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28 顔割れ族を討て

「どうやら明日、城攻めを行う予定のようです」


 と、先頭にいた少年が口火を切った。

 つまりは、森に入ってくる者を追い払うだけではなく、攻め込んできて土地を丸ごと奪ってしまおうという考えだ。


 随分と強気だが、なにが彼らを駆り立てるのか。秘策でもあるのかもしれない。


「魔術を使える者が数名いるほか、強敵と思しき者はいませんでした。集落には若い男もいましたが、身動きを見るに、野生動物しか相手にしていないようです。また、作戦のためか屋敷に集まっているようでしたが、近づくことはできず、中は覗けませんでした」


「では、どうにかして魔術を手に入れて調子に乗っていると見るのが妥当なところか。その程度ならば、なんとでもなろう」

「長らく見ていましたが、いまだ準備に慌ただしく、戦いに赴けるようにはなっていないようです」

「うん? ちょっと待て、長く見ていて、そんなに早く帰ってこられたのか? 場所はどこだ」


 顔割れ族の住処はシャレット領とデュフォー帝国の間にあったからこそ、なかなか手出しができずにいたはずだ。少年らは魔術が上手くなったとはいえ、そんなすぐに行って帰ってこられる距離ではない。


 彼らのうち、空間認識に長けた者が地面に図を書いていく。

 すると、ヴィレムが思っていたよりも遥か近くに村落があることが明らかになった。


「……仮の住処なのか、それとも攻める拠点を作り上げたのか。いずれにせよ、放置はできないな」

「急ごしらえの簡素なものでしたから、拠点なのかもしれません。住人は老若男女合わせて五百人の規模でしたが、脅威には感じませんでした。それにしては、女子供の数がやけに多かった気がします」


 わざわざ戦力にならない者を前線に連れてくるだろうか。城を占拠した後のことを考えて、とにかく数を揃えようとしている風に取れないこともないが……。


 こちらが魔術を使えることはすでに知っているはずだ。魔力が尽きるまでの盾とするには、五百では足りなすぎる。まさか侮られている、なんてこともないだろう。


 ヴィレムが考えていると、クレセンシアが小首を傾げた。


「どうなさいますか、ヴィレム様。敵が来るのを待ちますか?」

「いいや、こちらから攻めよう。この都市を、この土地を戦火で焼くわけにはいかない。魔術を使っていれば、少なくない被害が出てしまうだろう。それに、これは好機だ。奴らがまとまっているのなら、一気に叩く。もう後回しにしている時間は終わった」


 顔割れ族の問題は、シャレット領に長らく根付いてきた問題だ。

 しかし誰も彼もが、デュフォー帝国との問題が起きるのを警戒して、あるいは手痛い反撃を食らうのを嫌がって、見ぬふりをしてきた。自分から攻め込み、誰かの生活を壊すのを恐れてきたのだ。


 しかし、もうそれも終わりにする時が来た。戦わねばならない。


「魔術師を集めろ。周辺の警備と襲撃の二手に分け、市内は兵に警戒させる。迅速に、まだ敵の準備が終わらないうちに奇襲をかける」


 ヴィレムが言うなり、少年らは普段以上に張り切り駆けていった。魔術師と言われたのが、よほど嬉しいらしい。


 この戦いが終わったら、正式に魔術師として認めてやってもいいかもしれない。もっとも形ばかりで、待遇が変わるわけでもないが。


 彼らの後ろ姿を見ていたヴィレムだが、どうにも落ち着かない。クレセンシアはそんな彼を矯めつ眇めつ眺める。


「どうかなさいましたか?」

「なんだか気にかかることがあってね」


 クレセンシアはピンと狐耳を立てた。


「先ほど、風読みを使ったときの違和感ですか?」

「そうだね。それに、顔割れ族の動きにも奇妙なことが多い。もしかすると突っ込んでいくべきではないのかもしれない」

「ですが、放置もできない、と」


 悩むヴィレムだが、名案が浮かぶわけでもない。

 クレセンシアがぽん、と手を打った。


「ではこうしましょう。私がこの都市を守ります。ヴィレム様は顔割れ族をやっちゃってください。お一人でも余裕でしょう?」

「俺はもちろん、問題ないよ。それじゃあシア、頼んでもいいかい?」

「はい、クレセンシアにお任せください! 頑張ります!」


 クレセンシアは胸に手を当て、尻尾を振る。

 彼女ならばちょっとやそっとのことでは負けないし、機転も利く。なにより、ヴィレムの考えを一番よく知っている。


 となれば、あとは敵を叩くだけ。

 ヴィレムは気合を入れた。



    ◇



 ヴィレムは集まってきた少年らに指示を飛ばす。連れていくのは三十ほど。残りの十名ほどを残すことにして、そちらの指揮はクレセンシアがすべて取ることにした。


 細かいことはなにも言わない。現場にいない者の言葉が枷となってはいけないし、なにより彼女ならば臨機応変に対応してくれるはずだから。


「これより、顔割れ族を討つ。誰一人欠けるな。誰一人最後まで諦めるな。そして決して気を抜くな。いつどこで、命を落とすか、誰もわからない。だから常に首に刃を突きつけられていると思え。必ずや生きて帰り、この都市を落とさせはしない」


 ヴィレムの声に、静かながらも熱のこもった声が上がる。気合は十分だ。

 クレセンシアを見ると、彼女は手を振る。


「御武運をお祈りしています」

「期待していておくれ。俺が君の憂慮を取り除いてみせよう」

「まあ、なんと頼もしいことでしょう」


 クレセンシアはころころと笑う。ヴィレムはそんな彼女を見ていると、やり遂げねばならないと思うのだ。


 そして彼は少年たちに指示を出し、森の中へと進んでいく。

 身体強化の魔術を用いて疾駆すれば、目的の場所はすぐに到着するはず。しかし、道中の警戒をせねばならないし、疲れ果てていたのでは意味がない。


 逸る気持ちを抑え、ヴィレムは駆ける。

 やがて木々が鬱蒼と茂り始め、動物の痕跡が見られるようになってきた。こうなると、魔物の危険性もあるため、うっかり巣を踏んでしまわないように気を付けなければならない。


 先行する少年たちの背後から、ヴィレムはあちこちへと視線を向ける。しかし、これといった罠は見つからない。


 やがて、動物の気配がなくなってきた。集落が近いのだ。

 そのことを少年たちが告げ、襲撃の手筈を確認する。


 やがて、明確な人の生活の痕跡が見え始める。そして、話し声が木々のざわめきに混じり始めた。


 枝葉の合間に、動く者が見えた。

 ヴィレムは速度を落とし、襲撃のポイントに移動。


 やや開けつつも、足元が草に覆われた場所の隅にヴィレムは潜む。そしてゆっくりと魔術を発動。幾何模様が地面に溶け込んでいく。


 そして少年たちが敵の姿を認めるなり、一気に飛び出した。

 槍を持った警邏の男が数名。彼らの顔は天然の顔料で緑や黄、白と様々に彩られている。そのせいで割れているように見える表情が、一層歪んだ。


「敵襲! 敵襲だ!」


 一人が少年の姿を認めたときには、すでに半数が命を落としていた。

 叫び声が上がるも、すぐさま風の音に掻き消される。顔は等しく赤に染まっていた。


 次々と集まってくる男たち。そして悲鳴とともに逃げ惑う女子供。非戦闘員に手をかける必要はないと、ヴィレムから言い聞かされていた少年らは、徹底して優先順位を付けながら風刃の魔術を放つ。


 まだ小規模な魔術しか使えない彼らだが、無理に魔術の規模を大きくする必要はない。適切な場所に、適切な威力のものを使えばいいだけなのだ。


 連携の取れた動きで、ただ群がってくる顔割れ族の男を討ち取っていく。

 徴兵された兵や傭兵ならば、こういうところで変に欲を出して先走ったり、金品を漁りに行くものなのだろう。


 しかし、誰一人命令を違えることはない。訓練の賜物だろう。


 その布陣の前に顔割れ族がたじろぎ、もはや攻め込んでこなくなるや否や、突っ込んでくる男たちが数名。前の襲撃で魔術を用いた者たちだ。


 彼らは身体強化の魔術とともに、致命傷を避けつつも、風刃を浴びながら接近してくる。


「くそっ! 下がれ、下がって撃て!」


 少年たちは後退しつつ反撃を試みるが、次第に距離は縮まっていく。村から離れ、森の中へと逃げ込むも、敵はもうすぐそこまで来ていて、剣を掲げていた。


 顔割れ族が勢いよく飛び込んでくる。

 途端、少年らが左右二手に分かれた。


 男らは方向転換して追うべく、一歩を踏み出さんとした。が、動かない。どれほど力強く踏み出さんとしても、足が前に進まない。


 どころか、彼らの体は沈んでいく。

 視線を下に落とすと、そこには浮き上がる幾何模様。泥のような地面は、信じられないほどの力で彼らを引き摺りこんでいく。


 そして動けなくなった彼らへと、無数の風の刃が襲い掛かった。

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