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46 西の端



 ディートは新たに手に入れた都市の居城にいた。

 椅子に腰かけた彼の向かいには、クリフとヘイスがいる。この三人こそ、ヴィレムの元でそれぞれの隊を率いる長であった。


 ディートは武器を振るい敵陣を突破する剣士隊、クリフは比較的遠距離から魔術で攻める魔術師隊、ヘイスは竜を用いて機動力を生かして敵を掻き乱す竜騎兵隊を束ねている。しかし、あくまで戦術的に分類しただけであり優劣もなく、皆が皆魔術を使えることに変わりはない。そうでなければ、この先の戦いには役に立たないのである。


 このような隊ができてから、数度の実戦経験があったため、隊における連携はうまく取れるようになっていた。しかし一方で、これら三つの隊が協調して働くには色々と課題もある。


 まず、すべての隊を動員するなら隊長がいる分まだ楽だが、それぞれの隊員から構成される小規模な隊となれば、互いのことを知っており信用していなければ、ろくに連携も取れなくなる。つまり、隊同士の交流が必要なのだ。


 その手本となるべく、この三人は話し合いをたびたび行っていたのだが……。


「本当にこれでよかったのか。ヴィレム様はやがて来られるだろうが、この決断で満足されるだろうか」


 と、クリフがこぼす。彼は非常に真面目であったが、一方で優柔不断、あるいは慎重すぎるきらいがあった。


「ルーデンス魔導伯のいつものやり方にのっとったんだ。文句はないだろうよ」


 ディートが返す。彼が諸侯を捕らえたこともあり、方針は彼の一声で決まった。彼は考えての行動ができないわけではないが、どこか捨て鉢気味なところがある。失敗したらそのときはそのときだ、と。


 そして最後の一人、ヘイスは爪を研いでいた。このマイペースで軽い男に、クリフが眉を顰める。


「お前も少しは考えたらどうなんだ」

「考えてるさ。こうしねえと、うっかり子竜をひっかいちまうことがあるからやってるんだ。なにも女みたいな趣味があるわけじゃあねえよ」

「そうじゃない。お前は竜と女以外のことも――」

「わかってる、わかってるって。たださあ、そんなこと考えても仕方ねえだろ。もう俺たちはここに来ちまったんだから」


 ヘイスが話を打ち切るように体を投げ出すと、重苦しい無言が場を支配した。これからはこんな時間が減るだろうと、誰もが思っていたのも、理由の一つかもしれない。


 この城は直近の戦いを経て、諸侯から身代金代わりに貰った土地である。これで最も西の土地を手に入れたことになり、これから戦いは減るだろう。


 そうなったとき、自分たちの立場というものはどうなるのか。

 彼らはさほど戦いを好む気質ではなかったが、不思議と戦いがなくなった日々が想像できなかった。それは自分たちの職分を守らんとしているから、という保身的な理由ではない。ただ、戦いというわかりやすい発展の兆しがなくなったとき、どのように変わっていくのかが見えなかった。もちろん、ヴィレムの性格からして、満足して安穏と暮らすことはありえないだろう。


 ディートは聖域を取るというヴィレムの話を聞いていたが、そうであっても具体的な道筋は見えてこなかった。きっと、そういうものなのだろう。なにかをやり遂げる者は、常人には見えないなにかを知っているのだ。感じているのだ。進むべき未来が見えているのだ。


 そこを自分までもが知ろうとは思わなかった。妄信というほどではないが、彼がすべきことは戦うことであり、ヴィレムが先を示すのだと思っていたから。だからこそ、この身を彼に預けたというのもある。


「す、すみません、遅れました……!」


 と、彼らの雰囲気をぶち壊しながら素っ頓狂な声を上げたのは、レム教の薄紫色のローブを纏った少女だ。


 クリフはため息を吐く。


「オデット、君はもう少し自覚を持ってくれないか。君はあの戦いにも加わっていたのだから。そして、ヴィレム様から杖を借り受けている身でもある」


 彼の視線の先には、少女が持つ杖がある。先の戦いで、風竜翼の魔術を用いたのは、彼女オデットであった。


「すみません。治療が長引いてしまって……」


 消え入りそうな声を絞り出すオデット。


 しかし、彼女はそもそもレム教の助祭であり、戦いを生業にしていたわけではない。魔術を用いて民の暮らしを支えていたところ、ヴィレムに才能を見出されて、彼の仕事を手伝うようになったのだ。

 それゆえに助祭であり、ヴィレム直属の配下でもある少々変わった立場なのだが、より多くの人を救うために必要なのは権力や力であるとヴィレムから諭されて、受け入れることになった経緯がある。そのために今日も今日とてレム教の信徒やヴィレムの兵を連れて西に東に奔走している。


「少しくらい遅れても問題はない。ルーデンス魔導伯が来るのはもう少し日が傾いてからだ」


 ディートが助け船を出すと、オデットはほっと一息ついて、彼の隣に腰かけた。

 相変わらず無愛想な少年だが、それを公平さ実直さと受け取る者も少なくない。オデットもその一人であった。


 それから、ちょっとした話し合いが始まる。クリフが口火を切った。


「ヘイス、お前の竜に危うく轢き殺されるところだった」

「すまんすまん、うちの竜はやんちゃだからなあ」

「やんちゃなのは竜じゃなくてお前だろうが。竜に責任を押し付けるな」

「わかってるって、なあディート?」

「こっちに話を振るな」


 ディートはすげなく返した。そしてヘイスに向けたクリフの小言が延々と続く。こうなると長い。やがてヘイスが飽きてくるのだが、それでもクリフはなかなか止まらないのだ。


 その間、ディートは終始つまらなそうにしているし、オデットはさらさらと筆を走らせて、やり取りを記録していた。



    ◇



 ヴィレムはクレセンシアとともに、ディートたちがいる都市に足を踏み入れていた。長距離を走り続けてきたとは思えない涼しげな顔をしている。予定より少し早く着いてしまったくらいだ。けれど、ヴィレムはいつだってクレセンシアへの気配りを欠かさない。


「俺の可愛いお姫様はお疲れではないかな?」

「ええ、ヴィレム様のお相手に疲れてしまいました。だって、ヴィレム様は可愛い可愛いとおっしゃるばかりで、ちっとも行動してくれませんもの」


 ぷくっと頬を膨らませてみせるクレセンシア。そんな仕草はやけに子供っぽい。

 ヴィレムはそんな彼女にずいと身を乗り出して、微笑を携えた。


「これは失礼した。では、俺の思いを知ってもらうしかあるまい」


 クレセンシアの細い腰を抱き、ヴィレムはクレセンシアに顔を近づけていく。


「だ、だめですヴィレム様! ここはお外ですよ!」

「では室内ならばいいということだね」

「恥ずかしいです、そんなことをおっしゃらないでください。人が聞いてしまいますよ」


 クレセンシアは真っ赤な顔で尻尾をぶんぶんと振り、「先ほどのは冗談です」と言いつつ、直視されないように顔を背けた。


 ヴィレムはからかっていたものの、いつかは本当に思いをきっちり伝えねばならないと、改めて考え始める。感謝だけでなく、彼女に抱く思いを。


 けれど、今はまだそのときではなかろう。そうした感情の発露が、目的の妨げにならないとは限らないのだから。


 街を眺めていくと、やはりルーデンス領に比べると王都が近いこともあって、どこか雅なところがある。といっても、あくまで文化的なものであって、実質的に豊かさがそう変わるものでもない。


 居館へと赴くと、出迎えてくれた者に早速案内されてヴィレムはディートが待つ一室に足を踏み入れた。

 そして見えたのは、取っ組み合いの喧嘩をするクリフとヘイス、そしてその姿を紙に写しているオデット、我関せずと居眠りしているディートだった。


「……お前たち。無理に仲良くしろとは言わないが、他人が、特に隊のものに見られて恥ずかしい振る舞いは慎めよ」


 ヴィレムが呆れると、クリフの顔がさーっと青くなる。ディートが大きな欠伸をした。

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