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31 因縁の終わり

 次々と襲ってくる敵をいなし、ヴィレムはローブの男一人に狙いを定める。そして炎弾を撃ち込んだ。


 狙い通りに向かっていく炎を見ると、ローブの男は素早く吸熱の魔術を発動させる。浮かび上がった魔法陣に炎は吸い込まれていき、跡形もなく消え去った。


 相手の動きはそこまで速くない。そして物理的な防御に優れているが、熱までも防げるわけではないようだ。


 ならば――。


 ヴィレムは大量の幾何模様を浮かべていく。迫ってきた敵を蹴飛ばしながら、ひたすらに量を増やしていく。


 目標はローブの男、ただそれだけだ。ほかには目もくれない。

 続けて体表にも幾何模様を生成。身体強化の魔術を発動させる。


 同時に風刃の魔術が発動した。無数の風の刃はローブの男に襲い掛かると、いくつかは防がれ、いくつかは表皮を掠めていく。竜の鱗に傷が付いていった。


 そして刃が飛び交う中、ヴィレムは疾駆する。

 うっかりすれば、自身の魔術に切り裂かれることになる。だが、正確な狙い通りに放たれた風刃は、あたかも主人を避けるかのように動いていた。


 男が近くなると、ヴィレムは剣を振りかぶる。敵はすぐさま防御すべく、首を守るように腕で覆う。


 が、ヴィレムは剣を翻し、敵を打ちあげた。

 重量がないため、下から上へと向かう衝撃を堪えることはできず、男の体が宙に浮く。鱗のせいで重傷には至らないが、すぐさま反撃に転じることはできない。


 その無防備な姿を守るべく、獣が集まってくる。

 だが、少年たちがヴィレムとの間に立ち塞がり、一斉に魔術を放った。いかに相手が多いとはいえ、魔術の中を突っ切ってくることはできない。


 それゆえに、今はヴィレムと男が一対一の状況になる。

 男が救援が来ないと見てヴィレムを睨んだ瞬間、先ほどばら撒いていた幾何模様が輝いた。そして轟く雷鳴。


 風刃の魔術を発動していた幾何模様に混じっていたいくつかは、雷撃の魔術を発動させるものであった。魔術に対する知識が足りないゆえに、男は見分けることができなかったのだろう。


 痙攣して、受け身も取れずに落ちてくる男。頭から地面に当たったが、それすら問題ないほど丈夫にできているらしい。


 だからあれほどの余裕があったのだろう。自分ならばどんな衝撃にも耐えられると。

 事実、並大抵の魔術や物理的攻撃では効果を成さないのだろう。自信を抱くのも無理もない。


 ならば――。


 付近に浮かんでいた幾何模様は風刃を発動させた後、砕け散って随分と数を減らしていたが、残っているものがあった。それらがヴィレムの突き出した手の前に集まっていく。


 彼の体表に浮かべていたいくつかの幾何模様も絡まり合って、円錐型の立体的な模様が出来上がった。分散して起動したため気付かれず、さらに寄り集まったことで巨大な形すらも作ることができていた。


 それらは漏れ出るほどの強力な魔力を集めて光り輝く。

 男はそれを見るまでもなく、後じさりした。とてつもない魔力に震えずにはいられなかったのだ。


「や、やめ――」


 男が震える声を絞り出した瞬間、ヴィレムの魔術が発動した。

 力は一点に集約され、風の槍となって放たれる。目にもとまらぬ速さで放たれた力は、男が視認するよりも早く、胸部を貫いた。


 もはや竜の鱗は跡形もなく消し飛んでおり、とめどなく溢れ出す血を止めることはできなかった。


 付近に赤い液体が広がっていく。どんどん広がって、ゆっくりと大地に染み込んでいく。

 少年たちと争い合っていた獣たちは、しばらく動けずにいたが、次第にこの場から逃げていった。もしかすると、もう人の姿に戻ることはないのかもしれない。けれど獣として暮らすのと、人としてこの惨状を認めるのとどちらがましか、ヴィレムは見当も付かなかった。


 少年らが喜悦を浮かべるのを見て、ヴィレムは慌てないよう制止する。そして付近を念入りに探るように告げつつ、男の遺骸を見るのだ。


 この男がブラックベアーや村長に禁術を用いた可能性は非常に高い。その事件はそれでいいのだが、どこから禁術を手に入れたのか、という問題が付き纏う。

 すでに死してしまった以上、どうしようもないが、なにか探れば出てくるかもしれない。


 そう思って死体漁りをするのだが、目ぼしいものはなにも見つからない。仕方がないので、細胞のサンプルだけを採取して、あとは焼却することにした。


 火をつけると、嫌な臭いを立てて燃えていく。

 ヴィレムはその有様を見ながら、レムの最後を思い出した。地獄の炎に焼かれて死したレム。彼もこのような濃紫のローブを纏っていた。


 なにやら気になるが、今はそれよりもやるべきことがある。

 少年らに村の鎮圧を命じると、ヴィレムは都市へと振り返った。



    ◇



 森の中を疾駆して戻ってくると、ヴィレムは槍を構えたクレセンシアの姿を見つけた。


「ヴィレム様! ご無事だったのですね!」

「ああ。そちらは?」

「巨人を仕留めました。一人だったのでなんとかなりましたが、何十もの数で攻められると辛そうです」


 クレセンシアはそれから現状の報告を述べる。巨人の襲撃以外にはなにもなかったこと、高い市壁が幸いして都市の内部ではさほど混乱が起きていなかったこと。色々な確認が淡々と述べられていく。


「巨人も竜も、古代の魔物だな……。多くは聖域の近くに生息しているはずだ。やはり、文献の類が残されていた可能性が高い。それに奴が使った魔術もレムの時代のものだ」

「ではそのような例がどこかでないか、探してみますか?」

「いや……。こんな辺境の地に、そんな情報は入ってこないだろう。急を要するものではないよ」


 わかったところで、具体的な対策を取れるわけでもない。

 そうして必要な事項をすべて話し終えると、クレセンシアは背筋をしゃんと伸ばした。


「ヴィレム様、クレセンシアは約束を守りました。褒めてくださいな」


 ちょっとばかり緊張しながら、誇らしげに言う彼女。

 ヴィレムは笑いながら、クレセンシアの頭を撫でる。ふわふわと柔らかな髪が心地好い。


「ありがとうシア。君のおかげで助かったよ。やってくれると信じていたけれど、やはり君の姿を一目見たときは凄く安心した。またあの都市に戻れると思うと、これ以上の喜びはない」


 目を細めるクレセンシアであったが、調査を終えて少年らが戻ってきたのを知るなり、居住まいを正した。


 ヴィレムはそんなクレセンシアを見て頭を下げた。


「ごめんシア!」

「なにを謝るのです?」

「……さっき、土の中に潜ったのを忘れていた。いや、本当にわざとじゃないだ。ただ君に会えたおかげで気が緩んでしまったんだよ」

「なんのことです?」


 クレセンシアが首を傾げる。ヴィレムは彼女に自身の手を見せた。すっかり泥んこになっていた掌を。

 彼女は頭に手を当てて、それからぷくっと頬を膨らませる。


「ヴィレム様、そんなことでは女性の気を引くことはできませんよ」


 もっともだ、とヴィレムは反省する。戦いのときとはまるで違って、なんともしおらしい態度だ。そんな彼を見ているとクレセンシアはなんだかおかしくなって、表情を緩めた。


「ですが、ヴィレム様はそれくらいでいいのですよ。クレセンシアはそんなヴィレム様と一緒にいますから」


 クレセンシアはヴィレムの手をぎゅっと握った。

 二人とも、手は泥だらけだ。


 そうしてじゃれ合っていた二人だが、少年らが報告をしようにも空気を読んで待っているのを見て、一つ咳払いをした。


「ヴィレム様、クレセンシア様。顔割れ族の住処を調べましたが、生活の痕跡も、魔術師がいたとみられる形跡もありませんでした。また、住人が一人もいないことから、全員にあの魔術が仕掛けられていたと思われます」


 となると、どこか別の場所に生活の拠点があるのかもしれない。あれは全員ではなく、なんらかの理由で主な集落を追い出された者たちの可能性もある。


 色々と調べるべきことはあるが、現状ではこれといった手掛かりはない。それに、まず大事なのは休息を取ることだろう。いかに調査して結果が得られようが、戦力は替えがきかないこの魔術師の隊数十人しかいないのだから。万全を期すには、魔力と体力の回復がなによりも必要だった。


「よし、ではこれからしばらく休暇とする。今日はよくやってくれた。警備は通常時より数名増やしてくれ」

「はっ」


 少年らが頭を下げる。

 ヴィレムは「それから」と続けた。


「君たちを現時点をもって、魔術師とする。所属は俺の直属のままだが、呼称を魔術師隊と改める。以後、そのように振る舞うこと。以上だ」


 少年らは笑みを浮かべて、一斉に頭を下げた。


 ヴィレムはそんな彼らの姿を見て浮かれないように注意しようかとも思ったが、彼らはすぐに警備の割り当てなどの相談に入ったため、やめておいた。


 ヴィレムはクレセンシアと二人で一緒に、都市に戻る。

 今日は色々なことがあった。たくさんの血も流れた。けれど、少年ら――いや、魔術師たちに死者は出ず、ひとまずの脅威も取り除くことができた。


 現状で上げられるこれ以上の成果はあるまい。


 都市が近づいてくると、人々の声が聞こえ始める。脅威から守り抜いた大切なものだ。

 その騒がしさを感じると、ヴィレムは泥んこになった鎧さえ、輝かしく思われるのだった。


これにて第四章はお終いです。

ひとまず禁術関連と顔割れ族の問題が解決しました。

すっかり騎士としての振る舞いが板についてきたヴィレムですが、今後も精力的に活動していきます。


今後ともよろしくお願いいたします。

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