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47 北へ


 クレセンシアが睨みを利かせると、室内にいた者たちが一斉に居住まいを正した。ヴィレムは誰に対しても好き勝手な行動を取るが、一方で基本的には身内に甘い。そのことを知っているディートたちであったが、クレセンシアにそんなところはない。


 彼女は可愛らしい顔のまま「ヴィレム様に迷惑を掛けるなんて。罰として今晩は食事抜きです。屋敷という屋敷の掃除が終わるまで寝てはいけません」などと平気でのたまうのだ。しかも、力でも彼女はヴィレムに匹敵する、とてもかなわない相手なのである。


 そして普段はいい加減な態度を取っているディートだが、彼もクレセンシアには逆らえない。まず、彼は借金があるため基本的に返済に充てられ給与が出ず、必要なものがあればヴィレムが買い与え、その分を差し引く形になっている。


 特に物欲もないディートには宿舎での生活があるため不都合はないのだが、同時に晩飯を買うには許可がいるということになる。つまり、晩飯を抜かれたら空腹で一晩過ごさねばならない。


 この少年、変に強硬な態度を取って割を食うのは避けるあたり、なかなか素直な性格をしていた。


 ヴィレムはオデットが書いていた紙を手に取る。


「……で、これがことの顛末ね。クリフがヘイスに不満をぶつける。ディートが小さく頬をかいた。ヘイスが具体的な解決法の提案を避ける。ディートが子供のような寝顔を見せる。ディートが……ディートが……オデット、お前はなにを書いているんだ」


 四人で唯一、まともそうに見えるオデットだが、彼女も彼女でどうかしていた。

 なんでも、ディートとは騎行の最中で出会ったそうだ。無辜の民が手にかけられる中、ディートがたった一人戦ったという。


 彼は当時、故郷を失い居場所もなく放浪する中、そんなことをずっと繰り返していたようで覚えていなかったが、オデットに強い印象を残したそうだ。守るには力が必要だと。


 今のディートを見て失望するかと思いきや、幼い熱に浮かされていた彼女はそのまま変わらずに今に至る。


 無論、ヴィレムはそんなことなど気が付きはしない。そしてディートも。


「まあまあ、ヴィレム様。よいではありませんか。これも仲が良いということなのですから」


 クレセンシアに言われると、なるほどそうなのだ、とヴィレムは無条件に肯定した。この男もどうかしていた。

 それからヴィレムは彼らに尋ねた。


「なにか必要なものはあるかい」

「そりゃあ、可愛い女の子っすよ! 隊には潤いがねえんです!」

「却下です」


 身を乗り出して告げるヘイスに、クレセンシアが笑顔で告げた。

 クリフがヘイスを見ることもなく、ヴィレムへと頭を下げる。


「沈黙の大樹の粉末の補給と、外套の支給をお願いしたく存じます」

「すぐに回そう。武器の類は?」


 今度はそれまで座ったまま沈黙を貫いていたディートが告げる。


「俺の魔剣以外に、装備の支給はないのか……ですか」


 クリフが怪訝な顔をした。今のところ、敵を切るにあたって通常の武器でなんら支障はない。それ以上を求める理由はなんだというのか。


「ああ、そちらもなんとかしようと思っていたところなんだ。しかし、いいわけにもならないんだが、ここのところ戦いばかりで忙しくてね。なんとかしよう」

「当てがあるのですか?」

「確証はないけれど……数個なら見つかるんじゃないかな。要するに武具の新調をしたいということでいいね」


 そう確認を取ると、ヴィレムは早速計画を立て始める。

 すでにあらかた考えてはいたことだから、細かい段取りを考えるくらいでいい。方々へ使者を出そうかとも思ったが、面倒になったので自ら行動することにした。


「じゃあ、俺はしばらく領地を留守にするから、後を頼むよ」


 とても、広大な領地を手に入れたばかりの領主とは思えない発言である。諸侯は戦いのため年中あちこちに赴いて城を留守にしていることは珍しくないが、他の領地に行くとなれば話は別だ。普通は警戒して防備を固める時期なのだから。


「あの……祝勝会とかは」


 と、か細い声で言うのはオデットだ。

 兵たちは戦い抜いたのだから、報酬も必要だということだ。論功行賞はまた後ほど行うことになるだろう。


「そういうのも全部任せるよ。ある程度なら勝手に金を使ってもいい。ああ、俺のことは気にしなくていいからね。相談したいことがあれば、オットーに聞いてくれ」


 基本的に統治者なんてものは基本的な方針を出すくらいでいい、とヴィレムは考えていた。そうでなければ、やることが多すぎて手が回らないのだ。


 他人に任せる術を身に付けてきたヴィレムだが、さぼっているわけでもない。彼らに人を率いる方法の経験を積ませる意味もあった。今後、ヴィレムがいないところで働いてもらうことが多くなるから。


 だから、ヴィレムはヴィレムにしかできないことをするのだ。

 顔を出したかと思えば、また出かけていったヴィレムの後姿を見ていた一同は、しばし状況についていけなかった。


 だが、扉が閉まって二人が退室すると、すぐに賑やかになった。


「あ、あの……! ディートくん! 好きな食べ物とかある?」

「いや。特に」

「皆になにを出したらいいかな?」

「さあ……」


 終始こんな調子であるから、見かねたクリフが助け船を出す。


「文官には俺が話をしておこう」

「よーし、いいぞクリフ。その調子で可愛い子も頼むぜ」

「わかった。すべてヘイスのおごりだな」

「な、そりゃあねえよ!」


 そんな賑やかな話し声が暫し続いた。



    ◇



 そうして建物を出たヴィレムは、クレセンシアとともに東へと進んでいく。

 街道を進んでいくが、ときおり山中を強行突破したり、川を跳び越えていったり、なかなか険しい道のりだ。


「ヴィレム様。どこへ行くのですか?」

「アバネシー領だよ。あそこは歴史が古く、ノールズ王国では最も聖域に近い領地だ。当時の遺物も残っているだろう」

「なるほど。つまり当てがないのですね」


 クレセンシアははっきりと告げた。

 この領内で、ヴィレムにここまで率直にものを言う人間はほかにいない。ヴィレムは気分を害されたところは何一つなく、どころかすがすがしささえ覚える。


「完全にないわけではないけどね。なんといったかな、あの太っちょくん。彼がいるじゃないか」

「マーロさんですね。しかし、大丈夫なのですか? 彼はどうみても威光を笠に着る小物でしたが……」

「そうでないことを祈るよ。きっと、今頃は領地を仕切ってあちこちの商人に顔が利き、さらに俺にも色々と紹介してくれる優秀な人物になっていることだろう」

「そんな無体な」


 クレセンシアは笑っていたが、ヴィレムがそんなことを言いだすのは今に始まったことではない。だから、尻尾をふりふりしつつ、彼と一緒に進んでいく。


 途中の都市でオットーを見つけて話をするなり、早速北上を開始。

 北の国境を超えると、そこにはアバネシー領が広がっている。といっても、特になにかが変わるわけでもなく、ただ知らない土地というだけだ。


 早速、マーロを探そうと思うが、そもそも彼の知名度はいかほどだろうか。

 とりあえず聞いてみようと思うものの、知らなかったら別の方法を取ろうと思うくらいに、ヴィレムは彼を当てにしていなかった。アバネシーの名があればいろいろとやりやすかろうと思ったくらいだ。その点に関しては、ヴィレムの彼を見る目も他人と変わらないのだろう。


 さて、早速国境から少し離れた都市に辿り着くと、ヴィレムは門へと近づいていく。普段ならすっ飛ばしてしまう過程だが、さすがに他の領地でやるわけにもいかない。


 門番が誰何の声を上げると、


「ヴィレム・シャレットである。マーロ・アバネシー殿を尋ねて参上した。よろしければ、彼の居場所についてお聞かせ願いたい」


 そうあっさりと答えた。

 門番は驚きつつもいぶかしげに彼の姿を眺める。最近、あちこちの領土を食い荒らしている張本人ならば、こちらに手を伸ばし始めたのかと思ってもおかしくはない。


 しかし、今のヴィレムの格好はただの村人と変わらない。目立たないようにローブを纏ってきてはいないのだ。


「身分を証明するものはございますか」

「そう言われても……俺が誇れるものと言えば魔術くらいのものだよ。なにかやってみせればいいかい?」


 魔術こそが彼を彼たらしめるものである。

 ヴィレムは軽く魔術を用いると、門番は慌てふためいた。魔術師の数は多くないため、仮にヴィレム・シャレットその人でなくとも要人には違いないからだ。


 それからしばらくヴィレムの質問が続いた。彼らもここで確認が取れるまで待たせておきたかったというのもあるのだろう、素直に応じてくれる。


「マーロお坊ちゃんでしたら、北に五つ行ったところの都市におります。しかし、まさか御学友がいらっしゃったとは存じておりませんでした」


 怪しまれるのも困るため、あくまで友人に会いに来たという体を取っていた。

 そうして会話が終わると、ヴィレムは都市に入ることもなくさっさと旅立ってしまう。そんなヴィレムの隣には、もうクレセンシアしかいない。


「どうやら大きな街のようだ。主都でもないのにすごいね」

「歴史があるのでしょう。それこそ、アバネシー公領ですから」


 そんなことを呑気に言っていたが、ヴィレムはその都市に到着するとなるほどと納得した。

 おそらくこの都市一つでルーデンス領の全人口に匹敵するほどの人がいよう。


 はてさて、その都市に足を踏み入れたヴィレム。まずは街中を見て回ることにした。視察も必要なことだろう、と一応理由を付けて。


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