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36 ヴィレムの野望


 イライアス・シャレットが招集した部隊は、当初の予定よりも随分と早く解散されることになった。魔術師の実験に端を発する事件は、継続性がないことが判明したからだ。


 中型の魔物も通常の基準にまで減ったため、討伐はもう日常業務の範疇にある。わざわざ大量の人員を導入するほどではないのだ。


 解散されると知るや、すぐさま帰途に就く騎士たち。あくまで命令に従うのが彼らの役割であり、人情だとか私情を挟むべきものではないのかもしれない。


 遅くまで残っていたのは、イライアスの隊は当然として、ヴィレムの隊もそうであった。

 さっさと帰ってもよかったのだが、レーミアドラゴンの興味を持つ木の実などを探したり、育てるために種を集めたりしていたのだ。


 もちろん、それ以外の理由もある。


 ヴィレムはイライアスのところへと赴いていた。

 二人は幕舎の中、木箱に腰かけて対面している一方、なかなか互いに口を開かなかった。やがて意を決して、ヴィレムが口火を切った。


「父上。おそらくはこれで、シャレット領内における火種は取り除かれました。今後は魔術師による異変はなくなるでしょう」


 ほかにも言いたいことはあったが、出てきたのはそんな言葉だった。

 もっとも、あの魔術師がどこからああいった技術を手に入れたのかは謎のままなのだが。


 イライアスは一度頷いて、しばらくじっとしていたが、ヴィレムの目を見た。


「お前はこれからどうするつもりだ?」

「領に戻り次第、都市の発展と生産性の向上に努めてまいります」

「そういうことではない」


 イライアスはヴィレムの言葉に、はっきりと告げた。今までにないほど強い物言いに、ヴィレムはたじろぐばかり。


「聖域を目指すと言ったな。なにもせずに聖域が歩いてくることなどあるまい。あの土地は魔物が跋扈しているだけではない。帝国も王国も、互いに干渉を嫌がって手出しをできずにいる場所だ。実際に取るとなれば、並大抵の覚悟ではいかない」


 ヴィレムとて、わかっている。このままではいけないことを。ただ人より抜きんでているだけでは足りないことを。


 彼は内に秘めた考えを言うべきかどうか、悩み続けていた。むろん、いつまでも隠し通せるものではない。だが、それが裏切りにつながる行為なのではないかと、不安は晴れなかった。


「……まずは強い軍隊が必要になります。強大な一国さえも退けるほどの強い力が。そのために、魔術師の育成を急ぎました。そして強い隊を維持するには、大規模な糧食が必要になります。そのためには……大きな土地が必要になります」


 ヴィレムはようやく言葉を捻り出した。

 イライアスはじっとそんな彼を見ていた。


「ならば、このシャレット領を取らんとするか?」


 兄テレンス・シャレットが継ぐ予定になっている土地をヴィレムが継ぐのが一番確実な方法だ。彼とて継承権の優先順位が低いだけであり、権利が完全にないわけではない。しかし……間違いなく、この領地は荒れるだろう。


 なにより、それほど通念に反した行いをした者に、付いてくる者がいるだろうか。力さえあれば、なにもかもを黙らせて後世には英雄として残すこともできるかもしれない。


 しかし、それだけで上手くいくとも思えなかった。


「いいえ。この領地は、兄上が治めたほうが上手くいくでしょう。それに……すでに既存の体制が凝り固まった土地の民は、変化を恐れるはずです」

「ならば如何とする。他の領土を力尽くで奪い取るか? ただの一介の騎士に過ぎない者が、やり遂げられると?」

「それでも、やらねばなりません。できる限り遺恨の残らない形で……無理とはわかっていても、受け入れられる形で、土地を手に入れなければ」


 奸計や謀略の限りを尽くせば、そう見せかけることだってできるかもしれない。だが、実情として、そうであるかどうかは別だ。


 英雄たる者は、得てして運が味方する。どれほど力がある者でも、たった一度、幸運に裏切られただけで転落の一途を辿ることも珍しくない。


 だがそれでも実際の多くのものが成り上がるため、凡人たちはそんな巡り合わせを待ってなどいられないから、力でなんとかするのだ。


 ヴィレムの言葉は、ある意味で夢物語にも似通っていた。


「つまり、我らが元を離れていくということだな」

「それでも私は、父上に仕える騎士でありたいと思っております。兄上も、我が敬愛する兄上であることには変わりません」


 イライアスは小さく嘆息した。

 そしてヴィレムに笑いかけた。いつになく、柔らかく。それはシャレット領領主としての顔ではなく、一人のやんちゃな息子を見る父の顔であった。


「気にするな。息子が旅立っていくのを咎めることなどどうしてできようか。好きにやりなさい」

「……ありがとうございます!」


 ヴィレムは深々と頭を下げる。

 イライアスは席を立った。


「聖域を手にしたとき、私も祝杯を挙げに行こう。楽しみにしている」

「必ずや」


 イライアスが去った後、ヴィレムはしばらくそうしていた。

 腹の底に沈んでいた熱が、静かにゆっくりと胸を焦がす。しかし今はそれが心地好く、いつまでも浸っていたい思いに後ろ髪を引かれながら、ヴィレムは歩き出した。


 帷幕を出て少年たちに会うなり、高らかに宣言する。


「これより領に戻る。皆の者、此度の遠征、ご苦労であった」


 彼らは足並みを揃えて歩き始める。

 ズシンズシンと大きな一歩が加わって、賑やかな道中だ。


 そんなヴィレムの隣にいたクレセンシアは、ヴィレムの顔を見て微笑む。


「いいことがあったのですね」

「君と一緒にいられる以上のことはこの世にないけれど、確かにそうだね」

「ではもう少し、今を楽しんでくださいまし」


 クレセンシアが寄り掛かると、ヴィレムはそっと頭を撫でた。

 ここにも変わらない関係がある。血よりも濃く、切れない関係がある。


 ヴィレムは未来への思いを胸に、居館へと戻るのだった。



    ◇



「ヴィレム様、なんですかそれ! いや、無理ですって、無理無理、無理ですから!」


 そう騒いでいるのは、オットー・サイクスである。


「そう言うな。ほら、お前だって気に入っているだろう? なあ」


 ヴィレムがレーミアドラゴンを撫でると、ぐるる、と小さな鳴き声を上げた。


「で、ですが……食われてしまいませんかね?」

「大丈夫だよ、こいつは賢いから。何事もやってみなければわからないものさ。それにお前だって、怯えている相手よりも、親しげに近づいてくる相手のほうがやりやすいだろう?」

「いいえ。どちらも厄介です。怯えている相手では交渉のテーブルに乗せるのが難しく、親しげに近づいてくる相手はなにかしら企み事があるものですから」


 先の態度と打って変わって、きっぱりと応えるオットー。昔はこんな性格ではなかったような、とヴィレムは思う。


「……可愛げがないな」

「ヴィレム様のせいですよ。なんでもかんでも、無理難題ばかり押し付けるんですから、こうでなければやっていけません」

「いや、その……それはすまん。信頼しているんだよ。だから今回もオットーならできると思ってさ」


 そう言われると、オットーはため息を吐きながらも、ドラゴンのところに行ってヴィレムのように撫でてみる。


「もっとゴツゴツしているかと思いました」

「皮膚は厚く弾力があるから、見た目ほどではないね。どうだ、可愛いだろう?」

「そうですね。私はまったく可愛くないそうですから、その何十倍も可愛いでしょう」


 捨て鉢気味に言うオットーだが、何だかそんな姿は様になっている。

 だからヴィレムは大丈夫だろうと判断するのだった。


 市壁の外に作られた竜舎でそうしていると、慌ただしく駆け込んでくる者があった。クレセンシアの頭上に抱えられながらやってきたのはサイクス家次男のドミニクである。


「ヴィレム様、大変です! ルーデンス領の反乱が各地に広まっているそうです!」

「それは今までもそうだったじゃないか?」

「い、いえ。状況が逆なのです! 反乱軍が城を乗っ取り、ルーデンス領主を僭称しはじめました。それに対して各地の騎士が恭順せず、どちらに従うかで争いが勃発している有様です!」


 まさか反乱が成功するとは思っていなかったヴィレムだが、素早く今後の計画を練り始める。

 これほど早く、介入しやすい状況が、隣接した土地で発生するとは。これこそ、運命の導きやもしれぬ。


「兵を集めろ。これから我々も動く」

「はっ!」


 ドミニクが走っていくとヴィレムは残ったオットーに、竜の世話をすっかり任せる。このような状況では、それしかないのだ。彼が頷くと、ヴィレムは自身も出立の準備を始める。


 こういうのは早さが肝心だ。遅れれば、その分だけ不利になる。近隣の領主もすぐに動き始めるだろう。


 その前に、あの土地を押さえてしまわねばならない。

 ヴィレムはいよいよ動き始めた事態に、動乱の予感を覚えていた。


これにて第五章完結です。

ひとまず魔術師の問題は解決し、部隊は北のルーデンス領へ。


いつもお読みいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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