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35 残されたもの


 その晩、ヴィレムは丘から少し離れた森の近くにテントを張っていた。ドラゴンを連れてきたということで、遠ざけられたのである。


 それゆえに好き勝手に騒ごうがなにをしようが自由なので、幾分かは気が楽である。


 焚火に当たって簡単な夕食を取っていると、歩いてくる人影が見えた。父イライアスであった。

 彼は数名の兵を連れて向かってくる。こんなところにほかの部隊はないから、目的はヴィレムであろう。


 イライアスはテントの近くに繋がれたまま餌を食っているドラゴンを見てしばし呆気にとられ、それから意を決してヴィレムのところにやってくる。


「父上。なにか急用でしょうか?」

「いや、そういうわけではない。お前がドラゴンを捕まえたと聞いてな。以前は巨人を倒したといい、俄かには信じられない話ばかりだ」


 イライアスはそう言いつつ、ヴィレムの隣に腰を下ろした。

 あの事件から数日の後、簡素な報告をオットーに纏めさせていたが、父は目を通していたようだ。ヴィレムはなんとなく、意外な心持ちであった。


 クレセンシアがやってきて、いかがですかと果実酒を差し出すと、イライアスは受け取って飲み干した。


「まさか、まさかドラゴンを手懐けるとは思ってもいなかった。お前は本当にレムのようだな」


 笑うイライアスは、本気で言っているのかどうでないのか、判別が付かない。

 ヴィレムはこれまでレムについて一度だけ言及したことがあった。それに自身の記憶というものに関してはなにも言っていなかったが、彼の知識については述べていた。禁術について説明するときに、その必要があったから。


 薄々は勘付いているかもしれないし、はたまた子供の戯言とでも思っているかもしれない。

 けれど、それでもヴィレムのやることに文句は付けなかったし、自由にさせてもらってきた。だからこれ以上はない環境だったのだろう。


「レムならば、もっと大きなことを成し遂げていますよ」

「……お前とて、その夢を捨てたわけではあるまい」


 覚えていたのか、とヴィレムはイライアスを見る。

 聖域について言ったのは、騎士の誘いを受けたときだけだ。あれから三年余り。はたして少しでも魔導王に近づくことができたのだろうか。


 思案するヴィレムに笑い掛け、イライアスは立ち上がった。


「おかげで随分と魔物は減った。近隣の者も安心できるだろう。明日も期待している」

「お任せください」


 ヴィレムは去るイライアスを眺めていた。

 そんな彼のところにクレセンシアがやってきて、悪戯っぽく笑う。


「よかったではありませんか。これで心置きなく、魔導王を目指せるというものです」

「魔導王ね……実際のところ、俺は彼についてあまり知らないんだよ。レムの時代よりもさらに昔の人物だったから」

「では、ますます相応しい名ではありませんか。悠久の時を経て、魔導王の名前が蘇るのです。なんとも素敵ではありません?」


 クレセンシアはヴィレムの顔を覗き込みながら、ふりふりと尻尾を振る。

 そんな彼女を見てヴィレムは確かに素敵だと思う。そこに彼女がいてさえくれれば、なににも勝る未来だろう。


 夕食を終えると、ヴィレムはドラゴンに餌をやっている少年たちに告げる。


「俺は少し横になるから、警備のほうは任せたよ。途中で一度交代しよう」

「いえ、我々でやりますから、ヴィレム様はお休みになっていてください」

「数が少ないから、無理はしなくていいさ。ああ、そうだ。ドラゴンの警戒は頼むよ。俺たちの安全だけじゃなくて、ドラゴン自体の安全もね」


 夜、なんらかの魔物や人がドラゴンを襲う可能性がないわけではない。

 だから念のために告げると、彼らは深く頭を下げた。すると彼らの姿を見たドラゴンまで一緒になって頭を下げるものだから、ヴィレムはつい噴き出してしまった。


「ああ、そうだ。そいつはまだ子供だから、やんちゃをするかもしれないし、加減もわかってないかもしれない。気を付けてくれよ」


 そうしてクレセンシアと一緒にテントの中へと引っ込む。二人で並んで寝転がると、クレセンシアが思い出したように告げた。


「それにしても、よく笛を鳴らせましたね。ヴィレム様にそんな趣味があったとは、意外です」

「俺の趣味じゃないよ。魔術師レムは、笛を鳴らすことでドラゴンを手懐けることにしたのさ。あの曲は、ドラゴンを家畜化する際に使うべく、遺伝的に好む音色を組み合わせたものであって、芸術とかそう言うものに関しては無関心だったから、演奏の技術に関しては察してほしいな」


 そう言うとクレセンシアはあのときのヴィレムを思い出して小さく笑った。



    ◇



 夜、少年らから報告を受けて、ヴィレムは起き上がった。

 なんだかレーミアドラゴンがそわそわしているということで、森に帰りたいのかもしれないとのことだ。


 ヴィレムは起きてドラゴンのところに行くと、やはり同じ場所をぐるぐると行ったり来たりしつつも、視線を森に向けている。


「ヴィレム様、どうなさいますか? 森に帰すのは、この討伐の状況では……」

「いや、レーミアドラゴンは様々な環境に適応できる種だから、そういうことはあまりないよ。でもなんだか気になるね。……よし、ちょっと出かけてくる」


 レーミアドラゴンが動いてしまわないようにつけていた縄を外し、ヴィレムはその背に飛び乗った。


 そうするとドラゴンはゆっくりと森へと動き始めた。


「ヴィレム様、我々もお供いたします」

「じゃあ二人だけお願いしようかな。あまりこちらに回してしまうと、夜警も辛かろう」


 二人の少年が左右に付いて、一行は森の中へと入った。

 それからドラゴンは辺りの匂いを嗅いだり、きょろきょろと見回したりしながら、どんどんペースを上げて駆けていく。


 魔物が出てくれば軽く蹴散らし、間もなくして到着したのは、岩が積み上げられた場所だった。

 ドラゴンは足を止め、行ったり来たりを繰り返していることから、ここが目的地であるのに間違いない。


 ヴィレムは早速風読みの魔術を用いて付近を探る。するとどうやら、この岩の中に空洞があることがわかる。


 しかし、入り口は特に見当たらない。ということは……。


 ヴィレムは岩の薄いところに行き、土の魔術を用いる。泥のように変化した壁を掻き分けて中に入ると、そこにあったのは子供の背丈ほどもある弾力を持った卵が十ほど。


「レーミアドラゴンの卵みたいだな」


 鳴きながらそちらに歩いていかんとする竜を制止しつつ、ヴィレムは内部の様子を探る。動くものはなく、出産したと思しき個体はいない。


「ヴィレム様、こいつが母親だったんですか?」

「いや、まだ生まれてから一年と経っていないし、まだ子供だよこいつは。それに、たった一体では、普通は子供なんか生まれるはずがない」


 言いながらヴィレムは岩の壁を撫でる。自然にはできない形に歪んだ壁を。


「ここにあの魔術師が卵を隠したんだな。でも、もう死んだから戻ってくることもない。いや、死ななくても来るかどうかはわからないか」


 不思議そうな顔をする少年ら。

 わざわざ卵を産ませたなら、取りに来るのが妥当なところだ。おそらくはレーミアドラゴンの遺伝子を用いてクローンを作成しており、その手間をかけているのだから、普通は勿体なく思うところである。


「あの男の目的は、顔割れ族を移動させることだったんだろう。そして禁術の実験だ。追い出した後の土地がどうなろうが、禁術に使用した後の魔物がどうなろうが、興味はなかったんだろう。ようするに、個体を最後まで責任を持って飼うつもりはなかったのさ」


 顔割れ族もこの魔物も、あの魔術師の被害を受けたということである。

 しかし、そういう事実を知ったところで、あの男はすでに亡くなっているし、なにかが変わるわけでもない。


 レーミアドラゴンは卵を見ながら鳴く。

 結局、ドラゴンがこのあたりに住んでいたのはこの卵があったからなのだろう。放置すれば、また同じような状況に陥りかねない。


「うん、そうだな。この卵も持って帰ろう。こいつも一人じゃ寂しかろう」

「本当に大丈夫なのですか? 飼育などは……」

「やり方は教えるよ。といっても、余程雑な扱いをしない限り、すくすく育ってくれるけれど。オットーも十体くらいならなんとか世話してくれるだろう。ああ、魔術師隊でも兵隊でもいいから、竜に乗りたい奴がいれば任せるよ」


 竜と言えばおとぎ話にも出てくる存在だ。何人かは憧れを持っていてもおかしくはない。


 割と楽観的なヴィレムの考えは、竜を保持していれば戦力が増えるから、という現実に即したものである。


 ヴィレムが土の魔術を用いて箱形を作り上げ、付近の土ごと卵を乗せる。それからレーミアドラゴンの背に縛りつけると、ヴィレムは帰途に就いた。


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