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34 レーミアドラゴン



 縦に瞳孔の開いた黄色の目が、兵士を捉えている。

 身じろぎすら許さぬ威圧感を放つのは、鱗で覆われた緑色の肉体だ。


 四肢は短いが太く安定感があり、尻尾でバランスを取ることもできる、馬よりもがっしりした作りのそれは、ドラゴンであった。


 背に羽はなく小柄である上、火も吹けないが、知能が高く言うことを聞きやすいことから、陸運や戦時の騎乗目的で育てられていた竜の名は、初めて家畜化に成功した魔術師の名前を取って、レーミア種とつけられていた。


 その前足がゆっくりと一歩、兵に近づく。


 そして鋭い爪が勢いよく振り下ろされた瞬間、割り込んだヴィレムの剣が爪を捉えた。

 力が拮抗して押し合いになると、その隙に魔術師たちが一気に兵を引っ張っていき、さらに周りで倒れている兵に再生の魔術を用いる。


 付近に兵がいなくなったのを確認すると、ヴィレムはさっと下がり、竜と相対する。


 と、そこで、よろよろと起き上がる中年の騎士が目に入った。


「おや……またお会いしましたね。このような少数(・・)の救援は不用でしたか?」

「すまない、助けられた。だが、これからは私がや――」


 騎士の言葉を遮るように、衝撃が起きる。

 レーミアドラゴンが地を踏み鳴らしたのだ。


 そこらの兵たちはすでに戦意を失っており、誰一人近寄らんとはしない。騎士はなんとか剣を構えるが、勝機を見出しているとは到底思えない。それでも人を率いる者として、怯えを見せるわけにはいかなかったのだろう。


 一方でヴィレムは泰然としており、ドラゴンを眺めていた。


「ふむ。こういうものはだな、人間が怯えるから相手も怯えてしまうんだよ。だからこう、悠々と構えていれば――」


 言いつつ近づいたヴィレム目がけて爪が襲い掛かる。

 ぱっと飛び退くと、彼は剣を納めた。そんな彼のところにクレセンシアがやってくる。


「ヴィレム様、危ないですよ!」

「いやはや、これは失敬。剣を持って近づくのは無粋であったな。シア、下がっていておくれ。俺がなんとかしよう。彼らにも手を出さないようにさせてくれ」


 クレセンシアは不安げにしていたが、やがて耳をぴんと立てると、少年らに命じて、騎士や兵を下げさせた。


 唸るドラゴンに正面から向かっていたヴィレムは、地面を撫でると、錬金の魔術で小さな笛を作り上げた。


 毒の魔術で滅菌してから、大きく息を吹き込む。

 すると、予定通りの音は出ず、ちょっと外れた音が出た。途端、レーミアドラゴンが勢いよく飛び付いてきた。なんらかの敵対行為と見なしたのか。


 ヴィレムはさっと横っ飛びに回避するなり、笛を撫でて錬金の魔術を用いながら形を変えていく。そうしているうちに調音が済むと、だいたい狙い通りの音色が奏でられ始めた。


 たった一人の演奏が続くにつれて、ドラゴンの動きが次第に緩やかになっていく。

 ヴィレムが安堵し始めた瞬間、いくつもの足音が近づいてきた。狼煙を見た別の騎士たちがやってきたのだ。


「皆さん、近づけないようにしてください!」


 魔術師たちが一斉に動き出し、強襲を食い止める。兵たちは遮られて不満と疑念を抱いたようで、言い争いに発展する。


「貴様ら、退くがいい。隠し立てするようなやましいことがないならば、いくらでも通すことができよう!」

「危険なのです! 魔物を刺激しないように――」

「そのようなものなど、叩き切ってくれる!」


 少年らを押しのけ、飛び込んでくる騎士が一人。ドラゴンの姿を認めると、一瞬絶句しつつも裂帛の気合を上げた。


「おおおおお!」


 接近する男の姿を認めると、レーミアドラゴンは慌てて立ち上がり、大声で鳴き始める。そして騎士から距離を取らんと背を向けるやいなや、回転するように放たれた尻尾が騎士を弾き飛ばした。


 ヴィレムはさっと跳躍して尻尾を躱すと、風の魔術を用いて体勢を立て直し、そのままドラゴンの背に乗った。


 暴れる竜の背に乗りながら、ヴィレムは振り落とされないようしっかりと足で竜の腹を抑え込む。両手は笛を押さえて鳴らし続け、何度も何度も投げ出されそうになるたび背や胸、頭など体中をぶつけ、演奏に失敗する。


 けれど、それでもドラゴンは初めから同じ場所しか移動していない。ヴィレムがなんとか動きを制御することで、暴走を止めていたのだ。


 そんな光景を見た一人の兵が、矢を放ってきた。狙いはドラゴンだ。

 が、ヴィレムは途端に風の魔術を用いて矢をあらぬ方向へと弾き飛ばした。


「貴様、討伐の邪魔をするか!」

「お前こそ、なにをするか。討伐にかこつけて俺を射殺そうとは!」

「そ、そのようなことは――」


 ヴィレムが怒気を帯びると、兵は小さくなって下がっていく。

 たかが十三の少年相手に、と思うことなかれ。すでに魔術師としての経験を積んだ彼には、歴戦の勇さえ感じられるのだった。そして怒声には、それだけで震え上がらせる威力があった。


 ヴィレムは尻から伝わってくる衝撃が止んだのに気が付いた。こちらまで怯えさせてしまったかと思いきや、小さく鳴く姿は先ほどとは異なっている。


 ヴィレムは笛を鳴らしながら、レーミアドラゴンの首を撫でる。


「シア、おいで。落ち着いたみたいだから、取って食うことはないだろう」


 クレセンシアはてくてくと歩いてやってきて、ドラゴンを撫でる。そんな彼女の態度はどことなくヴィレムに似ていた。


「なかなか可愛いですね。やんちゃなところはヴィレム様に似ています」

「ということは、言い付けをよく聞く利発なドラゴンってことかな」


 そんなことを言っていたヴィレムは、配下の魔術師たちを手招きする。彼らもやってくると、周りから攻撃されないよう護衛を始める。


「で、これからどうするんですか?」

「うちの領地に連れて帰るよ。面倒はオットーに見てもらおう」


 呆気にとられる面々。けれど、ヴィレムは本気である。


「餌代はどうするんです?」

「雑食だけど主に草を食べるから、森を巡回させていれば平気だよ。あの規模の森ならば、たぶん百頭くらい居てもなんとかなるんじゃないかな」

「オットーは一人しかいませんよ」


 クレセンシアが苦笑し、ヴィレムもそれもそうだと頷く。

 蚊帳の外であった騎士たちが、その段になって近づいてきた。


「おい……。魔物を討伐するのが役目だったはずだ。なにをしている?」

「飼い馴らしているんだけど、問題があるかい? 俺たちが言いつけられたのは、あくまでこの土地の魔物を駆除することだ。他の土地に持っていったなら、もう関係もなくなるはずだ」

「屁理屈を……!」


 気色ばむ騎士は、おそらく先ほど尻尾でぶっ叩かれたのが堪えているのだろう。顔が赤くなっている。


「……それとも君たちは、このドラゴンに勝てるというのかい? 折角、先ほどは命を助けてあげたっていうのに。やりたければ止めやしないが、俺たちは一切手出しをしないし、少なくともここにいるほとんどは死ぬだろうね」


 ヴィレムが言うのは嘘ではない。

 一般的な歩兵百人以上に匹敵する力があるからこそ、飼育の手間や餌代を考慮に入れてもよく使われてきたのが竜だ。魔術師を除けば、竜騎兵は最強の座を争っていると言ってもいい。


 もっとも、当代では飼い馴らす術も失われ、さらに竜も滅多に見なくなったため、竜にまたがる騎士の姿は空想とさえ言われている有様なのだが。


 レーミアドラゴンが鼻息を荒くすると、兵たちが一斉に退く。そして騎士たちも兵が続かないとなれば、戦いようがなかった。勝つためには、兵数十人を犠牲にした上で、命をかけねばならない相手なのだから。


「……好きにしろ! 責任はすべて貴様にあるからな」


 騎士はそれだけ言い残すと、兵たちを連れて下がっていった。

 ヴィレムがそんな彼の姿を見ていると、このドラゴンを発見した騎士がやってきて、頭を下げる。


「ヴィレム・シャレット殿。先の非礼を詫びよう。実力を見誤っていたのは私のほうだった」


 その姿は立派な騎士そのものである。なにも、実力だけが騎士の要因ではないのだ。自身の失言を認めるのだって、立派な才能と言えよう。


 だからヴィレムは、丁寧に対応することにした。


「いえ。おっしゃることはもっともです。私が連れている兵が少ないのも、期限内とはいえ遅く到着するのが褒められたことではないのも。以後、気を付けることにします」

「ああ。ならばなおさら良き統率者になろう。……それから、兵たちの治療は助かった。恩に着る」

「死者がでなかったようでなによりです。遺恨も残らないでしょうから」


 ヴィレムは言いながら、竜の頭を陣地のほうに向けた。

 もし、ここでレーミアドラゴンが人を殺めていれば、ヴィレムとて庇いきれなかった。殺す以外の方法は取れなかったに違いない。


 だから、遺恨が残らなくて良かったというのは、ヴィレムにとっての発言でもあった。

 ともかく、そうして場が落ち着くと、再び騎士たちも魔物の討伐に戻る。


「シア、君も乗らないかい? 前に言っただろう、ドラゴンに乗せてあげようと」


 ヴィレムの言葉にクレセンシアはにっこりと微笑み、ヴィレムの後ろに飛び乗った。そして彼のお腹にぎゅっと手を回して抱き着く。


「さあ、出発だ。可愛い可愛いお姫様が乗っているのだから、丁寧に頼むよ」


 ヴィレムが告げるとドラゴンはゆっくりと歩き出す。

 帰りは魔物の死骸を持ち帰るか処分するかしなければならない。たった十人では、抱えたまま移動するのも難しいのだ。


 そう考えると、増員するのも悪くはないかな、とヴィレムは思った。

 そして賑やかになった未来を思い浮かべた。

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