していかなければなりませんから、それ相応の手間はかかってますよ。しかしこれも我らがマーロぼっちゃんのおかげです」


 と、ここでも彼の名前が出た。

 取るに足りない傲慢な坊ちゃん、という印象を持たれているわけではないらしい。ヴィレムは四年前に会った彼の姿を思い浮かべるも、太っちょの頼りないところしか印象に残っていなかった。


「いったい、どういうことなんです?」

「ああ、ほかの領地から来たんですね。ここでは有名ですよ、マーロ坊ちゃんは。貴族というものは屋敷でふんぞり返って命令を出しているものだと思ってたんですが、坊ちゃんは違ってましてね。ああ、ふんぞり返っているのは確かですけれど」


 いまいち要領を得ない彼の話から察するに、マーロがただの愚鈍な貴族ではないことが窺える。しかし、得られた情報は皆無である。


「彼には商才があります。なんせ、たったの四年でここまで流通の仕組みを変えてしまったんですから」


 基本的に貴族は商業に関してあれやこれやと口出しすることはなく、商人から税を取るくらいのものである。


 それに対してマーロは商業ギルドなどを介した抜本的な改革を行い、大規模な流通の仕組みを作り上げたそうだ。それにより、個人レベルでの交易に比べると規模が遥かに大きくなり、同時に外国との交流も持てるようになった。


 当然、得をする者が出れば損をする者も出る。反発があったのは間違いないが、アバネシーの名のもとに封殺してしまったようだ。それがふんぞり返っている(・・・・・・・・・)ということなのだろう。


 ヴィレム自身も自己の領地で商人に対しての政策を考えてはきたが、諸侯との提携といったものはあまり考慮してこなかった。というのも、周りが敵ばかりで手を取るのも難しかったからだ。当然、山を越えて帝国と取引するのも考えにくい。


 そしてシャレット領ともあまり強い結びつきを持とうとはしなかった。それはヴィレムの子供らしい部分であり、合理的な考えというわけではなく、単に親離れしたかったからというほうが近い。


 しかし、土地を広げ切った今、仲良くやっていく必要がある。もちろん、なれ合うということではなく、互いに利益を求めるということだ。


 そういった意味では、この状況は嬉しい誤算とも言えよう。まさかマーロがそんな才能を発揮していたなんて。


 うんうん、と頷くヴィレム、すっかりマーロが味方になってくれるものと思っている。敵に回った場合、厄介な相手だというのに。


「さあ、そんなわけでここ以外では買えない代物ですよ、どうですか?」


 店主からそんな声がかけられると、クレセンシアが小首を傾げながら悩む。


「絨毯などは持ち帰るには大きすぎますよね……」

「じゃあ、小さいものにしよう。これなんかどうだい」


 ヴィレムはリボンを手に取って、クレセンシアに見せる。彼女が割と気に入ったようなので、ヴィレムはそれでクレセンシアの髪を束ねてあげた。

 ハーフアップになった彼女は少しお洒落に見える。


「どうですかヴィレム様!」

「可愛いよ。君はいつでも可愛いけれど、今日もとても可愛いよ」

「ほんとうですか? ヴィレム様はいつもからかってばかりなので、クレセンシア心配です」

「君に関して、俺は冗談を言ったことはないよ。なんといっても、俺の大切なお姫様だからね」


 ほんのりと赤くなるクレセンシアを横目で見つつ、ヴィレムは店主に料金を支払った。ちょっとばかり値が張るが、喜ぶクレセンシアを見れば、安い買い物だと断言できた。


 それからマーロの屋敷に着くまでの間、クレセンシアは上機嫌に尻尾を振っていた。


 そうして門の前までやってきたヴィレムたちに対して、門番が身分を問う。ここでもヴィレムは率直に答えた。


「ヴィレム・シャレットである。マーロ・アバネシー殿の学友である。久しぶりにこうして会いに来たのだ」


 いかにも偉ぶって答えるヴィレム。マーロの態度に合わせたのだった。

 クレセンシアがたしなめるような視線を向けてきて、ヴィレムは仰け反っていたのを止めた。


 門番たちは顔を見合わせる。その顔には、「マーロに友達なんかいたっけ」と書いてあった。やはり彼の印象はそうなのだろう。


 しかし、それが真実ならば通さないわけにもいかない。確認しに一人の男が駆けていった。


 果たして本当に覚えているものか。それはヴィレム自身どうかと思ったが、たぶん会えば思い出してくれるだろう。それになにより、マーロが覚えていなくても、従者のラウハは覚えているはずだ。


 ヴィレムはそう思いたかったが、あのドジな狐娘を見ていると、自信がなくなってきた。クレセンシアも大丈夫かな、とでも言いたげな視線を向けてきている。


 そんな矢先、男が戻ってきてヴィレムに告げる。


「お会いになるそうです。こちらへ」

「ありがとうございます」


 そうして屋敷に入ると、長椅子に腰かけて優雅にワイングラスを傾けている太っちょの男と、すぐそばに控えている黒い狐耳のメイドが見えた。マーロとラウハだ。


「久しぶりだな。元気にしていたかい、マーロくん」

「……お前は相変わらずだな。いきなりやってきて、俺の友人を語ってまでなんの用だ。まさか遊びに来たわけじゃないだろ」


 と、マーロは怪訝そうな顔で見てきた。

 ヴィレムがなにかを言い掛ける前に、ラウハが素早く告げる。


「申し訳ありません。マーロ様はご友人の訪問に慣れていないのです」

「だからいつ、俺とこいつが友人になった! たった一回、会っただけじゃないか!」

「ですがマーロ様はいつも言っていたのをラウハは聞いていました。あいつめ次にあったら、『偉そうな名を喚き散らしていながら、てめえの身も守れねえとはな。情けねえ』などと言わせてたまるか、と」

「お前は主人を辱めたいのか、このアホ狐め! だいたい、それはあいつが言ったんじゃない」


 マーロはラウハの頭をぐしゃぐしゃにする。殴ったりしないあたり、配慮してはいるようだ。素直になれない少年らしい対応と言えるかもしれない。クレセンシアはそんなラウハを見ながら、リボンを撫でていた。髪が乱れていないかと気になったのだろう、とヴィレムは見当違いの結論を導き出す。


 そんな彼は二人を見ていてふと思い出す。ラウハが先ほど言ったのは、確か魔導鎧に襲われていたマーロを蹴飛ばして助けてあげた少年の台詞である。


 ヴィレム自身も似たようなことを言っていたが、マーロは聞こえなかったふりをしていただけなのかもしれない。


「いやはや、仲がよいことは素晴らしい。それでだね、マーロくん。君に折り入って頼みがあるんだ」

「なんだ。金の無心なら聞かないぞ」

「そこまで落ちぶれちゃいない。うちの領地と交易してほしいのさ」


 マーロはじっとヴィレムを見る。先ほどの態度とは違って、真剣さが垣間見える。商才があったというのは本当なのだろう。


「悪名高いルーデンス魔導伯のことだ。そうやって俺を罠にはめてここも奪い取ろうって言うんじゃないのか」

「おや、そんなことも知っていたのか」

「当たり前だ。そうしたことを知らずに商売ができるか」


 ルーデンス領についてのことも中々知っているらしい。

 これは意外だ、と思っていると、クレセンシアが笑う。


「ヴィレム様も有名になったものですね。誇らしいです」

「対外的に有名である必要はないんだけどなあ。まあいいや。……ルーデンス魔導伯は自ら戦争を吹っかけたことはないよ」


 と、ヴィレムが言うと、マーロは素早く返した。


「どうせそう見せかけたんだろう。周りが馬鹿で挑発に乗っただけだ」

「おやおや。……まあ、どちらでもいいよ。俺は土地を広げるつもりはないし、君と敵対するつもりもない。もちろん、刃を向けられたらこちらも黙っているわけにはいかないけれど。とにかく、俺には頼る相手がいなくてね。金は払うし、誠実な取引だってするつもりだ」

「……で、なにが欲しいんだ?」


 マーロは率直に尋ねてきた。駆け引きなんかもあるかと思いきや、彼はそうした手順を取ろうとしなかった。ヴィレムと化かし合いをする気になれなかったのかもしれない。


「かつて聖域で採れたという幻の金属、竜銀が欲しい。それからかの地の肥料は畑がよく育つ」

「それほど戦力を高めてやることはなんだ。王位の簒奪か?」


 たった二つの条件でヴィレムがやろうとしていることの想像が付くあたり、やはり馬鹿ではない。


「そんなものに興味はないよ。申し訳ないけれど、俺にとってはくだらない権力争いなんだ。付け加えるなら、通行の権利も欲しい。ここから聖域まで行けるね」

「聖域を狙うなど、そのほうがよほど馬鹿げている。あの土地が数百年、誰の手にも渡らなかった事実がどれほど重いと思っているんだ」

「俺はそんなことは言っていないけれど、とにかくこれで俺が君の土地を狙うつもりがないことはわかってくれただろう」

「ますます、この土地を踏み潰していきかねない話じゃないか」

「そうわかっているなら、俺の話に乗るしかなかろう。承諾すれば、金も支払うのだから悪くないだろ?」


 いずれにせよ、そのつもりがあるのなら戦争になるのだ。

 マーロはヴィレムを見てため息を吐いた。もはやヴィレムのペースに乗せられていると言ってもいい。


「お前……よくそれでやってこられたな」

「非常に優秀な相方と部下たちがいるものでね」

「まあいい。竜銀と肥料はなんとかなる。だが、通行に関しては俺の一存じゃどうにもならん。……そうだ、吹っかけてやるから覚悟しておけよ」

「お友だち価格で頼むよ」


 ヴィレムは肩をすくめた。

 そうして話が決まると、せっかくだから、とラウハが食事を準備してくれることになったので、ヴィレムは御相伴に預かることにした。学友と思っているのは、間違いでもなかったから。


 不機嫌そうなマーロだったが、ラウハ曰く、そうでもないらしい。ヴィレムは当てにならないと思っていたが、クレセンシアはにこにことそんな話を聞いていた。


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