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33 騎士の姿

 シャレット領の東に、騎士たちと彼らが引き連れる多くの兵が集まっていた。今日が期限の日ということで、早めに到着した兵たちは数日前に寝泊まりの準備を終わらせており、いくつかのテントなどが見られる。


 夜明け前の早朝、そんな兵たちのところにようやく到着したヴィレムは、ぐるりと辺りを見回してから、クレセンシアが示したひときわ立派なテントのところへと赴く。


「随分と遅い御到着だな」


 と、声をかけてきたのは中年の男性だ。立派な鎧を纏っており、兵を連れていることから騎士であることが窺える。


「なにしろ小さな領地ですから、精一杯の準備をしておこうと思い、時間がかかってしまいました」

「気を付けるといい。たとえ一人でも欠ければ、その損害を被るのは我々騎士たち全員なのだから。……随分と数が少ないようだが」

「精鋭だけを連れてきました。雑兵百人にも勝る働きをしてくれることでしょう」

「ふん、ぬかしおって。怖気づかずに来ただけ、褒めてやろう」


 明らかに気分を害されたように、騎士は去っていく。彼も彼とて、責任があるのだろう。

 彼に従っている兵は百を超えるようだから、結構大きな土地を任せられているに違いない。そこから予想するに、人口はヴィレムが任されている土地の三倍から五倍はあろう。背負った人の重さを考えれば、気楽になんかしていられない。


 付近の騎士たちを見ていると、やはりヴィレムの連れてきた数は少なく、手を抜いたと憤られるのも無理ないことだ。けれどヴィレムはどこ吹く風、いつも通りの飄々とした態度を崩さない。


「ヴィレム様、本当にこの数でよろしかったのでしょうか?」


 魔術師隊の少年が彼にそう問いかける。ヴィレムも彼らも、こういった招集に応じるのはこれが初めてだから作法なんかはよく知らない。けれど、確実に言えることがあった。


「問題ないよ。騎士の練度は、俺とてよく知っているから。その上で言ったんだよ、雑兵百人にも勝るとね。……そうでなければ、大それた思いも抱かず、領地で縮こまっていることだろう」


 聖域を取りに行くのなら、ヴィレムたった一人でどうにかなる問題ではない。いかなる大魔術師といえど、不眠不休で戦うことなどできやしないし、土地を占拠するには数がいる。裏切らず力があり、賛同してくれる者たちがいる。


 そこまで見越しての発言であったが、魔術師隊の面々はやはりまだ少年、意識はこの慣れない環境ばかりに向いており、緊張気味であった。


 ヴィレムはクレセンシアと顔を見合わせてから、戦いとなればすぐに元に戻るだろうと苦笑した。


 それからヴィレムは到着の旨をイライアスの兵に告げると、適当なスペースを陣取って、休憩し始める。


 兵たちが集まっているのは小高い丘であり、日当たりがいい。じめじめしたところでは病気も蔓延してしまうから、このような場所にしたのだろう。


 丘から東の森はよく見えるが、離れれば離れるほど険しい山になっているため、その向こうは見えない。


 デュフォー帝国があるはずなのだが、ヴィレムは行ったこともないため、あくまで知識としてしか知らなかった。


 いずれ聖域を取りにかかったとき、帝国はなんらかの形で関わってくることになるだろう。聖域に面している国は、その南西に位置するこのノールズ王国、南のデュフォー帝国、そして東には興亡を繰り返す小国が多数あり、さらに東には比較的歴史の浅いオーデン王国がある。


 小国はこのシャレット領とさして変わる規模ではなく、敵として問題になるのはやはりデュフォー帝国だ。


 それに聖域の北には異民族が住んでいるというから、彼らもなんらかの手出しをしてくることになるかもしれない。


 そんなことを考えていたヴィレムだが、日の出を切っ掛けに、いよいよ動き出すことになった。

 騎士たちが一つの帷幕に集められると、そこで簡単な説明を受ける。持ち場がある程度決められ、中型以上の魔物を見つけ次第、隊と魔物発見などの合図の狼煙を上げるくらいしか、取り決めはなかった。


 というのも、基本的にそれぞれの騎士が独立して動くからだ。合同での訓練をしているわけでもなければ、親密な関係があるわけでもない。


 だからやりやすいようにやれということだ。競争原理が働くようにと考えたのもあるかもしれない。

 ヴィレムとしてもそのほうが随分とやりやすいから異存はない。


 そうして幕舎を出るまで、イライアスはヴィレムに一言も話しかけなかった。ヴィレムは寂しさを覚えることもなく、ただ、ようやく一人前の騎士として認められたのかもしれないと思った。


「どうやらヴィレム・シャレットはすっかりろくでもない貴族の末っ子を卒業して、騎士になったようだ」

「それはそれは、おめでとうございますヴィレム様。素敵な騎士の証、鎧と剣が眩しくて、クレセンシアは直視できません」

「……いや、鎧はまだ身に着けていないけれど」

「そうでしたね。鎧がなくても素敵ですよ」

「もうそれでは騎士かどうかなど関係ないね」


 ヴィレムは肩をすくめた。形ばかりに囚われる必要はない、と。


 早速、少年らに結果を告げると、十人しかいないため準備に時間がかかることもなく、いつでもいけるようになる。ヴィレムはさっと胸部を覆うだけの鎧を身に着けた。少しは騎士らしく見えるかと思ったが、やはり子供が背伸びしているようにしか見えない。クレセンシアだけは「お見事です」なんて褒めていたが。


「無理をする必要はないが、遠慮することもない。さあ、いつも通りにやろうじゃないか。魔術師らしく、効率的にね」


 手勢の少ない騎士たちは、魔物が蔓延る土地へのさきがけに戸惑っており、一方大規模な土地を持つ騎士は兵たちに伝達するのに手間取っている。


 そんな中、おそらく最も少ない手勢を引き連れて、ヴィレムは森へと飛び込み、風読みの魔術を発動させる。


 いくつもの幾何模様が浮かび、森の中へと向かっていく。そしてヴィレムは魔物の姿を早速見つけると、狼煙を取り出し、風の魔術で運び始める。


 次の瞬間には、いくつもの個所から紫色の狼煙が上がった。

 ヴィレムの隊が魔物を発見した合図だ。


 騒ぎ声を遠くに聞きながら、ヴィレムはあっと言う間に現場に到着。少年らに合図を出すなり、自らは抜剣。


 木々の向こうに見えたのは、真っ黒な大型の熊の魔物。ブラックベアーだ。

 かつてクレセンシアとともに初めて少年たちを引き連れ討伐した魔物。討伐に手間取った相手だ。


 けれど今はあのときと状況はすっかり変わっている。

 敵が気付くよりも早く、無数の風の刃が放たれた。胴体を、四肢を裂かれ、混乱する敵目がけてヴィレムは跳躍。


 大きく剣を振りかぶり、ブラックベアーの首目がけて剣を振るう。

 一太刀の元に切り捨てると、ヴィレムは血を払い剣を納める。クレセンシアはさっと狼煙を取り出して上げた。魔物討伐の連絡である。


「まずは一体。幸先いい始まりじゃないか。さあ、次と行こう」


 まったく疲れを見せない様子で、彼らは魔物を仕留めていく。

 この程度の魔物相手ならば、ヴィレムが普段行っている訓練のほうがよほど苛酷だというのは、少年らが共通して抱いていた思いかもしれない。けれど、それでも彼らは耐え抜いていた。身分に縛られず目指せる上があると信じていたから。


 そしてだからこそ、ヴィレムも期待に応えねばならないと思うのだ。より優れた人材を扱うには、相応の報酬がいる。いつまでも小さな土地でくすぶってなどいられない。


 十の魔物を屠ると、ヴィレムはひとまず足を止めた。大まかに割り当てられた場所にいた魔物はすべて片づけてしまったからだ。


 本来ならば数日かけて調べ上げる予定だったようだが、風読みの魔術が使えれば造作もないことだった。


 用事も済んだのだ、帰ろうか、とヴィレムは踵を返し始める。

 が、そのとき一番遠くの、山に近いところから狼煙が上がった。中型の魔物だが、倒しきれないため救援を求めるものだ。


「さて、なにか問題があれば父はまた頭を抱えてしまうから、解決するとしよう。いいだろうか?」


 ヴィレムは確認を取る。

 ここで有無を言わせず付いてこいと言うのも、一つの形かもしれない。少年たちに意見を聞くなんて、普通ではありえないことだ。けれど、ヴィレムは確認をした。彼らを一人前の魔術師として認めていたから。


 彼らは頷き、勢いよく駆け出す。

 現場にあっと言う間に着くと、狼狽えた兵たちが見えた。もはや陣形はバラバラで、逃げ惑っていると言ったほうが近い。


 そして一人の兵が尻餅をついているところに、緑色の頭がぬうっと近づいていった。


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